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短編集  作者: 橘。
1/1

メリーアサシン~お祭り気分で浮かれた暗殺者

*December 20,time 19:42 



 冬休み前。幼馴染の家の居間。少年探偵VS某有名怪盗といういかにも年末らしいアニメ特番を見ていた幼馴染は、ポテトチップスコンソメ味に手を伸ばしながら言った。


「俺がもしルパンからワルサーP38を盗んだら真っ先にサンタを撃つね」


 絨毯の敷かれた床の上に座り、だらしなくソファにもたれかかっている様を見る限り、こいつがルパンの隙をつけるとは思えない。


「サンタクロースが暗殺されたら全世界のお子様が泣くわよ」


 きちんとソファに腰を下している私は手元のファッション雑誌をめくる。このアホ発言した幼馴染、典行のりゆきのお姉さんが貸してくれたもので、クリスマスデートや初詣デートなど、男子ウケを狙った特集が組まれている。


「子供の8割はサンタが父親だって気付いているから問題ない。あいつらは無垢なフリをしているが、クリスマスプレゼントを前にすると貪欲で無慈悲なモンスターだからな」

「つまりあんたは子供を持つ全世界のお父さん達を撃つわけ? 国際手配されて一生逃亡生活ね。ご愁傷様」

「違う!! 俺がなりたいのは犯罪者じゃない!! この極寒の冬を孤独に生きる勇者達の救世主だ!!」

「要はクリスマスを楽しんでいる恋人達の邪魔がしたいんでしょ。そんなことに愛用の銃を使われたらルパンもいい迷惑だわ」


 長い受験勉強が終わって晴れて高校生。秋から初のクリスマスに向かって合コン三昧だったが、全て失敗に終わったらしい。しかも仲良し三人組の内、こいつだけ彼女ができなかったとか。

 サンタクロースを逆恨みする暇があるなら敗因を分析しろ。愚か者が。

 そんな心の罵倒が届いたのか届いていないのか、アホな幼馴染がこちらを振り向いた。あーぁ、手が食べカスだらけ。その辺で拭かないでよね。

 私が渡したティッシュで指先を拭き、典行がテレビ台の横のゴミ箱に投げる。あ、入った。こういうトコは器用なんだよね。無駄な特技だけど。


「なぁ、さおり」

「なに?」

「サンタにお願いしたら彼女できないかな?」


 さっきまでサンタクロースを暗殺しようとしていたヤツが何を言う。


「……でっかい靴下でもぶらさげておいたら?」


 グラビアばりの美少女が入っていればいいね。

 かわいそうだから、去年も同じセリフを言っていた事は胸に秘めておいてあげる。






*December 24,time 15:11 


「そもそもさ、メリーって何だよ」

「は?」


 クリスマス・イブ当日。典行の家のおばちゃんとウチのお母さんが大学時代の友達で、家が近所って事もあって毎年合同でお祝いしている。彼女づくりに失敗した典行も弟達に混じって大人しく参加していた――と思ったら、突然おかしな事を言い出した。

 因みに、母同士はお茶とケーキでおしゃべり中。一つ違いのウチと典行の弟は現在TVゲーム中。あまった私と典行はゲーム鑑賞中だ。


「いやだから、メリー・クリスマスって言うだろ? クリスマスはまんまじゃん。メリーって何だよ」

「Merry(形容詞) 1.陽気な、快活な、お祭り気分の浮かれた 2.[通例叙述]ほろ酔いの

 3.(古)〈音・光景などが〉わくわくさせる(ような)、気持のよい, 満足させる(ような)」


 人が折角英和辞書引いてやったのに、典行はポカーンと間抜けな顔を晒している。


「…………。つまり?」

「Merry Christmas 訳語 楽しいクリスマスを! 良いクリスマスを! クリスマスおめでとう!」


 すると、さっきまでつまらなそうな顔をしていた典行がブッと噴出した。


「はぁ? 何? おめでとうって何? クリスマスなのにおめでとうってアホじゃね?」


 元々クリスマスが何の日か知らないのか。アホはお前だ。


「クリスマスはイエス・キリストの誕生日なんだからおめでとうでいいんじゃないの?」

「つーか、なんで他人の誕生日を俺らが祝ってやんなきゃならないわけ? かんけーねーし」

「じゃあ、今までご両親から貰ったクリスマスプレゼント全部返しなさいよ」

「…………」

「…………」


 TVから流れる悲しげなBGMがリビングに響く。弟達はどうやらゲームオーバーになってしまったらしい。

 どうでもいいけど、クリスマスにゾンビを撃ちまくるゲームはどうかと思う。ホントどーでもいいけど。


「なぁ、さおり」

「何」

「やっぱ俺のとこにもうサンタは来ないよな?」

「とりあえずイエス様に謝っておいたら?」


 謝った所でサンタさんは可愛い彼女をプレゼントしてくれたりしないけどね。






*December 24,time 18:36 


「何でイブに宿題やんなきゃいけないんだ……」

「あんたがお母さん達の前で余計な事を言うからでしょ」


 弟達に倒されていくゾンビを眺めているのにも飽きた頃、私達はお菓子を食べながらポツポツ学校の話をしていた。ふと話題に出たのは返されたばかりの通知表。先生のコメントから始まって、最終的には各科目の成績当てクイズに。けどそれがいけなかった。

 典行の数学嫌いは昔から知っていたから、どうせ今年も数学が一番悪かったんだろうと私が言い当てた。すると典行が「数学は生きていくのに必要ない」とか反論し出した。それが母達の耳に入ってしまったのだ。しかも追い討ちをかけるように私の数学の成績が良かった事をウチの母がペロリと漏らした。そこで私が典行に冬休みの数学の宿題を教える、という羽目になっている。

 けれど街はクリスマスで浮かれ、一階のリビングから母と弟達の笑い声が聞こえてくるこの環境で勉強へのモチベーションが続くわけが無い。20分もしない内に典行はテーブルの上にシャーペンを転がした。


「もう無理! ギブ!」

「言うと思った」


 此処は典行の部屋だ。早々に飽きると分かっていた私は、部屋に置いてあった漫画を無断で拝借している。因みに、典行の持っている漫画は何故かサッカー漫画が多い。サッカーなんか体育の授業以外でやったことないくせに。


「なぁ、さおり」

「何」


 漫画から顔を上げると、典行が大きな布を持っていた。


「とりあえずコレに入ってみる気ない?」


 良く見れば、1メートル以上もあるでっかい靴下。赤と白のしましまの、いかにもクリスマスな靴下。それは多分、サンタクロースが届けてくれる典行の未来の彼女が入る予定だった靴下。

 そんなでかい靴下何処で買ったんだ。ドン・キホーテか。と、いつもの私ならツッコミを入れている場面だろう。けれどそうはならなかった。

 だっていつもみたいに笑っているけど、典行の耳は見た事がないくらい真っ赤に染まっている。きっとトナカイの鼻より赤いわ。


「……夜中に忍び込んで、朝まで靴下の中で待っていればいいわけ?」


 あまりに緊張しすぎて表情筋の動かない顔で言ったら、プッと典行が噴出した。


「なら俺、寝ずにお前が来るの待ってる」


 馬鹿。夜更かししている子共の所にサンタさんはやってこないのよ。そう言ったら、お前が居るのに寝れるわけがないって典行が笑った。


「やっぱ、サンタを撃つのは無しだな」


 そうね。ワルサーP38が手に入ったらもっと面白い事に使うべきだわ。例えば、銃口から花が出てくるとかね。

 そうでしょ? お馬鹿で可愛い私のアサシン。


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