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幕間その三 コインロッカーの見張り

 午前九時、美鈴は本田に調達させた男子校の制服を着込み、さも受験勉強をしています、といった風にヘッドホンをして、黒崎駅前の喫茶店に張り込んでいた。警察がどの程度の数を張り込ませているのか、多少は目星をつけられるかと期待してのことだった。

 それから、こっそり目の前に広がる雑踏を盗み見しつつ、せっせと教科書をノートに写すこと二時間足らず。どこか慌ただしい風に店に入ってきた女が、隣りに座った。

 見るからに怪しい女だった。白のブラウスにチェックのスカートはいい。だが、そこに灰色の帽子とサングラスが加わると、全身で怪しさを力一杯強調しているようにしか見えない。年齢は比較的若いように見えるが、あまりじろじろと見ることもできないので、断言できるほどの自信はなかった。何より変なのは、アイスコーヒーを頼んでおきながら、ろくに飲まずに、ガラス窓の向こうを行き交う人々をじっと凝視していることである。

 これは刑事かもしれない、と美鈴は緊張感を限界まで高ぶらせた。

 それからまもなくして黒崎駅改札口に現れた人物の姿に、危うく美鈴は声を上げるところだった。

 それは、学生服という奇怪な出で立ちではあったが、間違いなく浩一であった。

 浩一宛に脅迫状を出してはみたが、どうせ執事辺りが来るに違いないと踏んでいた。よもや浩一本人が、それも学生服に身を包んで現れるとは、想像だにしていない。

 息を呑む美鈴の横では、怪しい女もまた、美鈴が注視している辺りを凝視しているように見える。

 間違いなさそうだ、と美鈴は確信した。これはきっと刑事なのだろう。女ならばれないとでも思ったのか。間抜けにもほどがある、と美鈴はあきれた。

 浩一は何気ない様子でコインロッカーの前まで歩いていき、目当てのロッカーを開けて、懐から取り出した封筒を箱に入れた。

 そこまで確認したところで、ついに身を乗り出すようにしていた女が、がちゃんとガラスのコップをぶつけるに至り、美鈴は席を立つことにした。あまり長居して正体に気付かれでもしたら、計画が全て台無しになる。

 美鈴は軽く舌打ちをしてから、席を立った。レジで会計を済ませ、店を出る前に再び女の方を見やったが、女は相変わらず身を乗り出してコインロッカーの辺りに見入っているようだった。あれで務まるなら、刑事というのも随分楽な仕事に違いない、と思う。


 店を出てから、携帯電話で西島に連絡し、メールを送信するように言う。西島には、電車で一時間ほどのところにある大きな繁華街のインターネット喫茶で待機してもらっている。メールの宛先は、恵理依の携帯電話だ。

 実際のところ、この二つ目の脅迫状については、うまく機能してくれるか自信がなかった。自分は、恵理依という人間を完全に見切っているつもりでいた。だが、この状況で彼女が何を思い、どういう行動に出るか、想像してみても、確実そうなものは全く思い浮かばない。一番ありそうなのは、警察か浩一のところに携帯電話を持って行き、何とかしといて、と適当に投げ出す姿だった。万一を考え、メールの送信アドレスは西島にその場で作ってもらう一度限りのアドレスだし、西島にはある程度の変装をさせた上で、送信したらその場をすぐに離れるように言ってある。だが、それでも、このメールが今回の作戦の中で最も足が付きやすいポイントであるのは間違いなかった。

さて、恵理依はどう出るか。

 橋口駅前の喫茶店には、神崎を待機させてある。そして、黒崎駅の近くのパチンコ屋付近には罠入りの封筒を持たせた本田を待機させてあり、事態が動き次第、すぐに対処できる体勢を整えてある。

美鈴は、コインロッカーを見張ることができるもう一つのポイント、ファーストフード店へと移動した。ハンバーガーを適当に頼んで、窓際に座り、本を読むふりをしつつ、コインロッカーの周辺の様子を探る。ここから見る限りでは、あの女のようにあからさまに怪しいものはいなかったが、それでも、よくよく注意していると、一時間前にも見かけたな、という背広姿の男が何人かうろうろしているのに気付いた。時折さりげなく耳に手を当てたりしているところからして、刑事とみて間違いないだろう。

 それから、緊張しながら連絡を待つこと、三時間余り。

 事態はついに動いた。神崎が、指定されたコインロッカーに女がアタッシュケースを入れたことを報告した。服装からして、黒崎駅前喫茶店で見張っていた女と同一人物のようだった。

やはり警察に持って行ったか、となぜだか落胆していた。

 落胆? ちがうかもしれない。それは、むしろ、失望に近いかもしれなかった。きっと心の片隅で期待していた。恵理依が一人で、直接持ってきてくれるのではないか、と。だが、もちろん、美鈴を嫌っている彼女がそんな面倒を引き受けるわけがなかった。

 また一つ、見捨てられた気分だった。

 本田に連絡して、封筒を予め指定したポイントに置くように指示する。本田はどうにも頼りないので、美鈴が実際に店に入り、絶対に監視カメラに映らない場所を探して、本田に念入りに事前に説明してあった。さすがに、あれだけ丁寧に説明しておけば、間違えることもないだろう。

 それから、さらにコインロッカーを見張ること一時間ほどした頃、きょろきょろと辺りを窺いつつ歩く、見るからに怪しい男が現れた。本田からの連絡で、封筒を持ち去った男の風体と一致する。

 美鈴は、固唾を呑んで男の行動を見守った。男が、万一箱を開けて中の封筒を取り出すようなことをすれば、こちらとしては大損失になる。最終的にはそれさえ利用できるようになるとはいえ、一億を失うのは痛いといえた。

 男がコインロッカーを開けたところで、再びきょろきょろと周囲を見渡す。いったい何を考えているのか。見回せば何か見つかるとでも思っているのか。それとも、いきなり警察でも飛び出してくると思っているのか。愚かな人間の考えることは不可解だ。

 男は、箱を少し持ち上げ、手を下に忍び込ませて、封筒を取り出した。

 やった、と思わず拳を握りしめてしまう。

 男は素早く封筒をポケットに突っ込むと、早足で歩き始めた。駅の改札へと向かっていくところからして、電車で逃走するつもりに違いない。

 さて、警察は全部ぞろぞろと付いていってくれるか。それとも、何人か残るか。

 ここが判断の難しいポイントだ。よほどのバカじゃなければ、まともに考えるだけの思考力があれば、全部尾行に回すようなことはしないだろう。もし多少でも見張りが残っていれば、今出て行くのは捕まりに行くようなものだ。

 だが、美鈴にはほぼ確信があった。これまで、警察には一切犯人の手がかりを与えていない。それゆえに、初めて姿を現した犯人らしき怪しげな行動をとる男を、決して途中で見失うまい、と全力を投入するに違いない。

 男の姿が改札の向こうに消えてから十五分待ち、美鈴は手元の学生鞄を握りしめて、店を出た。ゆっくりとコインロッカーに近づく。

 隣りのコインロッカーの列の前に立った。小切手を入れさせたロッカーのすぐ隣りをすでに確保してある。鍵を取り出してロッカーを開き、鞄の中から本を取り出してロッカーの中に入れた。さらに鞄の中を探るふりをしつつ、そっと手を伸ばして、隣りのロッカーを開け、箱をさっと取り出す。そして、そのまま目の前のロッカーの中に押し込んだ。財布からコインを出して投入し、鍵を引き抜く。時間にして、十秒ほどの出来事だ。

 鞄を握りしめて、駅の改札へと向かって歩く。一歩進むごとに、おい君、と肩を叩かれるのではないかという恐怖が押し寄せてくる。

 押し寄せる恐怖を振り切って、改札を抜け、トイレに入った。

 制服を脱ぎ、代わりにティーシャツにジーンズという格好に着替える。制服を鞄に押し込み、野球帽の中に髪を隠し、トイレを出たところで何気なく帽子を脱いだ。

 髪が背中に広がるのを感じながら、できるだけ早足にならないように、ホームへと降り、ベンチに腰掛ける。そして、ホームに入ってきた電車が発車寸前になるのを待ち、ドアが閉まり掛けたところで、素早く滑り込んだ。

 緊張のあまり、周囲に聞こえているのではないかと思うほど、鼓動が高鳴っていた。

 一駅が過ぎ、二駅が過ぎたところで、いきなり電車を飛び降り、ドアが閉まり掛けたところを隣りの車両にぎりぎりで飛び乗る。

 そんなことを繰り返しているうちに、美鈴の気分は落ち着いていった。アジト最寄りの駅についてからも、美鈴はコンビニに入って様子を窺ったり、道角で急に路地に隠れて背後を窺ったりしてみたが、誰かが尾けて来ている気配はなかった。

 そうして、アジトに付き、先に帰っていた三人の笑い声を耳にしたとき、美鈴はようやく心から安堵することができた。


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