クミンルート
「誰よ、あんた?」
俺がクミンとバレルの間に立ち、バレルを威嚇するように睨む。
「お前がここに来るのは、予想外だな、シロウ。病気でまだ寝込んでいると思っていた」
「悪いな、あいにく俺は元気だよ」
俺は口の端をあげて笑ったが、俺は状況を理解できていなかった。俺は背後に軽く目を向けて、クミンの様子を見る。
「だから、あんた誰?」
普段より口が悪く荒っぽく喋るのは、クミンも状況についていけてないからだろう。その苛立ちのためだろう。
「俺はシロウだ」
「……シロウって、あのあたしが拾ってきたあの猫の?!……うん、まあ面影は……」
クミンが驚いたように目を見開くが、俺の長い銀髪を見て、何となく納得したようだった。
「クミン、一体どんな状況か説明しろ」
そう言うとバレルに目を向ける。バレルはクミンと話している間には攻撃をしないことが雰囲気で分かる。
「こいつ(バレル)が反乱を起こした。お父様を殺そうとしているとこをあたしたちに見られて、口封じをしようとしてる」
正直俺はバレルが魔王を殺すとは思えなかったが、実際状況を見る限りバレルが魔王を殺そうとしたのは間違っていないだろう。
「……面倒なことになっているな」
俺がそう言うとバレルは珍しく笑みを浮かべて可笑しそうに言う。
「魔王を殺して魔王の座を奪おうとしているのが『面倒なこと』の一言で終わらせるか、クククク」
「何笑ってんのよ!」
逆上したクミンは大剣を振り上げて、バレルに振り下ろそうとした。
「風球」
バレルは片手をクミンに向ける。バレルの片手から風の塊が吐き出される。クミンのお腹に直撃して、クミンの体を吹き飛ばす。このままでは、壁にクミンの体が叩きつけられる。俺は咄嗟にそれを判断すると、人化してクミンと壁の間に体を入れて、クッション材になった。
「グッ」
「キャァ!」
俺のうめき声とクミンの可愛らしい悲鳴を上げた。二人揃って地面に落ちると、すぐにクミンが立ち上がってバレルに向かって駆け出そうとしたので、俺は咄嗟に腕を掴んでクミンを止めた。
「離して!」
「馬鹿か、このまま闇雲に突っ込んでも返り討ちに遭うだけだぞ!」
「五月蝿い!」
クミンは俺の腕を振りほどくと、バレルに向かって突っ込んでいった。
「あの馬鹿!」
俺は悪態をついて立ち上がる。クミンはさっきと同じように大剣を振りかぶる。先ほどと同じ攻撃かと思ったが、途中で大剣から片手を離し、片手をバレルに向かって突き出す。
「火球!」
クミンの手のひらから火の玉が飛び出すが、バレルは軽くそれを避けると、刀を抜いた。刀はそのまま、クミンの首元に迫る。その時には俺もクミンの近くに来ることが出来て、バレルの刀を天棒で抑える。バレルはそれで刀を引いて、後ろに下がる。
「だから言っただろう。返り討ちに遭うと」
俺はクミンの体を抱き抱えて、バレル同様に下がる。
「うるさい」
クミンは拗ねたように、そう言って顔を逸らす。
「魔王を助けたいんだったら、俺に協力しろ」
俺の言葉でクミンは顔を逸らすのをやめた。クミンも魔王のことを助けたいのだろう。
「どうすればいいの?」
「攻撃は基本的魔法でしてくれ」
俺がそう言うとクミンは顔をしかめる。
「あたし、魔法を使うの下手だけど?」
「正直クミンの攻撃じゃ活性拳を使われたらダメージが入らない。魔法ならまだダメージが入る」
俺はそう言うと、両手で天棒を握り締めて立ち上がる。バレルには稽古を付けてもらっている。お互い本気では無かったと言っても、バレルに勝てるビジョンが見つからなかった。
最初から本気で戦わせてもらう!
俺は腕に力を入れて活性拳を発動させる。一式。二式と式を挙げていくが、三式に上がらない。体力が足りないのか?病気で寝たきり生活をして体力が落ちている?
俺は心の中で悪態をついて、どう戦うかを頭の中で描いた。
バレルは活性拳を二式までしか使えない。もし、その条件で戦ったら勝敗を分けるのは、戦闘経験と剣や魔法の技量だろう。はっきり言ってバレルに勝るものが自分にあるとは思えない。
さて、どうすれば勝てるかな。俺は抱えているクミンを見て悩む。
「クミンお前は影魔法で幻惑を見せることが可能か?」
「出来るけど、なら俺の攻撃をサポートしてくれ」
俺はそう言うと天棒を握り締めて、バレルに向かって飛び出す。俺はランスのようにバレルに向かって天棒を突き出す。しかしバレルはそれをしゃがんで避けると、俺の首に向けって刀を突き出そうとする。
まずい、このままじゃ刺される。
俺がそう思ったとき刀の位置が修正される。刀が俺の頬を掠めて行く。俺はそのまま勢いを殺さずに、膝蹴りを入れた。バレルは驚いたように目を見開くが、俺の膝蹴りで後退する。バレルは自分の鼻を押さえながら、さらに後ろに下がる。俺はそこで攻撃の手を緩めることなく、バレルとの距離を詰め攻撃を仕掛け続ける。バレルは俺の攻撃が紙一重で当たり、体に痣を作っていく。一方バレルの攻撃は紙一重で俺を外してくれる。たぶんクミンが魔法を使ってくれているのだろう。
「そういう事か……暗眼」
バレルが魔法を呟くバレルの目が真っ黒に染まっていく。その途端バレルの攻撃が俺に当たり始める。バレルの刀が俺の脚を浅く切り裂く。俺は自分から詰めていた距離を離した。
「どういう事だ?」
「あたしの魔法が無効かされたの、同じ影魔法で。この時の勝敗は魔法のレベルの差で決まる。あいつの方があたしよりレベルが高いから、無効化されちゃったの」
クミンが後ろから解説してくれる。
「くっそ、ならどんな魔法なら有効だ?」
「あいつの方が魔法のレベルが高いから、対応されたらダメージを与えられなくなっちゃう」
「じゃあ、対応されなきゃダメージは入れられるんだな」
「う、うん」
なら魔法を使えなくすればいい、使えなくする道具はある。だけどどうすれば……。
俺が悩んでいると、バレルが攻撃を仕掛けてくる。俺は考えるのをやめて、防御に徹する。攻撃するのはやめた。攻撃をすると避けられて、カウンターを決められる可能性があるからだ。
俺はアイテムボックスから天棒をもう一本出すと時に気づいた。アイテムボックスに眠っているキーアイテムに。
「氷壁!」
俺はバレルと自分の間に氷の壁と作り、視界を遮る。氷壁はすぐにバレルに壊されるが、俺は気にせず両手に持っている天棒を槍のように投げつける。一本目は刀で弾かれ、二本目は背後の壁に突き刺さる。その時には俺はバレルの頭上に浮いて、一本目の弾き飛ばされた天棒を掴み、上から振り下ろす。バレルは避けるのを諦めて、刀でガードしようと刀を頭上に持ち上げている。俺はそれを確認すると、猫の姿になる。バレルはそれに驚いたように目を見開くが、もう遅い。
「にゃーーーー!!(猫の咆哮)」
バレルを城の最下階まで落としただろう。いかにバレルが活性拳を使ってノーダメージしても、床が無傷で済むわけでは無い。ここまで上がってくるのにも時間がかかる。俺はその間に色々仕掛けてさせてもうことにする。
「クミン!」
「倒せたの?」
「まだだ、すぐにこの階に上がってくるだろう」
「どうするの?」
「バレルが上がってくるまでに、色々しなきゃ行けないことがある。それとクミン」
俺はアイテムボックスからマールから没収した薬とある物を渡した。
「矢の先にこの薬をつけろ、トリガーを引けば当たる。隠し持っていろ」
俺はそう言うと前足で武器をクミンに渡した。
「遅かったな」
俺は床の穴から待ち構えていた。
「まあ、一番下まで落とされたからな」
バレルの服はボロボロだったが、体には目立った外傷は見られなかった。穴から上がって来たバレルの背後を取るようにしていたクミンが大剣で攻撃を仕掛ける。今なら俺との会話で気を取られていて、完璧な不意打ちだった。
「見え見えだ」
バレルはそう言うとクミンの大剣を片手の指で挟みとる。
「嘘!?」
クミンがそれを見て驚いたように声を上げる。バレルは大剣ごとクミンのことを放り投げる。クミンは壁に叩きつけられ、無様に床に落ちる。
「くっそ」
俺は最初の作戦が失敗すると猫の小さい体を活かして、バレルに体当たりをする。猫の姿のこともあって、動きが早いからカウンターを狙われることは無かったが、体当たりは尽く外れる。
「くっそ、当たれよ!」
「ふんっ」
バレルは避けながらも、俺に攻撃する機会を伺っていることが分かった。俺は揺さぶりを掛けるように、精霊魔法を使いスピードを上げた。これによりバレルはさらに攻撃を当てにくくなっただろう。俺はそう考えていた。
「さらに速くなったな……だけどな」
バレルは俺の体を空中で鷲掴みする。
「どんなに速くても、目が慣れ空中で機動を変えられなければ、先を予測するのは容易い」
バレルは俺の動きを見続ける事によって、目が慣れたようだ。
「くっそ!!離せ!!」
俺は体を無理やり捩って、バレルの腕から抜け出そうとするが、抜け出すことが出来ない。俺はそれを悟ると猫の咆哮を撃とうと口を開く。
「させない」
バレルは瞬時に俺が何をしようとしているか察すると、俺の喉を締め上げ声が出せないようにする。
「にゃぁぁぁぁ」
俺の口から苦しそうな鳴き声が漏れる。だが俺は心の中で笑みを浮かべていた。バレルは俺の動きを見極めるために、俺の動きに集中していた。さらに猫の咆哮を停めて、バレルの心の中には隙が生じているだろう。そこを攻める。
グサッ!!
そんな音とともにバレルの肩から矢が生える。クミンがやってくれたのだ。最初の攻防でクミンを意識から外し、俺との戦闘で周りの警戒を疎かにしたことのよって、攻撃が成功したのだ。
「やった」
クミンの手には俺が渡した武器ボウガンだった。クミンは確かに弓のスキルを持っていたが、レベルが低く不安もあったから、ボウガンを渡したのだった。矢の先にはマールから没収した薬品が括りつけてあったのだ。俺の同じ症状が出るはずだ。俺はバレルの瞳から黒い影が無くなったことを確認した。
矢が刺さった肩が俺の体を掴んでいた方の肩でもあったため、簡単に抜け出すことが出来た。
「クミン!」
「うん!」
俺は後ろに飛びながら精霊魔法唱える。
「精霊よ、我が言葉に答えて炎の竜を召喚せよ 炎団竜」
俺の精霊魔法によって、炎がドラゴンの形をして出現する。合計30匹の炎のドラゴンが出来上がる。
「我が魔力を糧に染め上げよ、シャドーストーム!」
クミンも影魔法を唱える。真っ黒な渦がバレルを囲う。その途端バレルは悲鳴を上げる。そして追い打ちを掛けるように、炎のドラゴンは渦の中心の穴から突撃してバレルに攻撃をする。バレルに当たるたびに天井まで炎が吹き上がる。だがバレルはそんなこと関係なく、悲鳴を上げている。俺の攻撃が効いてないのだろうか?
「おい、クミン」
「何?」
「お前が使った魔法ってどんな効果なんだ?」
「黒い渦に包まれた人に悪夢を見せる魔法。見る悪夢は人それぞれだけど、まあ身が切り刻まれるような悪夢をみるでしょうね」
クミンが嬉しそうなに笑みを浮かべて解説してくれる。それを聞き終わると同時に視界がぐにゃりと歪む。それと同時に意識が遠くなっていくことが分かる。
「はああああ!?全部芝居?!しかも、俺を試すための!?」
次に目を覚ました時には、魔王、バレル、ザイード、バレルが一同に揃っていた。
「その通りだ」
魔王が悪びれもせずに、言い放つ。俺はそれに怒りを感じながら、この事件の全貌を解いていくことに専念した。
「じゃあ、クミンたちがあの場にいるのは何故だ?」
「それはたまたまだ。お前がクズグズしている間にマリアたちが来てしまったのだ、全く寝起きの悪い猫だ」
魔王はそう言って、腕を組む。
「本当ならエリック殿が倒れる所を見せて、バレル殿と猫殿を戦わせようと考えていたのだが……」
「お前が来る前にクミン様たちが来てしまってな、タイミング的に事情を話す時間も無かったのだ」
あの最初の魔王に問いかけるような視線はそれが理由か。
「で俺の強さは合格レベル達したのか?」
「及第点だな」
「そうか、風呂入りたいだ。風呂。どこにある?」
「……ドアノブを五回右に回せば、風呂場に繋がる」
魔王は俺のどうでもいいような、反応に何とも言えない顔をして、答えてくれる。俺はそれを聞くとさっさと部屋から出て行った。病気が治って最初にやろうと思っていたことだったからだ。
俺はドアノブに飛びつくと、体を振り回して五回右に回してドアを開け放つ。するとそこは既に風呂場だった。風呂場直通のようだ。
俺は風呂のドアを閉めると、体をフレッシュで清めて、すぐに湯船に疲れるようにした。風呂場はかなり広く日本の銭湯とよく似ている状態であった。
俺はお風呂に前足から入りゆっくりと体をお湯へ沈めていく。久しぶりの体をお湯に沈める感覚に身震いをする。
「ふにゃ~~」
俺の口から情けない声が漏れる。