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商業都市アルガド近郊に幾重にも張り巡らされた防衛線、至る所から白い煙が立ち上る。枯れ草を集め燃やしているのだ。動員を掛け多くの人員で対処しても、全て刈り取る時間は残っていない。

アルガドは既に魔王軍により包囲され、全方位からの攻略作戦が始まっていた。

都市内の二重の防壁は一部を残し閉鎖され、道は物資の輸送に充てられている。前線の防衛線に次々と増援が送られていた。


波状に幾重にも構築された地雷原を異形の群が進む。高い防御力を持つ壁役のエグザムが、砲弾と地雷による爆炎の只中を爆走している。

連合軍からは地雷畑を耕す巨大な農具に見えた。急造の火線網に点在する火砲が火を吐き、押し寄せる壁を打ち砕き迎撃していた。

「オオオオオオオオ。」

獣達の叫びが共鳴し一つの咆哮へと変わる。腹の底に響く音が戦場に響いた。

後方から追走する部下達を飛び道具から庇いながら、敵陣目掛け最前線を走る一つの巨体。光を反射しない黒い体は魔導障壁に包まれていた。

「砲兵に伝えろ。障壁持ちの固体を最優先で狙え。」

南方に展開した防衛線網を見渡せる位置から、地方軍指揮官が命じる。これまでの散発的な衝突が終わり、魔王軍の大攻勢が始まっていた。

対エグザム用に急造された圧縮魔導砲が、少数にも関わらず敵の波を押し留めていた。精密な部品を用い隣接する地方から運び込まれた新型兵器。当初の予定より少ない五十門程が要所に配置されている。

「聞け、私が囮になる。お前達は各自の判断で進め。」

自らに集中する砲弾の雨を耐える。時折強力な指向性魔導が、展開した障壁を削る。部下達を先に行かせ火砲に身を晒し続ける。花火を散らせ時が来るのを待つ。

「チビ共を突撃させろ。応戦できる者は盾役と共に前進。総軍の一番槍を取れ。」

常に最前線で火砲の注意を引いた体は消耗したが、変わりに一部の配下を敵陣に粘着させる事が出来た。

「小さいが厄介な魔物だ。注意しろ。」

押し返そうとする魔導兵が特装長槍で応戦する。重い武装を強化された鎧で振り回す。動作補助と魔素減衰効果が有る鎧は頑丈だった。

「伏せろ、焼き尽くすぞ。」

小型エグザムは良く知る重低音の声を聞き地べたに伏せると、頭上を青い炎が通過した。

迎撃に出た魔導兵集団の一部が瞬く間に炭化する。燃盛る一帯を超える火を吹く黒の巨人、そのまま奥の火砲陣地へ突撃した。

「突撃槍部隊、前へ。」

人口石材で補強された通路から長い筒を担ぐ一団が現れた。塹壕から煙を撒き散らし放たれる飛翔体を側転で華麗に回避する。獣特有の背筋で曲芸を披露していると、遅れて来た後続が脇をすり抜ける。

「お先に失礼します、隊長。」

突撃する部下に先を越され、慌てて前進を再開する。先を越された鬱憤を解消する為、野戦砲を投げつけた。

「退避しろ、退避!」

崩れたトーチカの残骸から慌てて逃げる敵兵を、小型のエグザムが襲う。彼らは戦線の一画から前衛火点網へ浸透を始める。至る所から悲鳴が湧いた。

「罠を警戒し先へ進め。私は少し休憩を取る。」

応戦する魔導装甲兵を握り潰すと、捕食する余裕も無く至近弾が着弾した。衝撃で倒れる巨体、魔導障壁は既に切れ減衰膜で難を逃れた。

「防御戦が硬い。安全地帯は当分先か。」

(聞えるか中継係。こちら第一軍団第四エグザム小隊、敵防衛線に穴を開けた。増援を求む。)

魔周波を使い後方の参謀へ報告する。第四小隊が確保した血路に付近のエグザムが殺到する。こうして戦況は一つ前進するのだった。

アルガド市内の司令所兼本丸に南方の第一防衛線の崩壊が伝わる。他の戦域へ連鎖する崩壊を予想し、戦闘中の防衛部隊に進出拠点まで撤退を発令した。

示し合わせたかの様に防衛線から本隊が撤退して行く光景を、指を咥えて見ている魔物達。陣地内に敷設された地雷原に第四小隊が阻まれていた。

「落ち着いて足跡を辿り下がれ。後方の友軍と合流するぞ。」

始まったばかりの戦。早期に消耗する事を避け退却を始める。要塞砲が遅れて着弾する戦場を走り去った。


(第四小隊、第四小隊。参謀より交代命令です。戦力の補充を始めてください。)

南方総軍の参謀部から、次の攻勢準備が伝えられる。返答し控えの戦闘要員と交代を図る。

「第四小隊二番隊揃いました。ご命令を。」

流れてくる煙を掻き分け後詰の兵力と合流した。先発隊を後方へ下がらし燃盛る荒地を進む。前方で繰り広げられる追撃戦へ向かった。

(艦載砲台を陸に上げたのか。若干大きい、改造されている。)

「強力な魔導砲に注意しろ。防御策が無いと、掠っただけで行動不能になるぞ。」

家畜動物に引かれる収束魔導砲がエグザムの一体を蒸発させる。赤い光の筋が退却戦を支援していた。

(あれを幾つか破壊しなければ、此方の犠牲が無駄になる。都市内へ逃がす訳にはいかない。)

「都市攻略を前にこれ以上の損害は許されない。全体我に続け。」

苦戦する友軍の後方から接近しつつ、直下部下に口答で作戦を指示する。臨時に隊を三分割させた。

(まだ時間は残っている。敵を釘付けに出来れば、その分撤退は遅くなる。一体でも多く消耗させてやろう。)

地雷原を避け最前線に進入する。土煙が充満する戦場で、これまでと同様に味方の盾役と共に守りに徹する黒い小隊長。自身より部下の全滅を恐れていた。

(全ての魔素を装甲へ。頼むぞ。)

「作戦を始めろ。私が突破されるより先に砲を潰せ。」

三つのエグザム集団が地雷原を抜け、戦場の真っ只中に孤立する。当然連合軍の火砲が集中した。

(要塞砲の砲弾が到達するまでまだ時間が有る。なんとしても乱戦に持ち込む。)

盾達が障壁を展開する。最大限まで引き出された魔素の塊が、強く大気と同調する。砲弾を凌ぐ壁に隠れ作戦が進んだ。

「全体、放て。」

小型のエグザムを力自慢達が投擲する。目指す敵集団へ緩やかな放物線を描き飛翔した。

「前進を再開しろ、なりふり構うな。」

指揮官の黒い巨人を先頭に円錐陣で突撃する。三つの鏃が混乱している砲兵集団に刺さった。混乱の最中、砲兵が次々倒される。

(賭けに勝った。残りは数で圧倒する。)

新型の魔導砲を無力化し殿の混成集団と乱戦をしていると、頭上から風きり音が響く。

「障壁を全力展開。付近の盾役に貼り付け。」

指示通り至る所で障壁が展開される。大口径砲弾が降り注ぎ、衝撃が複数の大穴を造成した。

「み味方ごと撃ちやがった。」

奇跡的に難を逃れた連合兵士は撤退を始める。土色に染まった鎧や野戦装備が茂みに消えて行く。

「負傷し動けない者は留まれ。残りは私について来い。」

第四小隊長は被害を確認し更なる追撃を命じる。半数近く減った集団が、茂みを整地しながら邁進した。

「秘匿波長で呼び出しです。隊長、南方本部へ魔周波を送ってください。」

高い魔導通信能力を備えた司令部の通信係から新しい指令がもたらされた。


刈り終えた畑を巨体が踏み荒らす。第四小隊は泥まみれになりながら丘を駆け上がる。都市を視認する為に森の前にある高台を目指していた。

「稜線から体を出すな。砲弾を察知したらすぐさま後ろに退避しろ。」

都市の内外に張り巡らされた火砲陣地に、魔王軍は手を焼いていた。遅滞戦術を執る連合軍砲兵集団に対し、魔王軍は浸透打撃戦を発令した。

(司令部、第四小隊位置についた。)

発令された命令を厳守し、その場で待機する。森を抜けた先の川沿いには、都市外周部の火砲陣地を守る最終防衛線が横たわっていた。


遠方で墜落した観測気球が燃えている。新型と思われる飛行魔導生物が撃ち落したのだ。太陽が中天を過ぎ、その日の攻防戦が後半を迎えた。

「静かにしろ。」

アルガド上空で装甲飛行船が爆発する。二つに割れる船体を見て歓声を上げる部下を叱り、自身も空の戦場を観察する。

「戦場で時代の変わり目を目撃するとは。いや、我々もそうだったな。」

知らされていない飛行型エグザムの活躍を眺め、時の流れを感じた黒の巨人。部下と一緒に頭に雑草を巻いていた。

(あの飛行船と同様に、陸でもあの羽根付きは活躍するだろう。大集団で戦うのは今回が最後かもしれんな。)

空から地上を制す火力を持つ飛行船の一種。移動式の要塞として陸上で無類の強さを誇っていた。星暦以前から争いによって魔導技術は発展した。毛色の異なる魔導生物も例外では無かった。

戦場の喧騒を聞きながら暇を持て余していると、司令部から第四小隊へ突撃命令が下る。各地で潜伏した精鋭部隊による浸透打撃作戦が開始された。

「総員素早く前進。一点突破を図れ。」

黒の隊長が率先して森を走る。木々を魔導弾が削り魔導砲が焼く。川に隣接した林を抜け、浅い川底を走る。なお接近するエグザム集団へ、構築された火点から容赦ない弾幕が浴びせられる。

「まずい木々が邪魔で狙えない。これを狙ったのか。」

「構わん、障害ごと撃ち抜け。」

地形的な盲点を突いた奇襲に、戸惑いながらも応戦する連合兵士。精鋭の魔導生物から複数の属性弾が返って来る。

「計算どおりだ。後ろを気にせず突き進め。」

魔獣除けの柵を踏み潰し、陣地内に突入する部隊長。配下に都市方向へ進むよう命令した。流れ込む第四小隊を阻止出来ず、分断される防衛線。局所的に集中した火力に突破された。

虎の子の飛行船を失い制空権を失った連合軍は、突如飛来した新手と浸透した地上部隊に翻弄される。挟撃を恐れ、都市内へ逃れようと潰走する兵士達へ、上空から属性弾が襲った。


「止まれ、物陰に隠れろ。」

外壁から渡された吊橋へ潰走する集団を、上空から一方的に弄ぶ飛行エグザム達。陸からも加勢しようと第四小隊が外壁へ向かっている時、壁の向こうから無数の光が放たれた。

「厄介な魔導師が居る。伝令、司令部へ報告しろ。」

羽を折られ地面に衝突する味方。正確に誘導された光弾に次々撃ち落された。

(魔素の流れが見えない。この距離で見えないとなると、凄腕か。)

すぐさま脅威と相対する状況を考察し、部下へ指示を出す。

「この付近で待ち伏せる。一匹たりとも都市へ入れるな。以降魔導通信は極力控えろ。」

外壁沿いに偵察を出し連合側の行動を待った。黒い隊長の思惑は外れ、吊橋へ向かう部隊は中々現れなかった。


「およそ三百の敵集団が接近しています。砲兵と魔導士を中心とした混成部隊でした。」

かつての住居跡か、盛り上がった台地は背の高い枯れ草で覆われていた。日が傾き砲声が増し始めた頃、ようやく獲物が罠に掛かる。各々があぎとを磨いで待ち構えていると、敵集団が接近する。

(報告と一致する。消耗している様だ、行軍が鈍い。まだ前線が機能しているのか、無防備すぎる。)

草むらから観察し、囮である可能性を考慮しつつ、配下に奇襲を命じた。

(簡潔に命じる、殺れ。)

短く魔周波で指示を出し、自身は高台で高みの見物を決め込む。緩い坂を下りながら、十倍の戦力差が有る集団へ部下達が奇襲を仕掛けた。

「伏兵だ。配置に着け。」

「近すぎる、下がれ。」

突如現れたエグザム集団に度肝を抜かれ、その場で反撃を試みた混成中隊。魔導士が咄嗟に障壁を展開し即席の壁を作る。数の差を利用し壁で取り囲もうとするが、死神集団の強力な打撃に儚く散った。数の差を物ともせず、狩に飢えていた化け物達に瞬く間に刈り取られた。

茂みから勢い良く飛び出して屍の園へ着地した。死体を漁りつつ散り散りになった敵兵の追跡をやめさせる。

「総員集合しろ。直ぐに移動を始める。素早く補給を終わらせろ。」

隊長の脳裏に浸透作戦の失敗がよぎる。自部隊の孤立を恐れ独自判断で行動する事にした。

(我々の能力を生かして遊撃戦を行う。それ以外の手は思いつかない。)

部隊を再編成し四つの班に分けた。日没までの数刻の間、草の根分けた掃討戦を始める事にした。各指揮役に権限と詳細な指示を出し情報収集を命じる。自身も配下を率いた。

「合流地点へは時間厳守だ。出来るだけ同時期に合流できる様に行動しろ。」

方々に去って行く部下達を確認し、手持ちの配下に号令を出す。

「我々は外壁沿いに東へ移動し敵の注意を引く。発見次第攻撃を仕掛ける。」

自ら囮役を務める事を部下に知らせ、踵を返し外壁へ向かった。


「班長、敵の動きがあまりにも散発的です。本隊の潰走も考慮出来るのでは。」

街道沿いに小規模な宿場が並んでいた。平時なら出店でも出ていそうな場所には死体が山積みにされている。

「あの飛行型の影響だろう、連絡網が混乱している。兵力差は向こうが上だが常に予備の同胞達が護衛している以上、そう簡単に壊滅はしない。もし撤退戦になっていたら連中の相手などせず、独自の判断で逃げろ。」

各所で煙が上がっていた昼頃まで空を無数の生物が占拠していたが、夕日に照らされる空には雲一つ何も無い。都市から沸いた増援の魔導兵小隊を宿場街で殲滅した陽動班。手短に積み上た餌を囲んで食事をしていた。

「このまま都市内へ向かいましょうや班長。私らの体格なら気付かれずに潜り込むのは簡単ですぜ。」

二足歩行の蜥蜴から提案を受ける。部下の言うとおりアルガドに潜入する事も出来た。

「今は時期尚早だ。都市内にはまだ数万の兵力が居るだろう、今潜入したところで友軍の支援は絶望的だ。戦いは数だ。どれだけ能力で圧倒していても、総戦力で劣っていたら勝てない。」

部下へ食事を急がせつつ、一つの懸案を思い出した。

(新型を撃ち落とした光の球。果たして人間が打ち出した物かあるいは。)

何等かの触媒か装置の存在を想定する。エグザムに対する連合側の対抗措置に内心驚いた。

「飛行型と同様、今まで見た事無い物にこの戦場で遭遇するかもしれん。隊長命令だ十分留意しておけ。」

食事を済ませ他の班と合流する為に南へ向かう。夕焼けに染まる大地を疾走した。


川を越えた森の中で他の班と無事に合流した。指揮権を回復させ新たな指示を出す。

「第四小隊は南方総軍の指令所へ向かい直接連絡を取る。総軍は部隊再編成の為後方に下がっているだろう。出来る限り素早く合流する必要が有る。」

部下が収集した情報によると、魔導兵器の残骸から放出される濃い魔素が通信を阻害していた。又展開していた筈の両軍は戦域から離脱しており、戦場はもぬけの殻だった。

次の攻勢に乗り遅れない為にも急ぐ第四小隊。木を切り構築された塹壕網を飛び越える。周囲を警戒し足早に戦場跡から離脱した。


商業都市アルガドから東西南北に構築された拠点群を攻略した魔王軍。幾重にも張り巡らされた防衛線の大半を無力化したが、想定以上の被害に活動を休止せざるおえなかった。

「羽根付き強かった。何故墜ちた。」

草原に腰を下ろし会話している小型エグザム達。口々に新型の魔導生物の話をしている。

「見なかったのか飛んで行く光の球を。無数に飛ばしてたんだぜ。」

発声器官が未発達な新参に古株が詳細を教えた。

魔王軍南方司令部から待機命令を受けた第四小隊は、輝く星の海を頭上に頂き、一日を回想していた。満天の星々を眺めながら、黒の隊長も漠然とした考察を続ける。

(初日は痛み別けに終わった。双方共に制空権を失ったか。あの対空攻撃を処理できなければ、上が飛行型を投入する事は無いだろう。飛行船の増援が来なければ、我々で対処することになる。)

都市を包囲した魔王軍に対し、連合側が徹底抗戦を崩す気は無いと予想する。乾いた大気に良く響く咆哮を聞きながら次の戦場に思いを馳せた。


夜が明け監視要員の交代時間になる。若い兵士が外壁から外を確認した。丘陵地帯に築かれた火砲陣地を朝日が照らす。失敗作の料理の様な臭いが漂い顔をしかめる。時折する生臭い臭いは街中からも発生していた。

「次は俺達の番か。なあ、アルガドは堕ちたりしないよな。」

監視塔に登った彼は前の見張り番に交代を告げると、眠気覚ましに質問した。

「さあな。まあ奴等次第だな。」

外から時折響く得体の知れない鳴き声に肩を震わせ答えが返って来る。一晩中響く獣の声に、多くの者が眠れない夜を過ごした。

隠していた切り札を失い、戦術の大幅な見直しを迫られた連合軍。前日の防衛戦により一定の被害を魔王軍に与えたが、防衛線を大きく縮小する羽目に成った。各地で奮戦した連合諸侯部隊の活躍もあり、壊滅的な被害を免れていた。

「此処まで油の臭いが漂って来るのか。飛行要塞が落ちるなんて思わなかった。」

未だに都市中心部から上がる黒煙。擬装がばれて緊急離陸した装甲飛行船は、アルガド自治政府の施設が集中する区画へ墜落した。搭載された弾薬が誘爆し大炎上した光景は観衆を愕然とさせた。

眩しい朝日に目を慣らしていると、東の城壁から警報が鳴り響いた。

「敵襲だ、もう此処まで来たのか。」

すかさず双眼鏡で担当する方角を索敵する。望遠水晶で迫る敵集団を捉えた。


「始まったか。一晩中騒いだ成果が出れば良いが。」

昨晩に魔王軍は心理作戦を行った。一晩中交代でエグザムを叫ばせ続け、人間達の睡眠を妨害した。獣人で構成される味方の部隊にも効果が出たが、副作用を黙殺して行われた。

「隊長、微弱な魔導波を感知しました。突撃命令です。」

「聞いたか。全体私に続け。」

中継役から指示を受け取り配下に前進を命じる。全エグザムに前進命令が下った。残った防御陣地へ向け突撃する魔王軍魔獣軍団。都市の周りに張り巡らされた火点網が迎撃に当たる。

「散開して遮蔽物に隠れろ。私より前に出るな、穴だらけになるぞ。」

土砂で造成された最終防衛線には多くの火砲が設置されていた。新旧の魔導砲や榴弾砲。急造した大型魔獣用の大砲や魔導銃が縦横に並ぶ。高低差をつけ死角を無くし、明らかにエグザムを排除する目的で配置されていた。

「塹壕を使い接近するんだ。必要なら新しく道を作れ。」

即席の塹壕を掘り、頭だけ出して魔導砲を撃つ。正確に敵魔道砲の一つを吹き飛ばした。

「砲撃能力を持つ個体は、各自の判断で応戦しろ。それ以外は塹壕を掘れ。」

小型種に土木作業を命じ、属性弾を連射する。久々の集中射撃に体中の魔素が躍動する。

(今は魔素の大半を砲撃に集中させ、現状を打開したい。たとえ一日費やしても各個撃破出来れば問題ない。)

低く姿勢を維持したまま移動を始める。先ほど居た場所に榴弾砲が着弾した。手ごろな配下に観測役を任せ支給された地図を渡すと、射撃戦を再開した。

「敵の砲兵戦力を狙え。」

一部を露出させ遠距離攻撃で応戦するエグザム達に業を煮やした陣地指揮官。部下にもぐら叩きを命じた。

工兵の真似事をする小型エグザムを援護する隊長。いつの間にか集中的に狙われている事に気付き、射撃合戦を独りでに抜ける。

「敵陣地の様子はどうだ。指揮官を見つけ出したか。」

飛び散った土砂を払いながら双眼鏡で敵陣を観察していた部下を問い質す。

「砲煙と魔道干渉の影響で殆んど判別できません。戦術的にあの丘に陣取るのが妥当かと。」

部下の言うとおり人工的に盛られた遠方の高台が怪しかった。周囲の魔素濃度を確認し後方の友軍へ魔周波を飛ばす。

(こちら第四小隊。火砲支援を要請する。)

要請が受諾される。観測役から地図を反して貰い、砲撃地点を指示した。本来前衛役の魔獣軍団には、戦線離脱した各部隊の装備が適性に応じ再分配されていた。

等間隔で配置した伝令役の一体に砲撃警戒を伝えると、細い通路を走り去った。待っていると頭上を砲弾が通過する。運よく初弾が目標に命中した。

「命中したか。このまま観測射撃を続行させろ。」

通信魔導器と地図を観測役に渡し、最前線に戻る。少しずつ火砲を減らして行く第四小隊。一時間ほど攻撃を続け、多くの砲座を沈黙させた。

配下に工兵の真似事をさせ完成した敵陣へと続く塹壕を進む。残骸で補強された足場を登り、制圧した高台へ出る。人間用の穴を更に深くした即席の監視所から、散発的に響く砲声を聞く。

「被害はどれ位だ。」

小型エグザムの指揮を執る直属分隊長に被害状況を聞く。長い耳が特徴の二足歩行の小型個体だ。

「損失は一割で済みましたが、残りの三割強に損害が出ました。」

支援砲撃で穴だらけの大地には夥しい数の死体と残骸が転がっている。退路を絶たれ包囲されたのか、斜面に重なるように倒れていた。

「他の戦域でも順調に侵攻している様です。勢いを維持できれば昼頃にも外壁へ到達するかと。」

隣の待機所から砲声が上がる。鹵獲した榴弾砲を使い部下達が外壁に設置された監視台を狙っていた。制圧した場所の至る所で同様の光景が見られた。


見事火砲陣地を突破した第四小隊は、城壁の上に配置された魔導兵と射撃戦をしている。

「土砂を注いで溝を埋めろ。橋頭堡を確保するのだ。」

手先の器用な配下を使い、外壁に沿って掘られた大きな側溝を埋めに掛かる。作業する配下を守る為、自身も属性弾を連射する。

「負傷したものは下がって作業に参加しろ。手の空いたやつは後方から食えそうな死体を持って来い。」

持久戦を覚悟し周囲に命ずる。隊長の意図を汲んでそれぞれの場所へ向かう部下を、執拗に狙う魔導士がいた。目障りな障害を、足場ごと魔道砲で打ち抜いた。

(土砂で道を造るか。足りない強度は壊して補おう。)

「壁の上部を崩せ。敵の足場を破壊せよ。」

飛び散り落下した残骸に土が被せられる。外壁を壊しながら侵入路を構築する。少しずつ高くなる山を第四小隊が行き交い続けた。


「二箇所目の突入口の造成が完了しました。増援の歩兵部隊も間もなく到着します。」

土砂を盛り崩れた外壁上部へ続く坂を登る。構築した橋頭堡から続々魔獣軍団が侵入している。第四小隊も混じって突入した。

「素早く浸透しろ。狙い撃ちにされるぞ。」

外壁内側は岩や木材等で補強された足場が続いていた。人員や弾薬を運ぶ為、建物の屋根まで渡された道を進む。

「邪魔な障害は排除し、建物を破壊し道を造れ。突入口の安全を確保せよ。」

基礎から改造され要塞化した都市外周部で、第四小隊が駆け回る。駐留していた装甲兵達に襲い掛かった。

「雑魚を頼んだ。浸透できるものは先へ行け。」

大柄な部下達を残し、要塞内に在る砲台の占拠に向かった。衝撃波と共にあさっての方向に飛んで行く砲弾。他の戦域へ砲撃を続けている最中だった。

(自爆させる訳にはいかん。外周を占拠する為には避けて通れないか。)

配置された魔導士達が屋上から属性弾で狙ってくる。要塞砲の衝撃をものともせず攻撃を続ける。

「何としても砲塔と弾薬庫を占拠しろ。」

弾幕に耐えながら要塞内を進む。配下へ近場の要塞砲塔へ向かわせ、敵兵が居る屋上へ跳躍した。

「来たぞ。排除しろ。」

魔導攻撃の迎撃に遭う。開けた場所で四方からの攻撃に障壁を張って対処する。

(時間が無い、あれを始末する。)

圧倒的な魔素出力と障壁強度を盾に有力魔導士の一人へ肉薄した。振り下ろされた鉄槌は肉片を撒き散らし、人工石材にひびを入れる。

「隊長がやられた。私達では手に負えない、撤退だ。」

圧倒的な力量差を見せつけ、邪魔者を一掃した黒の侵略者。左拳に付着した血を舐め別の要塞砲に向かった。

内部の事など考慮しない衝撃拳の一撃は、鉄筋で補強された人工石材の壁を破壊する。露出した鉄筋を払い除け崩れた内部へ入った。

「侵入者だ、持ち場を守れ。少しでも多く時間を稼ぐんだ。」

騒音に紛れかすかな声が聞える。その意図を察し、阻止する目的で二階に続く階段を上がる。

(扉は重金属で出来ている。危険だが魔道砲で天井を崩すか。)

階段を降り侵入した一階入り口に戻る。壁と同じ材質の天井を見つめ、魔導砲の圧縮生成を始める。

(吹き飛ばす必要は無い。円を描く様に削ればいい。)

勢いよく青い稲妻を照射する。同時に頭を動かし天井の一部を崩すと、天井に体当たりを行う。内側から連続する強打により頑丈な建物全体が揺れる。砲塔内部に亀裂が走り、作業を中止させた。

(最後だ。)

大きな咆哮と共に身体中の魔素を巡らせる。放たれた身体で天井を打ち砕き、作業していた兵士に破片を浴びせ、二階に到達した。

「厄介な物を造ったな。」

消耗した体力を回復する為につまみ食いを始める怪物。脱出する為に歪んだ扉を開けようと奮闘する二人組みへ手を伸ばした。

「命令だ施設内の全隔壁を閉じろ。一発でも多く前線に撃ち出すんだ。」

響く絶叫を無視しながら、指示どおり二階へ降りる階段の防爆隔壁を閉める兵士達、彼らは徴用された元市民達だ。恐怖に支配され自ら退路を絶った事に気付けなかった。

「うがぁ。」

自爆しよう砲弾にハンマーを振りかざす指揮官を握りつぶした。

寸前の所で爆死を免れた隅で震える兵士達。化け物が開けた退路を見つけると、我先に逃げ出した。空になった弾薬庫の直上に在る砲塔戦闘室を占拠した黒の死神。自爆を阻止し要塞砲の一つを無力化した。

「動力が落ちている。いや落とされたか。」

鹵獲した砲で他の要塞へ攻撃しようと旋回装置を調べ、反応が無い魔導機械に状況を把握し落胆する。要塞の何処かに在る魔導炉からの供給が止まり、砲を使用出来なかった。


又もや南方から防衛線を突破され、市内で遅滞戦術を始める連合軍。これ以上の後退を許さない為、用意していた反抗作戦を開始した。


(前線に異変あり。...中心部で...苦戦しています。)

魔素の影響で妨害される魔周波。辛うじて発信元から内容を理解し、占拠した砦の屋上に移動した。

「敵の魔導人形だ。製造固体か。」

魔導技術で動く大きな機械人形が複数、市街地でエグザム達を翻弄していた。機械仕掛けの腕から多種多様な属性弾が発射される。元素の奔流に飲まれた小型エグザムの群、体液を噴出して次々倒れる。

(死骸に残存魔素が残らない。こいつ等か。)

飛行型を墜とした張本人を確かめ、周囲に展開する配下に魔周波で呼びかける。

「聞えるか。魔素抵抗能力に自身が無いやつは、操っている術士を探せ。決して人形に近づくな。それ以外は私に続け。」

自身と同じ大きさの敵に対処する為、臨時の対応部隊を編成する。黒の隊長を先頭に巨体の一団が機械巨人の群に向かう。

「先に行動不能にするか武装を破壊しろ。止めを急ぐ必要は無い。」

二十体以上の機械巨人は建物を盾に、向かってくる大柄なエグザム達を迎撃する。第四小隊は脅威的な攻撃を警戒し、同じ様に建物や施設の残骸に隠れた。

「隊長、見てください。人間が乗ってますよ。」

触手を伸ばし敵を監視している一体から報告を受ける。瓦礫から顔を出し確認する。

「成る程、敵の新兵器か。あれだけの物を造れるとは、人間共は侮れんな。」

発見され慌てて移動する。飛んで来た魔導弾砲が瓦礫を吹き飛ばした。

胴体上部にある操縦席から魔導機械を動かす魔導士。操縦席は簡単な蓋で覆われ、窓から操縦者の頭部が見えていた。傍から見ても急造された造りは頑丈そうでなかった。

「恐らく魔導士が動かしているのだろう。何でもいい衝撃を与えて気絶させてやれ。」

欠点を看破した黒の隊長。指示を受け配下と共に転がっている残骸を投げ付ける。放物線を描いて一個の人工石材の塊が、建物の陰にいた機械巨人を直撃する。丁度いい角度から飛来する瓦礫の群に魔導士達は慌てて機体を隠した。

「このまま接近して、ゲリラ戦で各個撃破しろ。」

片腕に瓦礫の山を抱えながら敵集団へ接近する黒の隊長。後ろから両手に残骸を抱えた部下達が続いた。


穴だらけに成った壁に隠れ、穴から機械巨人を伺う黒い巨人。背中を向けた敵に握り締めた石像を投げ付けた。

倒れた機械巨人に大柄なエグザムが群がる。使えそうな武装を奪い、地面に固定させる。

(やはり魔晶核で動かしているのか。)

部下が背中の容器から見た事のある魔晶核を取り出す。抵抗していた巨体が止まり、操縦者が捕食された。

「次が来る。急いで隠れろ。」

重い素体が倒壊した瓦礫の山に捨てられる。機械巨人の増援を前に急いで隠れる部下達。発見されていない事を確認し何度目かの投擲を始めた。

瞬間火力に優れる機械巨人へ対抗する為、黒の小隊長はゲリラ戦を徹底して行った。魔素の放出を自粛させ、物理的な手段で対処させた。自分達と同様、高い魔素察知能力があると判断し、結果的に執った戦術は成功した。


「奪った武装は邪魔にならなければ持って行け、各自の判断に任せる。」

鹵獲した専用魔導銃の奪い合い注意し、自身は左手に引っこ抜いた街路樹を装備する。複数の大柄なエグザムがさり気無く街路樹を持って現れる。争奪戦に敗れた敗者達は止むを得ず上司の真似をした。

「これより旧城壁を超え市街地へ向かう。情報では埋め立てられた場所が有る、足元に注意して進め。」

城下町を改修し建設された都市には、かつての町並みを土台に建てられた場所が在る。中には地下街として機能している場所もあり、幾つかの区画では重量規制が敷かれていた。

「射撃手は調子に乗って突出するな、常に味方の位置を確認しろ。他は判断を任せる、前進しろ。」

市街地の大通りには複数の魔導砲や機械化魔導人形が設置されている。頑丈な建築物の屋根にも土嚢で構築された火点があった。

装備した街路樹を魔導銃が焦がす。第四小隊は市街地に入ったばかりの場所で足止めされていた。

(小型種は問題ないが我々では裏路地は狭い。味方の侵入経路を潰す訳にもいかん、得意の方法が使えないのは痛い。)

木造で背の高い建築物が並ぶ通りを家の陰から伺う。裏通りへの道が家財道具で塞がれていた

「あれで塞いだつもりか。小型種を袋小路に誘うのが目的だろうか。人間があいつ等に白兵戦で勝てるとは思えない。」

巨人から奪った煙幕弾を投げ付ける。通りのど真ん中を煙が塞いだ。手で合図し後続を進ませる。疎らに飛んで来る砲弾を防ぎ、射線を切る為に空き地に飛び込んだ。

「こちら小型エグザム班統括。隊長、問題が発生しました。」

部下の一人から魔導通信器を介し報告が入る。裏路地を中心に至る所に爆発物が仕掛けられていた。

「解った。安全圏まで下がらせろ、別命あるまで待機だ。」

巨大な専用魔導銃を持つ配下へ、魔周波で屋根の上の火点を潰すよう命じる。封鎖された大通りの突破を諦めた。

「南総軍砲兵部隊へ支援砲撃を要請する。旧城壁内にある南市街地の破壊を頼む。」

配下に旧城壁へ退却を命じ、自身も下がる。屋根伝いを移動する案は、中央の城塞区画から集中的に狙われる事が発覚し頓挫した。目くらましの砲撃要請を出し、南方司令部へ現状を伝え判断を仰ぐ事にした。

砲火に晒され燃える町並みを見続ける。時折仕掛けられた各種爆弾が爆発し、地盤ごと崩壊するのが見て取れる。旧城壁の外に退避した第四小隊はそこでその日を終える。広がった炎は町並みを焼き一晩中燃え続けた。


攻略戦三日目の日の出を迎える。前日の砲撃と飛行型による夜間絨毯爆撃の結果、市街地は残らず焼失した。幾つかの地下街は崩れ潜伏した兵士らが生き埋めになる。戦場ごとアルガド地方軍は瓦解し、市街地での組織的な抵抗は不可能になる。残った連合軍は都市中央の旧城塞へ立て篭もった。


「徹底抗戦ですか。正気を疑いますね。」

焦げた炭林を進む第四小隊。不規則な悪路と臭いに苦戦していた。

「増援が来るまで時間を稼ぎたいのだろう。我々の外交戦略に阻まれるだろうがな。」

部下に返答し城塞を見つめる。拡大された視界に黒煙を上げる城壁が映る。降伏勧告を無視した連合軍残党の掃討戦が始まっていた。

「隊長。我々の出番はなくなりました。」

笑いながら城を指す部下。高い尖塔に頂く諸侯連合旗が降ろされ様としていた。


質を優先する。他の話の修正も予定している。

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