2入れ替り 仁サイドその2
連続投稿です。
自宅近くの最寄り駅から少し歩くと、古いアパートや木造住宅が立ち並ぶ人通りの少ない住宅街に差し掛かる。
そこでようやくひなは、俺にかけた『声封じの魔法』を解いた。
「 ひな、どういう事か説明せぇ。」
俺は、ひなに噛みつくように怒鳴る。
「別に、入れ替わりの魔法が使えるか、実験しただけじゃし。」
――いけしゃあしゃあとこの女は! 実験しただけじゃしって。昔ならここで、喚きあいのケンカをするとこだが、今は違うぞ。俺は、怒りを極力押さえて、ひなに口を割らせた。
「 お前のぉ、何考えとん? 俺と入れ替わった理由は?」
「 TS女子を実際に見たかったけぇ、仁と入れ替わった。」
「 TSは、小説の中だけの話じゃろが! 万が一、そういう現象に巻き込まれる人間は、おっても、TS女子を見たいっていう理由で、マジで、他人をTSさせるバカはおらんわ!」
「 ここにおる。」
――自分で認めるな! 相変わらず、ぶっ飛んだ思考回路だ。
俺は諦めた気分で空を仰いだ。思えば、子供の頃から、こういうやつだった。
例えば、ピザを食べたいというただそれだけの理由で、実家の裏庭に石窯を魔法で作りあげた。その際、彼女の兄 茂が趣味で作っていた野菜畑が駄目になったというエピソードがある。
己の願望の為なら、他に犠牲が出ようが出まいがお構い無し。
まさに自己中の権化。それが服部ひなという少女だ。
中学入学前に、俺が生まれ故郷の町から引っ越して、ひなとは、三年間離れていた。会わない間には、ぶっ飛んだ思考回路はましになってるかと思ったけど、ましになってるどころか、パワーアップして自己中道を更に極めてやがる。
俺はそんな事を考えながら、前を歩くひなにふと疑問に感じた事を訊いてみた。
「 なあ、ところで、俺いつ戻れるん?て言うか、どうやって戻れるん?」
「 んーと、私の計算通りなら、明後日の 朝には戻れる。寝て起きたら自分の体に戻っとるはず。」
「 ほんまか?」
「 天才の私に抜かりはない。」
「 あっそうですか。」
「 信じとらんね? 私の吸血欲求をギリギリまで、我慢した事によって吸血欲求から吸血衝動に変わり、その反動を利用すると、心の入れ替わりが可能になる。戻るには、きちんと魔力切れにより起こる吸血欲求の日数を計算する事。昔読んだ本にそう書いてあった。ちゃんと、私の吸血欲求が起こるサイクルで、戻る日数計算してあるけぇ大丈夫。」
ひなは、ふふんと得意げに笑ってみせる。何が何だかさっぱりわからんが、まあ、信用していいだろう。やる事は、突拍子もないが、魔法に関しては信頼出来る。ひな自身も言ってた通り、ひなは天才だ。六歳の頃、魔法と吸血能力に目覚めた時に、当時唯一魔法が使えた曾祖母ちゃんから魔法の基礎は俺と一緒に教わってる。けど、曾祖母ちゃんは、一年しない内に病気で亡くなってるから、基礎的な魔法以外は、曾祖母ちゃんがくれた魔法の本をもらって魔法を自力で取得したようなやつだ。まあ、魔法だけじゃなく普通の勉強も一度で理解出来るらしいけどな。
「 明後日の朝に戻れるって事は、その間その体は、仁のだから、丁寧に扱いんさいよ。傷作ったら許さんよ。」
「 わかったよ。ところで、入れ替わった事はバレないようにせんと。」
「 えっ渉くん達と兄さんや朝陽さんには、話しちゃった。」
「 おい! こういう時って、まわりにバレないようにするんが、セオリーなんじゃ。」
俺は、ツッコミをいれる。男女の入れ替わりを描いた作品では、いかに周囲にバレないように、本人になりすますか奮闘ぶりが描かれてるというのに、この女は、あっさりバラしてやがる。
「 えー。だって、そうせんと家とか学校で、安心して生活出来んじゃろ。」
妙な魔法使ったくせに、そんなところだけまともな事をするな。とは言えひなのいう通りだ。協力者なしに、日常生活なんか送れない。
「 なら、このまま家に帰っても平気なんじゃね。」
「 うん。着替えの場所は、メールしといた。」
「 わかったよ。お前は、問題ないよの? 服とかの場所。」
「 ええ。通い妻やらせて頂いてますから、仁の下着の場所まで把握しとります。」
ほほ。と笑うひな。余談だが、ひなは、週に一度俺の家にやって来て、洗濯や掃除やらしてくれてる。
「 じゃあ、俺はこっちじゃけ。」
ひなは、俺の家。親元を離れて、母方の従兄弟 朝陽兄さんと暮らしてる家に入っていった。
俺は、斜め前の平屋の家に入った。ひなが、お兄さんと暮らしてる家だ。
「 ただいま。」
「 お帰り。ひなのバカが、またいらん事したみたいなの。仁。」
俺を迎えてくれたのは、ひなのお兄さん茂さん。やや長めの髪に眼鏡をかけてる。職業は、とある自動車メーカーに勤めるサラリーマン。今日は、たまたま休みだったみたいだ。
「 ひなのむちゃくちゃな行動は、いつもの事じゃけ。」
「 まあ、そうじゃが。そういや、なんか知らんが、ひなのバカが、風呂沸かしとけってメールしてきたけぇ、入ってこいや。」
「 ふーん。わかった、入らしてもらおう。」
俺は、ひなの部屋に向かい、風呂に入る支度をした。