プロローグ
彼女を初めて見たとき、活発で、派手で、そしてバカな子だと思った。たぶん、最初から見下していた。
彼女の名前は咲州恵理依という――といっても、それは二年前までは私の名前だった。私の本当の名前は咲州恵理依であり、そして彼女の本当の名前は野伊木美鈴といった。二年前、私たちは入れ替わり、私は巨大な野伊木グループ会長野伊木浩一の一人娘に、そして彼女は私の付き人という立場へと身を転じた。
私の立場から見れば、シンデレラストーリーに見えなくもないだろう。けれど、これはそんな甘ったるい話ではない。私は単なる彼女の影武者に過ぎず、いわば彼女に降りかかる危険を一身に集めるための囮に等しい。二年前、誘拐された彼女の将来を案じた野伊木浩一が、このような酔狂な手を思いつき、そして地方の養護施設にいた、背格好の似ている私を連れてきたというわけだ。中学生に上がる直前のことだった。
あの雪の静かに降る朝、優しく偽善的に笑う浩一の前で、私は自分の逃げられない運命を知り、全てをあきらめた。あらゆる行動の自由も、あらゆる思いも、思い描いていた未来も、そして数奇な運命を呪うことさえ。私は、その血の一滴、肉の一片に至るまで、野伊木浩一の所有物となったのだ。
一方、彼女の立場から見れば、これは腹に据えかねる仕置きだったはずだ。いくら自分を守るための方策とはいえ、それまでちやほやされていた「大富豪のお嬢様」という立場から一転、どこの誰とも知れない同い年の子供を「お嬢様」と呼び、身の回りの世話をしなければならなくなったのだから。そのうえ、元から明るくはきはきしていて、時に傲岸とさえ見える彼女の性格からすれば、人に頭を下げて過ごす日々は、ひたすら鬱憤のたまるものであったに違いない。
つまるところ、野伊木浩一の酔狂な思いつきは、二人の少女を不幸にしたのだった。