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魔都近郊での決戦から一週間。魔王軍に敗れた人類諸侯連合軍は、補給要衝で西の要塞都市まで撤退戦を続けていた。


東方征伐において圧倒的な兵力差で魔王率いる魔族の反乱勢力を撃退した諸侯連合軍。ついに反乱が決起した魔都まで駒を進めた。

亜人種や魔物で構成される魔王軍は、少数の精鋭部隊を使い遅滞戦術を展開する。切り札の完成まで時間を稼ぐ為、散発的な抵抗を続けた。やがて魔都を連合軍が包囲すると、魔王軍残存部隊は都市に篭城するか周辺に身を隠した。

既に切り札は完成していた。連合軍は実験場に足を踏み入れてしまった。魔導生物として禁断の力を与えられた彼ら、包囲網の内側から本能の趣くままに襲い掛かった。

屠殺場で獲物の群を駆逐し、血肉を貪る獣達。死体から血肉を補い魔素を得て、素早く戦線に復帰する魔導生物を、連合軍は止める術を持たなかった。


魔導生物は個々にして異なる容姿をしている。彼らは多くの魔獣や魔導技術で合成された人工生物だ。

従来の戦術規格を凌駕した戦力に対し、創造した魔導師達は古の死神の一柱から名を与えた。物語は後退を続ける連合軍部隊を追撃する一匹の魔導生物を主軸に進む。


急な坂道を文字通り転がりながら進む黒い巨体、その脅威を知っている連合兵士は我先に逃げ始める。全身血塗られた装甲で覆われた二足歩行の怪物。魔獣用のボウガンをものともせず抵抗部隊に襲い掛かった。

「化け物め。」

黒い怪物の手が一人の勇敢な兵士に迫る。抵抗しようと見上げる巨体に槍を突き出したが、装甲に弾かれ折れる。

「踏ん張れ、今助ける。」

右手に捕らえられた仲間を救出しようと槍で妨害する兵士を嘲笑い、捕獲した獲物を捕食する。握り潰した手から零れる上半身と内臓を口で受け止め、次の獲物へと向かう。

「無駄だ家畜共、大人しく糧と成れ。」

生物離れした重低音の声が場を支配する。逃げ遅れた兵士を捕まえては引き千切り、見境なく捕食する。足の遅い一般兵科では化け物から逃れる事は出来なかった。


魔王軍幹部や魔導師達は魔導生物にエグザムと言う正式名称を与えた。戦場等を経て瞬く間にへ広がり、連合軍もその名を聞くようになる。個々に名は無い、圧倒的な戦闘力をもつ化け物達はまさに戦場の死神であった。


阿鼻叫喚の悲鳴が木霊する草原を一匹のエグザムが走る。厚く硬い皮膚と高い消化能力を持つ魔獣等から合成された体は返り血に染まる。生臭い体臭と赤い塗料に連合兵士達は恐怖で支配される。

「た、たすけ」

倍ある体格差を利用し軟な敵を踏み潰す。黒い巨人を止められる人間は居なかった。

「ひぃか神よ、ぐふっ。」

腕を伸ばし複数を纏めて吹き飛ばす。人の胴体以上の太さを持つ腕は長く、雑兵の武装では抵抗不可能だ。

「血だ、血が足りん。」

肉片を咀嚼しながら次の獲物を探す。全てのエグザムは雑食性で、強化された消化器官による合理的な補給手段と飢餓に強い細胞を有している。

既に大半を殺し終え草原には血塗られた草花が点在していた。空腹を満たす為、隣接した森に逃げた獲物を追う。

(匂う。活きの良い獲物が隠れている。)

臭いを頼りに木々の間を強引に進むと、倒木の陰に隠れている人間を見つけた。息を殺していても発せられる臭いまでは殺せなかった。

「美味そうだな。骨の髄までしゃぶり尽くしてやる。」

持ち上げた獲物は、目を瞑り外套を握り締め全身の震えを抑えている。恐怖で硬直した顔には死相が浮かんでいた。

雌の肉の味を堪能し人間の味を占め、森の奥深くへ踏み出す。強化された嗅覚は美味しい餌を捉えていた。


枯れた小川で敗残兵を処理していると、薄暗い草木の間から馬鉄が響く。茂みの中から光る球が向かって来た。

(属性弾、魔導士か。)

奇襲攻撃で放たれた属性弾を回避し、木々の間を走る騎馬集団を睨みつける。

「包囲しろ。」

統率のとれた動きで黒いエグザムを包囲すると、馬に跨る魔導士達が高所から一斉に属性弾を放った。

体を丸め、その場凌ぎに防御姿勢を取る。反撃する為エグザムは、騎兵集団へ突撃する。

取り囲む魔導士の一画へ、二足から四足歩行で突進する。魔導武器から放たれる各属性の塊は、今の黒いエグザムに傷を負わせる事が可能だった。

「無駄だ。」

回避行動を取りながら最初の獲物へ接近し拳を突き出す。大質量が激突し、魔道障壁を展開する間も無く後方に弾き飛ばされる魔導士。騎手を失った馬を捕まえ引き千切る。足を咀嚼しながら、残った胴体で迫る属性弾の盾代わりに使う。

「怯むな再包囲しろ。我々で食い止めるんだ。」

逃走中の友軍の為に身を挺して部隊を率いる隊長。失った部下の代わりに黒いエグザムを攻撃するが、効果的な被害を与えられなかった。

(寄せ集めか決死隊だな。せいぜい利用させて貰う。)

敵の戦力を把握した黒の巨人は、指揮官を潰さず取り巻きから処理し始める。

一対多数でも動じない怪物に対し、湧き上がる身の危険を殺し指示を出し続ける部隊長。長年の勘から撤退する事も出来ず全滅する光景がよぎった

「攻撃を続けろ。疲弊させれば動きも鈍る、諦めるな。」

黒い化け物から放たれた属性弾が前方を走る仲間の馬に直撃する。悲鳴を上げ地面に打ち付けられた彼を怪物が襲った。一人又一人減ってゆく部下達、隊長は一人決断する。

(肉はもういい魔素をくれ。飽きた、終わりにしよう。)

腹も膨れ退屈し始めた黒のエグザム。纏わり付く雑魚を木々を使い引き離しと、大きく身を翻し指揮官へ向かった。

「退却しろ。私が囮になる。」

自身へと迫る怪物を目にし、彼は退却指示を出した。

「良い判断だ。心配するな痛みは最初だけだ。」

独特な音声で余韻を発する黒の巨人。叫ぶ指揮官から放たれた属性弾を両腕で庇いながら、獲物へ肉薄した。

(皆すまない、此処までの様だ。)

怪物の爪が杖ごと魔導士の肉体を粉砕する。すれ違い様に杖の魔導結晶が爆発し、魔素暴走による衝撃が右腕に伝わる。

「自爆したか。魔素が消えた肉など要らん。」

勝者の体には敗者の肉片が飛び散り付着していた。

頻繁に赤く染まる外皮を、何時もの様に掃除を始める。肉体の緊張を解き、勝利の雄叫びを轟かす。草木がざわつき一つの戦いが終わった。


「質の悪い魔素だ。まあこんな物か。」

魔導杖や装備類から魔素を吸収し体表へ反映させる。何度目か数える事も馬鹿らしい作業を終え、小休止を取るエグザム。刻まれた傷がみるみる塞がり、不要になった体組織が剥がれ落ちる。

(この三日間雑魚ばかりだった。魔王様の威光を恐れ逃げ惑う輩を追い回したが、それも此処までだ。)

生まれた時から黒で統一されていた体は、色が薄くなり若干大きくなっていた。その巨体が立ち上がる。目指すは魔王軍主力部隊、同類で構成された第一魔獣軍団だ。


各地で囮の遊撃部隊の活躍により、連合軍主力三万は最寄の要塞都市に帰還した。長い旅路を経て当初より数を半分に減らした連合軍。疲弊した兵士達に厭戦気分が蔓延し始める。

人間とそれに近しい者たちで構成された彼らは、魔王軍の新兵器に手を焼いていた。派兵元に増援を要請し要塞都市を武装化を始める。完全制圧を目的とした東方征伐を完遂する為、付近を一大防衛拠点へ改造している最中だった。


遠方の山の高台から連合軍を見渡す一匹の合成生物。周囲に溶け込む為に体表を変色させた鳥は魔王軍に敵情を知らせる。

次の戦場を攻略する為に魔王軍作戦参謀達は、各々の配下へ号令を出す。第一魔獣軍団へ、都市攻略の命が下った。


曇り空の下で原野を進むエグザム達。目標は都市の前身拠点、つまり出城である。西に在る都市要塞の防衛拠点として建設されたばかりの中規模な砦だ。

砦の火砲の射程距離に入ると走り出すエグザム軍団。火柱が上がる中、黒い巨人の姿が映る。

「邪魔だ、道を開けろ!」

個体差で足の遅いものに低い怒声を浴びせる。獲物に夢中で指示を聞かない固体を踏み潰し爆走する姿は重戦車に相応しい。

(進化途中が目立つ。増産されたばかりの固体は直ぐ死ぬだろう。)

脳内で獲物を独り占めする算段を立て、防御陣地へ突進した。

魔導生物の波が前身拠点の防衛戦に殺到する。連合側の兵装では十分に押し返す事が出来ない。当然の様に接近戦が始まった。


低空で接近する飛行魔導兵へ土砂や何かの残骸を投げつける。散弾の様に飛行魔道兵を叩き落した。

(数が多い。連携される前に強行排除した方が良いな。)

塹壕から爆弾を投げる敵兵らへ肉薄し、腕でなぎ払う。太く鋭い爪が繊維防護服ごと生肉を切り裂いた。

黒い尖兵は造成された遮蔽物に身を隠す。掘り返された地形を利用し、局地戦を仕掛けていた。

「核を持て。少し早いが始めよう。」

見た目の割りに高い頭脳を持つ黒いエグザムに対抗する為、一部の魔導士達が土人形を多数生成する。大小様々な形を持つ一団が、最前線で暴れる黒の暴君へ殺到する。

素早い小柄な土塊はエグザムに肉薄すると爆発した。思わぬ衝撃にたじろぐ黒い化け物。離れた場所から大型の固体が遠距離攻撃を仕掛ける。

(術士は、あれか。)

飛んで来る魔導砲弾をかわす。爆風で敵味方に被害が出る中、混乱を収拾する為目標へ向かう。

突撃して来る自爆固体を粉砕し時には投げつける。野獣の進路を阻む様に大型人形が迎え撃つ。

「この程度か。」

重低音の咆哮を上げ止まらずに体当たりを食らわす。予想外の行動に術士達は判断を鈍らせ、結果的に一体の土人形が破壊される。

僅かに開いた血路に滑り込み、人形の壁を突破した。

「不味い、残りを生成しろ。急げ。」

自分達が狙われている事を悟り、慌てて核から人形を作り出す。

前後左右から飛び交う弾幕を曲芸的な動作で回避する黒の体操選手。狙いどおり術士へ接近し、邪魔者の排除に取り掛かる。

「諦めろ。これで終わりだ。」

大型人形を押し倒し転がった勢いを乗せ魔導士集団へ投げ付けた。

「くそ、何人生き残った。」

集中を途切らせ、つぶさに回避行動を取った少数の魔導士が助かる。己らの魔導技術が無力化された事を知った。

(魔素が見えない、枯渇したのか。)

戦意を喪失させ逃げる魔導士達を追撃する。魔素を使い果たし身体強化を施せない身が、黒い悪魔のアギトに晒された。

土塊の残骸を投げ付けながら、他のエグザムの血路を確保する。敵兵を捕まえると背後へ投げ、小型エグザムの餌にする。

至る所から黒のエグザムを狙った攻撃が降り注ぐ。対処し切れないと判断し、脇目も振らず突撃した。致死性の弾幕をやり過ごした結果、敵防衛線の只中に孤立してしまった。

「絶好の機会だ。取り囲んで突撃槍を食らわせてやれ。」

陣地構築をしていた工兵らが、爆薬の詰まった穂先を構える。射程距離に入った黒の巨人に向け、貫通爆弾を放った。

攻撃を察知していた捕食者は高く跳躍し一射目をかわす。着地地点を狙った二射目に対し、咄嗟に腕で身体を庇った。

(油断した。まだまだ脇が甘い。)

右腕の装甲が大きく削られていた。間髪おかず殺到する突撃槍を、小刻みに駆け回り回避する。意識を途切らせず、優先目標を探した。

「まずっ。」

追撃指示を出す指揮官に着地する。地面に肉がめり込み砂煙が上がった。

「喜べ家畜共、貴様らは魔獣兵の血肉となる。」

短い周期で響く重低音の笑い声にたじろぐ連合兵士。前線から迫る捕食者の群に恐怖し敗走を始めた。

石造りの出城まで逃げる兵士達の背後から襲い掛かるエグザム。首をもがれ踏み潰されて食われる光景に、援護する魔導兵と城内の士気は下がる。


巨体の視点から見ても高い外壁をよじ登る。壁に爪を立て一部を崩しながら黒い巨人が這い上がる。

第一魔獣軍団総勢三千は前進拠点の要塞を包囲していた。外壁や突破した侵入口から次々とエグザムが侵入する。既に要塞区画は壊滅し、餌場と化していた。

「防衛線を後退させろ、外に居る連中は見捨てる。総員城に立て篭もれ。」

要塞の外壁をよじ登る化け物は、要塞内の城へ退避する一団を上から確認する。高級将校と宗教服を纏った一団は要塞と接続された本丸の城内に入っていった。

(時間稼ぎのつもりか、私が直々に平らげてやろう。)

屋上に上がり、外壁に備え付けられていた魔導砲に目を付ける。固定具が壊れ一部が吹き飛ぶが、構う事無く待ち上げ投げる。身体を曲げ梃子の原理で投げられたそれは、放物線を描き堅牢な正門を破壊した。


崩れた扉を他のエグザム達が通ると、城内の魔導砲の集中砲火に遭う。崩れる味方を尻目に黒い巨人は要塞内側の城壁を登っていた。出城要塞は中央の本丸を残し陥落。眼下では同属達が食料争奪戦を繰り広げていた。

「雑魚に旨みは無い。美味い魔導士は何処に居る。」

外周要塞内に取り残された連合兵士は、勝ち目が無いと悟る。生きたまま食われる事を恐れ自害し始めた。血の臭いを嗅ぎ付け殺到するエグザムに、まだ生きている者も食われる。黒い巨人は底辺のレースに興味は無く、城内に立て篭もる珍味を求め壁を登っていた。


「エグザムだ。エグザムが出たぞー。」

屋上へ侵入した黒の巨人は、配置された一般兵を弄ぶ。対人用の装備しか持たない彼らでは、巨人が纏う

装甲を突破できない。

「い入れてくれぇ。」

閉じられた入り口に兵士が殺到する。中に居る者達は悲鳴と解体音を聞きながら障害物を構築する。

「見ての通り此処が最後の防衛線だ。諸君、華々しく全力で散ろう。」

連合諸侯の一近衛将校が配下の精鋭魔導兵に檄を飛ばす。開戦当初から活躍した三十名程度の小隊は、頑丈な箱などを積み上げ敵を待ち構えた。

「オオオオ!」

力任せに壁ごと扉を外した巨人は、扉を盾にし屋内に入った。予想どうりの迎撃に対し即席の盾で対処する。少しずつ集団に接近すると、足元に爆発物が大量に転がってくる。

(なにぃい。)

「連合国バンザーイ。」

決死の自爆攻撃は側壁と天井と共に巨体を吹き飛ばす。衝撃で間接が軋み全身を痛覚が支配する。空に投げ出された黒い巨人は崩落する上部階層に落下、瓦礫に埋もれた。


程なくして出城陥落の知らせが都市内の連合軍にもたらされる。貴重な兵力を割いてまで時間を稼ぐ戦略は破綻した。民間人の居ない巨大な要塞都市に戦場が移る。


残骸が散乱し食い散らかされた城内を徘徊していた光景を回想する黒の巨人。気絶し残飯しか漁れなかった自身を悔やみつつ、戦闘に集中する。

現在第一魔獣軍団は逃走経路を絶つ為、諸侯勢力方向から要塞都市へ侵攻していた。総数三千を超える部隊を三つに分け、北と西から都市を包囲していた。

前哨戦として二千名程度の連合軍多種族混成部隊と乱戦を行っている一団に黒の巨人が居た。

「来い雑魚共。肉ごと魔素を食らってやる。」

屈強な戦士風の男から突き出される魔槍をへし折り、兜ごと頭部を叩き割る。

(おっと力を入れ過ぎた。折角の珍味を無駄にしてしまった。)

注意を逸らした黒のエグザムに、連携して攻撃を仕掛ける。多くの者が軽装の鎧に雑多な武器を装備していた。

「見た目の割りに速いぞ。迂闊に近づくな。」

黒い巨体を走らせ、まとめて轢き殺しながら敵を減らしてゆく。混乱する前衛が邪魔になり、魔導士ら援護射撃がおごそかに成った。

恵まれた能力を屈指し時に同類さえ利用して戦う姿は、魔導生物の長所を存分に発揮していた。

「た、たすけぇ。」

軽装備の女性兵士を喉元から噛み千切る。物理的に捕食し、大量の魔素を吸収した。

「ウマイィィィ。」

珍しく当たりを引いた怪物は、景気良く周囲の敵兵に炎をぶちまける。魔導生物が持つ最大の武器は、取り込んだ能力の一部を再現する事だ。

以前取り込んだ魔素を用い、魔導細胞を強化し敵兵共を炎の海に沈めた化け物。後退戦を始める敵へ追撃を始める。

何処からも誰からの指示も受けず、本能に従い与えられた使命を全うする為にエグザムらは進んだ。


日が暮れても魔獣軍団の動きは衰えない。獣由来の夜行性と高い栄養吸収力をもって、供給される死体を糧に都市外壁へ群がる。

頂上から集中した弾幕に体を焼かれ落下するエグザム達。やや離れた場所から、炎と魔導に照らされた戦場を眺める一匹の黒いエグザム。

「死んだ個体は回収され、いずれ再配備される。死体の山がもう少し高くなれば始めるか。」

周囲の闇と同化した体表は光を反射していない。黒い体は高い隠蔽能力を発揮していた。

(馬鹿共のお蔭で首尾よく行けそうだ。)

黒の巨人は腰を下ろし休息を取っていたが、頃合なのだろう立ち上がり戦場へ駆け出した。

死体の山を踏み台に、高い外壁に有る出っ張りの反し部分を掴む。素晴らしい腕力で更に高く跳ぶと頂上へ着地した。

「一匹入ってきた。」

迎撃に来た狙撃兵を次々外へ放り投げ、狩が始まる。

「私が直々に殺してやろう。楽になりたい者から前に出ろ。」

人間用の通路を無理やり進む。包囲される前に各個撃破を始めた。遭遇する人間達は一様に叫びながら玉砕して逝き、何時もの様に全身が赤く染まった。


市街地に到達し複数の集団を蹴散らす。何処からとも無く属性弾が飛んで来た。

「く、体に響いたぞ。」

一発が左肩に着弾し、自慢の装甲に傷が付く。脅威存在を感じ取った黒の巨人は移動しながら追撃をやり過ごす。

「対象は一匹よ。あの魔物を仕留めなさい。」

滞空存在の独特な魔導波長を感じ取った怪物は、全身の細胞を活性化させ全力で迎撃に当たる。数人の取り巻きと共に若い女魔導師が表通りに姿を現した。

(成る程魔導師か、これは楽しめそうだ。)

優先目標を定め手始めに肉弾突撃をする黒の重戦車。分かり易い攻撃に魔導師らは各自散開して攻撃に出る。

「手筈どおり対処しろ。所詮獣の塊だ、弱点はある。」

屋根伝いに展開した精鋭魔導兵は黒いエグザムを上から狙撃する。精度の高い魔導弾で関節など装甲の隙間を狙った。

(精鋭の遊撃部隊か、此方の能力を知っている様だ。)

不利な高低差を無くす為、撃たれながらも機敏に屋根に登る。でかい図体の割りに柔軟な対応を執る怪物に驚く魔導兵達。結果的に隙が生じ、狙われた一人が犠牲になる。

「脅威個体だ。予備結晶も使って全力で叩け。」

掠め取った心臓を口に放り込み次の行動を見極める黒の巨人。迫る攻撃を回避し、舐め回すように敵を見比べ宣言した。

「次はどれの番だ?無論お前達では足りないがな。」

散々知類を捕食して来たこのエグザムは、人間の天敵として相応しい知能を獲得していた。獣同然の体さばきで手短な魔道兵に接近する。当人と周囲は新たな犠牲を阻止する為に魔導銃で弱点とおぼしき場所を狙うが、残念ながら効果は薄い。

「導師様、こいつ減衰膜で覆われています。」

この黒い魔導生物はこれまでに多くの魔導技術を吸収していた。その一つが体表と一体化している。

「魔素吸収だ、奴から魔素を吸い出せ。私が時間を稼ぐ。」

隊長格の女導師の指示を受け台尻に填め込まれた結晶体をいじり始める。隠れて作業中の部下から化け物の注意を引く為、魔導師自ら黒い巨人の前に出た。

「お前の相手は私だ。」

石畳の路上から屋根に居る敵へ、魔導弾を打ち出す。黒の巨人は防御策を使い女魔導師に肉薄するが、熟練の戦士でもある彼女は、体に循環する魔素を調節し横に回避した。

「予想以上に硬い。何人殺してきたんだ。」

回避際に魔導師から攻撃を受けた巨人。

(本命はお前ではない。)

彼女を気にも留めず直線上の屋根に居る魔導兵へ襲い掛かる。両腕を広げ回避先を制限された魔導兵は狼狽し、抵抗できず毒牙に掛かった。

「逃げても無駄だ。この地形ではお前達より早く移動できる。」

不利と判断し退却指示を出そうとした彼女に怪物が声で遮る。生物離れした重低音の発言は、敵ながら合理的な内容だった。

(何なんだこいつ。聞いてないわよ。)

黒の巨人はその一瞬の隙を逃さなかった。予備動作も無く唖然としていた女魔導師に飛び掛り、上半身に格納された無数の触手で拘束する。

「隊長!」

着地の際に足で砕いた石畳の残骸を複数握ると、残った少数の魔導兵へ投擲する。得た隙を逃さず三度肉薄する怪物は、狩人のように残った魔導兵を殲滅した。

「くそっよくもやってくれたな!」

拘束される苦痛から逃れる為にもがき続ける。

(不味いこのままでは喰われてしまう。)

捕食者を睨み付ける女魔導師。装甲で覆われた表情筋の少ない魔物の顔が歪む。それを見て、苦痛と共に体中に悪寒が走った。


満月が輝き燃盛る都市を照らす。外壁を突破した魔王軍は街を蹂躙する為に群がった。連合軍は退却を余儀なくされ、市内に構築した防衛線で抵抗を続けた。当初居た三万の連合軍は外壁で奮戦したにも関わらず、魔獣軍団の生き残りに蹂躙され半分まで数を減らしていた。一方の魔王軍も一万程度にまで縮小し、都市内でゲリラ戦を展開する連合軍を攻めあぐねていた。


崩れた教会の天井から月明かりが差し込む。照らされた床には魔導師だった物が転がっていた。彼女を捕獲した怪物は今居る協会に侵入し、彼女を骨の髄まで物理的に堪能した。血肉に刻まれた遺伝子と美味な魔素を吸収した事により、多くの魔導適性を獲得した。

「創造主よ感謝する。我が生涯においてこの日を忘れたりはしない。」

宇宙を信仰対象にした宗教施設で古の死神の名の下に誓いを立てる。化け物のくせに神がかっていた。


教会を後にした黒い巨人は、新たな獲物を求め捨てられた無人市街を進む。運びきれなかった家財道具等が散乱する通りを歩いていると、向かってくる連合諸侯一般兵の大集団を発見する。慌てて飛び込んだ狭苦しい裏路地から、敵を観察し戦力を見極める。

(重装備の装甲歩兵。あの金属は不味い、出来れば吸収する羽目に成らなければ良いが。)

都市中央から出荷される後詰部隊を前線に合流させる訳には行かず、死角から集団の中央へ奇襲攻撃を仕掛けた。

「エグザムだ、敵襲。敵襲!」

広場を通過中の列に飛び込み、全身から青い稲妻を吐き出す。太陽に焦がされたように燃え始める敵兵を確認し、更に魔導攻撃を放ち進む。

「下がれ。早く後ろへ下がってくれ。」

逃げ場の無い範囲攻撃が歩兵集団を蹂躙する。逃げ切れずに蒸発する者、裏路地で詰まり建物ごと火あぶり遭う者、転倒し味方に踏まれる者が続出した。

逃走する足音が遠のき一帯は静寂に包まれる。僅かに漏れる呻き声が餌の場所を教える。黒の巨人は失った体力を回復する為、食事を始めた。

黒焦げの失敗作より程よく火が通った料理に舌鼓を打つ。

「組織吸収は難しいが、栄養補給なら燃やした方が良いな。」

火加減による調理法を模索していると新たな集団がやって来た。

「居たぞ、噴水広場だ。」

魔導士と魔導兵で構成された部隊が黒いエグザムを取り囲む。手馴れた動きから精鋭部隊だと思われる。

本命の登場に化け物の胃袋は歓喜し、口から雄叫びを上げた。

「敵の遠距離攻撃に注意しろ。周りの死体の様になるぞ。」

先ほどの装甲歩兵の姿を確認し長期戦を想定する。消耗した体力も考慮し短期決戦を選んだ。

「装甲が硬い類だ。建物ごと潰されるぞ。」

高い干渉力を持つ魔導士を狙う黒の怪物戦士。機動力を屈指し建物を屋根伝いに移動、対象と相対する。

「こいつはあぶねぇ。」

慌てて飛び降りる男の魔導士は、孤立する危険を避け障壁を展開し味方へ合流する。深追いは危険と判断したエグザムは、屋根から様々な瓦礫を投げ付ける。

「怯むな、距離を取れ。」

統制の執れた動きで投擲物をかわし、属性弾や魔導弾で反撃に出る連合兵士達。密度の高い弾幕に減衰膜の効力が減少し始める。体力低下による憔悴を避ける為に、魔導士の排除を断念。数が多い魔導兵と装甲兵を減らし撤退する事にした。

(数を減らせば追って来ないだろう。久々にあれをやるか。)

高所から瓦礫を投げ付け、隙あらば飛び降り粉砕。建物内に逃げた者を木造の構造体ごと押し潰し、確実に殺傷して行く。

「敵も消耗している、撃ち続けろ。」

残った兵士が死んだ仲間の装備を拾い、間髪入れず攻撃する。敵の質を落とし量を減らしたと判断した黒い巨人、撤退を成功させる為に大技を繰り出す。

「何かを吐き出しているぞ!」

敵の頭上から可燃性の魔素を大量に吐き出す。一瞬にして街の一角が霧に包まれた。

「濃い魔素だ。酔うから一旦離れろ。」

霧に包まれた至る所で、魔素酔いにより倒れ始める。魔素調節が得意な魔導師も巻き込まれ死の淵に近付く。

(苦しくなって来た。速めに終わらせよう。)

必要量の魔素を出すと続け様に稲妻を放った。魔素に反応が伝播し一帯が爆炎に包まれる。

「に、逃げろぉぉ。」

生き残った者は炎に包まれ衝撃波に四散した味方を見て戦意喪失、我先に逃げ始めた。燃盛る残骸を背に放火魔はその場を後にする。

(体が重く反応が遅い、力を使いすぎた。休める場所を探そう。)

爆発による衝撃で体組織に変調が起きていた。装甲は変質し能力低下、間接が損傷していた。

(出す量を間違えたか。予想したより脆い体だ。)

やむ終えず教会に戻って来た化け物は、敵勢力下で夜を明かす事になった。


目を覚ますと、日の光が差し込む屋内を観察する。周囲に人影は無く静かだった。

「体は動く問題無い。」

全快した体を確認し空腹を満たす為に外へ出た。街の外周から立ち上る複数の煙が見える。戦況は膠着していた。

(良い匂いだ。腹が減る、食い物は何処だ。)

町中に血と焦げた臭いが充満し、嗅覚の知覚範囲が狭くなる。前夜とは反対方向に進んでいると、会話が聞えて来る。

「エグザムだっけ、大半は精鋭魔導士達が追い払ったそうだ。」

「ああ聞いたぞ。人外の化け物も数には勝てなかったな。」

建物の残骸に身を隠し有益な情報を盗む。彼らの話では都市に残っているのは、少数の強力なエグザムと魔王軍混成部隊のみらしい。

(戦況は拮抗している様だ。私も派手に暴れてやるか。)

笑い声を無視し、休息中の獲物を狙い襲い掛かった。


「やっとまともな食事にありつけた。」

巡回中の一般兵を襲い続け、三度目の襲撃で空腹を満たしたエグザム。点在する激戦の痕跡を見て、憔悴する連合軍兵士達の顔を思い浮かべる。明らかに緩みきった士気から絶好の機会が訪れたと認識する。

(所謂収穫時と言うやつか、血肉が沸き立つぞ。)

獲物を出来るだけ独占したい黒の魔物は、都市中央へ向かう事にした。


高い塔が乱立し大きな屋根を持つ三階建ての倉庫が並んでいる。一切損傷が無いその区画では、戦闘で負傷した兵士や運び出される物資が往来していた。

無人の高層住居を内部から昇り、物理的に作った窓から顔を出している黒いエグザム。

「あそこから濃い魔素を感じる。細胞が疼いて平静さを失いそうだ。」

エグザムには明確な存在理由が有る。多くの魔導因子を吸収し、固体の強さを追求する事だ。実験的な側面と軍に対する服従も兼ね、生まれた時に植え付けられた宿命だ。本能からより高みを目指し日夜闘争に励む、全ては掲げられた理想を達成する為の道具として存在していた。

「邪魔が入る前に終わらせる。」

決意と共に壁をぶち破ると、住居棟の側壁を壊しながら派手に降下した。威嚇も含めたこの行動は連合側に発見される。当然迎撃態勢に入り、一画に怒号が飛び交う。

(予想どおりの行動だな、家畜共。)

定石どおり屋根伝いに移動する。集中防御戦術を忠実に再現した魔導兵らから属性弾が殺到する。

「建物に当てても構わん、撃ち続けろ。」

高い防御力を無効化する弾幕に対し、建物や通路を飛び交い射線を分断させる。

(これだけ騒げば他の奴が便乗して来るだろう。雑魚はそいつ等に押し付ける。)

右往左往する兵士を吹き飛ばしながら、石材で出来た壁を破る。目指す場所へ一直線に進み、新たな道を出現させた。

(間違いない。新鮮な魔素だ。)

特殊な視界に大気中に放出される独特な影が映る。大型の建築物が並ぶ区画には、若い魔導士達が道具を片手に作業をしていた。

多機能施設が並ぶこの区域は教育施設だった。無論魔導技術を専門に扱う所為か、研究機関も併設されていた。志願したのか強制されているのか不明だが、本来の徴兵年齢に達しない者も居る。所謂学園では生徒と教職が接近するエグザムの迎撃準備をしていた。

(ふん、物理障壁か。恐らく魔素に干渉するだろうが、押し通せる筈だ。)

外壁に沿うように天高く張り巡らされた透明な壁は、投げ付けられた瓦礫を跳ね返す。水面に広がるように波紋が発生する。敷地内のあらゆる場所から飛んで来る属性弾に怯まず対処する巨人。右手に魔素を注ぎ透明な壁に打ち付けた。

(集中しなければ弾き飛ばされる。)

重低音の咆哮が響く。右手から連続して衝撃波を出し、物理障壁を破った。

「うろたえないで、協力して数で押し出して。」

傷だらけの体で敷地内に飛び込む化け物を見て動揺する少年少女、淘汰を知らぬ身を甲高い声が一喝した。

(晩餐に一番乗りとは気分がいい。)

覚悟するがいいと吠えた黒エグザムは、補強された机や椅子の障害を指向性魔導砲で排除した。

「屋内に避難しろ。」

若い悲鳴が木霊する中を突進し、複数の触手で生徒等を串刺しにする。苦痛と恐怖で歪む表情のまま、魔素を吸い尽くされ息絶える。

「生徒は下がれ。教師共、魔導使いの実力を見せてやれ。」

逃げ惑う生徒の中から軍属の一団が出現。黒い巨人へ魔導弾を放った。

「食事の邪魔をするな。」

静かに怒る怪物は、触手から用済みの死体を投げ付ける。出来た隙を利用し逃げる獲物を追い始めた。

「馬鹿め、その足で私の触手から逃れられるもか。」

人間の足では魔素で強化しても黒い追跡者から逃れられない。簡単な話だ、追う側の方が長い歩幅と膨大な魔素による恩恵を受けているのだから。

一箇所からの侵入を想定した迎撃配置は、結果として侵入者有利の追走劇を許してしまう。能力の疎らな生徒達が次々触手に貫通される。走りながら十分な反撃は不可能で、貫かれた友人を撃てる者は少なかった。

「隠れても無駄だ。貴様ら前菜を食い尽くしたら、仲良く大人も喰らってやる。」

純度の高い新鮮な魔素はエグザム達魔導生物の貴重な栄養源だ。障壁を突破する過程で失った体力を回復するには、何不自由無い環境だった。

「腕に自身のある者は、俺と共に戦ってくれ。」

声がした角から、赤い鉢巻をした勇敢な集団が現れる。新手な獲物を発見し、捕食者は進路を中庭へ変更した。

「友の仇、ここでお前を討つ。」

杖から属性弾を放つ生徒達、戦闘員のそれと遜色無い弾幕が化け物を襲った。

(ちっ浮かれていたか。その芽、潰させてもらおう。)

弾幕の中を突撃する。大きな腕を交互に振りかざし、属性弾を払う。退路を意識しなかった生徒達はうろたえる。

「逃げ場は無いぞ。ここで終わりだ。」

悪役の台詞を吐く怪物は、触手と鋭い爪で獲物へ襲い掛かった。

(恐怖で硬直した体は不味いな。)

無謀な集団を捕食吸収していると、先ほどの謎の軍属集団が駆けつけて来た。

「残念無念、遅かったか。諸君、粘着攻撃だ。気張って粘るぞ。」

交互に絶妙な距離を空け魔導弾を飛ばす集団。見慣れない飛行装置を背にし素早く展開した。

(磁場干渉型か。此方の打撃技は届かないだろう。)

限られた空間内で巧みな挙動をし、いやらしく黒いエグザムを狙った。

飛行集団を中心に周囲を大回りに移動する黒の巨人。時折投げられる魔素妨害用の煙幕弾をかわし、魔導兵の弾が尽きるのを持つ。

「賢いな。総員態勢を維持したまま後退。救援部隊と合流する。」

風のように撤退した高級将校を確認し、そそくさと逃げ始める魔導兵。焚かれた煙幕により追撃を諦めざる終えなかったエグザムは、学園内の未踏区域へ向かった。


「うおおぉっ」

叫びながら魔導長剣を振り回す男子生徒に喰らい付く。

「程よく弛緩した肉は美味いな。」

新鮮な肉を咀嚼し飲み込む。一人また一人と抵抗虚しく捕食される。塀の隅で怯える順番待ちの食材達は、逃げ遅れてしまった哀れな学園関係者達だ。

彼らの瞳には眼前の黒い天敵と校舎、そして敷地内で他のエグザムと交戦中の兵士等が映る。誰から見ても餌場と化した学園にかつての規律は無い。

「ぐっ。」

震える女子生徒の隣に居た中年の肥えた教師に、一本の触手が突き刺さる。もがく体へ微細振動する魔素が送られ、こんがり調理された。

「学園生活楽しかったよ。」

顔見知りが捕食される光景を見ていると、失禁した女子生徒の女友達が声をかける。その表情に生気は無い。二人とも未来の無い現実に絶望していた。

「まま、まだ諦めちゃだめだ。いっ一緒に戦おうよ。」

なけなしの勇気を振り絞り立ち上がる小動物を観察しながら、脂の乗った焼き肉に舌鼓を打つ怪物。ふとある考えが脳裏を過ぎった。

(見るからに吸収出来る能力も無い、不味そうなゴミを食う必要は有るのか?)

家畜の分際で此方を睨み付けるそれ等に対し、エグザムは一つの利用法を思いつく。

「取引だ。私が納得する情報を出せるなら、見逃してやってもいい。もっとも、後ろの連中の事は関知しないが。」

驚く少女達に化け物は続ける。

「この場所もそうだが、都市の至る所から強い魔素の反応がある。内容によるが私は強力な魔素を出す存在に興味がある。」

答えられるかと触手で脅す。鋭い先端に頬を触れられ震える二人は暫らく目を合わせて相談を始めた。


黒い巨人が作った退路を進み地獄から脱出した二人の少女は、中央の行政区を目指していた。

「いやぁ、人生何があるか分からないね。」

少し前まで盛大に失禁していた事など忘れたかの用に振舞う彼女に、友人は呆れ返す。

「ええ。まさかあんな嘘を信じるなんて、やっぱり獣って脳筋ね。」

すかさず失禁少女はモフモフはどうかと聞き返す。恐怖体験を忘れるかの様に二人はじゃれ合った。

二人の少女はマヌケな化け物に、退路の確保を条件にある話を教えた。この街は魔法文明時代の遺産の上に建設された事。地下を通って高濃度の魔素が街中へ循環するように造られ、都市の要衝へ供給されていると。無論仕組みを知っているのなら嘘だと判断できるが、エグザムは幼かった。生まれて半月で得られる情報は少なかった。

まんまと都市伝説を信じた化け物は、都市の外周部にある地下空間の入り口とやらを探す為、一日中無駄な時間を過ごす事になった。


最低限の食事を取り、在りもしない物を探し続けた黒いエグザム。まぶしい朝日が黒い巨体を照らし、マヌケに朝の到来を告げた。

広大な探索範囲に時間を掛け入念に調べても、痕跡すら見つからなかった。しらみ潰しに調査しても成果が出ないので、情報に疑念が出る。外周を一周し燻ぶる疑惑を整理していると、ようやく自身が騙されたと気付いた。

昇る太陽と照らされる戦場を見て、怒りや憎しみは湧かなかった。ただ己の無知を痛感し腰を下ろした。


エグザム一匹不在の戦場は魔王軍優勢で進められていた。無休で暴れられる魔獣軍団を使い、都市中央へ連合軍を追いやった。

会戦三日目に突入し諸侯派遣勢力は限界まで疲弊した。止めを刺す為に魔王軍参謀達は部隊の再編をしていると、訃報が入る。東へ半日から一日の距離に人類諸侯軍の大群が現れた。目算で四倍の戦力差に対抗する為に、参謀達は起死回生の計画を立案した。


魔導通信により指定された位置に到着した。魔周波を介し出された指令は単純明快だった。

(指定地域を死守せよ。以後別名あるまで、持ち場を離れるな。)

攻勢三日目にして魔王軍は戦闘を控え、都市内の南側要衝に篭城した。一つの都市に敵味方が同時に立て篭もる異常な現象は、想定する連合戦力の撤退まで続く事になっている。

かの巨人の持ち場は東門広場。確実に激戦が予想される場所に、捨石のように配置されていた。

「全ては己の浅はかさが招いた事だ。せいぜい生き残る事に集中しよう。」

最初から居る連合派遣軍は罠を警戒し中央の防御陣地から動かず、都市は夕刻まで静まり返っていた。


夕日が眩しいと呟く。東門を潜り侵入してくる増援に対し、予定どおり落ち着いて行動を開始する。

「こいつ死んでいないぞ。」

「注意しろ、恐らく件の魔導生物だ。」

瓦礫と共に引っ掛けた角材を胸から外し、死んだ振りを止める。原始的な方法だったが、奇襲を警戒する先遣隊を騙す事が出来た。

「晩餐会場へようこそ、家畜共。」

重低音で発せられた言葉に驚く兵士達。起き上がり挨拶を済ませ、殺傷範囲内に居る者へ角材を投げ付けた。

「下がれ下がれ。大勢を立て直すぞ。」

一旦下がり魔導銃で応戦する。先遣隊の魔導兵集団は情報の少ない怪物相手に苦戦する事になる。

(こいつ等から栄養を補給するか。)

荒い息使いで後ろの魔導士へ飛び掛る。被害を無視し強引に捕縛すると、三角跳びで元の場所へ着地した。

「お、降ろしてくれぇえ。」

何時もの様に噛み砕き魔素を取り込む。減衰膜を強化し、弾幕の発生源へ投げ返した。

「怯むな、物量は此方が上だ。少しづつ下がりながら対処しろ。」

冷静な指揮官は配下の小隊へ指示を出す。後方の友軍砲兵隊まで下がり、共同で黒い巨人の対処をする算段だった。

(残念。逃げ場は無い。)

非常手段の有毒ガスを放出。空気よりも重い霧は風下に居る魔導兵等を包んだ。生物に無差別に作用する攻撃手段により、肌がただれ奇声が上がる。

「心配するな、お前達を食ったりはしない。」

汚物を見る目で同士討ちを始める集団を観察する。広がったガスにより自我は消え思考は恐怖で包まれた。彼らは防衛本能で動く物を手当たり次第傷つける。

(時間稼ぎは成功したか。作戦が順調に進めばよいが。)


増援の連合軍は都市を半包囲した。定石どおり南側を薄くし魔王軍の撤退戦を誘うが、あくまで勝利にこだわる魔王軍参謀達はこの手に乗らなかった。またエグザム達の活躍により東と西地区の占領に失敗し、多くの兵を失う。

魔王軍作戦参謀達の思惑通り、事態は連合派遣総軍の都市脱出戦へ移り始める。


照明魔導弾が死体の山を照らす。生憎の曇り空で光源が乏しい中、東門広場で一騎当千する怪物の姿が照らされた。

「反乱軍の新兵器は化け物か。」

殺到する属性弾を避け、瓦礫を投げ反撃する黒い巨人。岩や石材が高速で頭上を通り過ぎ、後方の魔導士を殺した。

魔砲弾により形成された即席の塹壕から戦況を眺める中隊指揮官。同胞を次々捕食する黒い悪魔に驚愕する。聞かされた情報以上の存在相手に、苦戦を強いられていた。

「効果が無い対人装備の代わりに精鋭魔導兵と即席の魔導士部隊をぶつけたが、まるで歯が立たない。」

通信装備を使い追加の装甲兵と砲兵を要請。現状を維持するよう部下に伝えた。

「中隊長。何故奴はあの場所にこだわるのですか。我々を東門に追い遣った方が楽でしょうに。」

魔導通信機を背負う直属の副官が質問してくる。

「恐らく向こうは時間稼ぎの腹だろう。あんな怪物を保有している反乱軍だ、長期戦では此方が不利と分かっているんだ。」

部下の疑問に答える。誰もがやり場の無い不安を燻ぶらせていた。


死体を齧りながら、瓦礫に隠れる。当初の目論見どおり敵の本流をやり過ごす事に成功していた。

「隠れても私からは丸見えだ。」

接近する魔導士に残骸を投げる。重質量物から選んだ金属製の車輪が、高速で対象に命中する。展開した障壁では強度不足なのだろ、投擲物の勢いを殺せないまま一緒に吹き飛んだ。

(状況次第では、あと一日は持つ。他のエグザムが健在なら、そのまま追撃戦だろう。)

口から属性弾を連射。広場西入り口から接近する部隊を牽制する。

「懲りずにまた来るか。どうせ喰らうなら新鮮な方がましか。」

飛んで来る突撃槍を回避し、稲妻で報復する。近くで埋もれた不発弾が爆発した。

(追撃戦になれば、また単調な雑魚狩りが始まるのか。)

思考とは裏腹に的確に行動する巨人。場馴れした怪物相手に及び腰の連合軍と対峙し、焦らされ続けるエグザムだった。


夜通し攻撃を続けた連合軍は、結局なんら成果を上げる事が出来ず朝を迎える。連日の戦闘で魔王軍も疲弊していたが、残った精鋭魔獣部隊は健在だった。

連合軍は四日目の昼に都市から撤収を始める。諸侯幹部の説得により連合派遣軍総司令は、予想される魔導生物の追撃に対処出来る内に脱出する事にした。こうして連合軍による反乱鎮圧作戦の東方征伐は失敗に終わった。多くの精鋭部隊を失い主力が瓦解した連合諸国は、今後大規模侵攻を諦め守勢に回る事になる。

以降の戦場は西方の商業都市アルガド周辺の広大な草原地帯に点在する小都市へ広がる運びになった。


疲れました。暑くなり投稿速度が遅くなりますが、二日に一話分の投稿速度を目指します。

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