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或るホテルにて  作者: 思想家くずれ
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男の身の上

隣の席に座った男は身の上話を始めた。

 男は多くの事に無頓着であった。というのも、男の興味は子供の頃からもっぱら狭い範囲に向けられ、時には寝食を忘れて庭の花が開く様を眺めたり、料理にフォークを刺すときどれ位の角度にすれば最も美しく見えるか調べるうちに食べずじまいになったりするような男であったのだ。したがって男は自分の体調にさえたまにしか気を配らなかったし、場をわきまえるとか空気を読むなどという事は男には到底不可能であった。

 そんな調子だった男は周囲の者にその変わり様から虐げられても全く意に介さず、いつものように水が土にしみ込む様を眺めたりしていた。石を投げられようとも、暴言を投げかけられても、何を奪われようとも、男にとってそれは純粋に関心の対象であるか、さもなくば本当にごくごく些末なことであった。男の友人や親族は、案ずる者、気味悪がる者、搾取し利用しようとする者、無関心な者と様々であったが、とりわけ彼の両親は至極「善良な」人であったから、彼を保護し彼を虐げる者から守りなんとか社会に目を向けさせようとした。しかし男は相変わらず髪の毛を数えていたから、うまくはいかず両親は苦悩した。

 そんなある日のことであった、男が死んだのは。よく晴れた昼下がり、男は建物の屋上から落ちて即死した。その場は大混乱に陥り、あるものは気を失い、またある者はただ呆然としていた。

 屋上にはただ男の靴がのこされていた。両親は嘆き悲しみ、彼を案じていた者達と共に男を虐げていた者達を糾弾した。すると今まで無関心であった者達も、男の両親達に加勢しはじめ、ついには「無惨に虐げられる者達に救いを」等と謳った大きな社会運動にまでなった。政府に至ってはこの事件をきっかけとして「当人が苦痛に思う全ての行動の禁止と違反に対する罰に関する法」を作りさえした。あらゆる行為が罰される可能性をはらんだ異常なまでに「優しい」社会ができた。恥ずかしがり屋を見つめた者は罰金を科され、人見知りの子供に挨拶をした老人は懲役に服した。かくして男の死は社会を変えた。

 ———男は一通り私に話すと笑った。

「全く変な奴らだ」

 男はその日、暇を潰すため屋上にいた。足が暑かったから靴は早々に脱いだ。男はふと「足下に何もなく、顔を上げれば空が見えない」光景を味わいたくなった。男は逆立ちをしようとしたが、それほどの腕力は無かった。男は妙案を思いついた。フェンスに寄り、そこに足を掛けた。足を支点にぶら下がり、望む光景を見た男であったが、風に吹かれてそのまま頭から落ちて死んだ。

 男の死はただの事故であったが、自殺と解され、社会運動を巻き起こし、当人は全く苦痛にも思わないし気に留めてさえいなかったにもかかわらず多くの「加害者」を生み出した。

 男は自らの死から的外れな法が制定されるまでの経緯を、このホテルの一室で、蟻の行進の代わりに眺めていたそうである。

このホテルに滞在し少し普通の人間に近づいた男、近頃は「カーテンの理想的な揺れ方」にのめりこんでいるらしい。

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