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エピローグ

 美鈴にお仕置きをした翌日の午後、恵理依は香奈の病院を訪れた。手術のための諸々の手続きを手伝うためだった。

 昨夜、一週間ぶりで帰った美鈴と恵理依、浩一の三人で話し合いを持ち、手術のためのお金は浩一が全て出すが、美鈴が奪い取った身代金は返すということで落ち着いた。

 今朝、その旨を香奈の両親に申し出たところ、ぜひお願いしたいと涙も流さんばかりの喜びようで、すぐさま手続きを済ませようということになったのであった。

 もちろん、警察には何も言っていない。ただ、身代金を出した結果、美鈴は解放されたということにし、西島たちにもこの件は黙っているようにお願いした。

 香奈はこれからすぐにでもアメリカに行くことになるだろう。そして、ドナーが現れるのを待つことになる。もしかしたら間に合うかもしれないし、間に合わないかもしれない。タイミングとしてはかなり際どいようだ。間に合わないようなら、しばらくは人工心臓に換えて待つ、という話も上がっており、要はそれだけの入院費と手術費を用意できるのか、という一点にかかっている。そして、お金の心配はもういらない。つまり、香奈の命は、今、限りなく助かったに等しい状況といえた。

 話が決まったときの、美鈴の初めて見るような嬉しそうな顔を思い出すと、まぁいいかと全て許せた。それは浩一も同様だったようで、恵理依と浩一は二人で目を交わして笑い合った。

 美鈴と恵理依の血のつながりのことは、まだ言わないでいる。DNA鑑定のような、動かない証拠を用意すべきだという浩一の言葉に、恵理依は同意した。いずれ、こっそり美鈴を騙してサンプル採取に連れて行くことになるだろう。だが、今は急ぐ必要はない。

 病院で香奈の両親に必要な書類を渡し、今後の段取りについて話し合ってから、香奈の病室へと向かった。

 いつかのように、香奈は上半身を起こして本を読んでいた。

「体調は大丈夫? 昨日結構長いこと出歩いてたわけだけど」

 声を掛けると、香奈は顔を上げて恵理依の顔を見やり、そして視線を中に彷徨わせた。他の誰かがいるか、探しているのだと気付く。

「私だけじゃ不満? 美鈴は後から来ると思うよ」

「あぁううん、違う違う、そうじゃなくてね。仲良くやってんのかなって思って」

 申し訳なさそうにする香奈は、特に体調に問題があるようには見えず、恵理依は内心で安堵していた。いくら美鈴のためのお仕置きとはいえ、それで香奈の体調を損なっては元も子もないというものだ。

「心配しないで。美鈴も反省してるし、私もこれからはもう少し素直になるって決めたし」

「エリィには、まだ言ってないの? 妹だとか、自分はミリィだとか」

「言ってない。なんか、急いで言う必要もないって気がするのよね」

「それもそうか。せっかくすぐ傍にミリィがいるのに、気付いてないなんてねぇ」

 それから、香奈と二人で昔の話や、昨日美鈴の見せた驚きようなどを話し合って盛り上がった。香奈はころころとよく笑い、恵理依もまた久しぶりにリラックスした気分で香奈との会話を楽しんだ。

 三十分ほどもした頃、病室に美鈴が現れた。ちょっとプレゼント買ってから行く、というから、てっきり花束でも持ってくるのかと思っていたが、美鈴は予期せぬものを手にしていた。

 美鈴が重そうに手に提げていたのは、小ぶりの水槽だった。水槽そのものはいかにも新品できれいだったが、中で揺れている水は濁っており、何かが中で蠢いている。その上、少し離れていても、何だか生臭い匂いがほのかに漂ってくる。思わず一歩後ずさっていた。

「……ねぇ、何持ってきたの?」

「これ? これはね、」

 美鈴はよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの嬉しそうな顔で、意気揚々と説明し始めた。まず田んぼに行ってね、次に川に行ってね、と顔を輝かせている。それは、かつて見慣れた表情だった。エリィが帰ってきたのだ、と改めてしみじみと感じる。

 そう、美鈴は借りてきた猫のような態度をすっかり捨て去り、素直な表情を見せるようになった。嬉しければ笑い、気に入らなければ怒り、つまらなければ欠伸などする。

 すっかり説明を終えて、どう?とわくわくした顔をしている美鈴には申し訳ないが、それは恵理依にはとても受け入れられないものだった。

「あのさ、美鈴。ここ、病院なんだけど、わかってる?」

「わかってるって。だから、小さめの水槽にしたんじゃない」

 全然分かっていなかった。

「そうじゃなくて、そんな不衛生なもの持ち込むなって言ってんの」

「喧嘩売ってんの? この水槽買ったばかりなんだから、きれいに決まってるじゃない。しかも、ちゃんとライトと濾過装置とエアレーションまで付いてるのよ」

「だから、中身が問題なの! なによ、メダカにオタマジャクシにヤゴ? それが心臓に病気を抱えた女の子に贈るプレゼント? 前から言おうと思ってたんだけど、あんた少し頭おかしいんじゃない?」

「だって香奈がそういう話好きだから持ってきたのよ。ねぇ香奈?」

「まさか。ほんとなの香奈?」

 二人で同時に香奈の方を見やると、香奈は腹を抱えて俯いていた。くくくっと苦しそうに笑いを堪えている。

「……そんなに笑うこと?」

「だ、だって可笑しくて。もうおかしくなっちゃいそう……」

 ひたすら笑い転げる香奈を、美鈴と二人で見守っていたが、香奈が気に入っているならいいか、と恵理依は諦めた。

「じゃ、美鈴。二、三日だけだからね? そんなもの、すぐに水がだめになって全滅するのが目に見えているじゃない」

「いいのよ、別に一日だけでも。ただ、この辺にもまだ色々いるって見せたかっただけなんだから」

 いそいそと楽しそうに水槽を設置する美鈴を見ながら、それにしても、と恵理依は複雑な気持ちだった。エリィが戻ってきたのは、歓迎するべきことだし、何事にも素直に反応する美鈴はかわいい。だが、この調子でかつてのように暴れ回られるのは、色々と問題が多すぎるような気がする。だいたい、真っ白な肌に金髪碧眼という、「天使のよう」とまで噂されるこの外見で近くの田んぼや川を駆け回ってきたのかと思うと、恵理依はそれだけでげんなりする思いだった。これまでの落ち着いた生活が激変し、波乱に満ちたものになっていくかと思うと、楽しみに感じてわくわくする一方、きりきりと胃が痛くなってもくるのだった。


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