第1話 少年はこれからを憂いた
「う……んぅ」
レイスは、目を覚ました。
「ここは……どこだろう?」
周りの状況を確認するために辺りを見回す。
どうやら今いる場所は森の中のようだった。
「あれ、袋が……あの人からの物かな」
すると、自分のすぐ側に袋が落ちているのを発見したレイス。彼はその中身を確認してみた。
「……えっ、これだけ?」
袋の中には、1つの水晶が入っているだけであった。その水晶を手に取り、少し眺め回していると
『やぁ、お目覚めかい?レイス君』
と、女神の声がどこからともなく聞こえてきた。
「うわっ、びっくりした。これは何ですか?」
『これかい?通信用の水晶さ。それを私が、ちょっといじくったのさ』
「へぇ……もしかして、この世界には魔法があるんですか?」
レイスは、思いついたように女神に聞いた。
『ほほう、そこに気づくかい。そうだね、君が今いる世界には魔法がある。その通りだ』
「すごいですね、魔法だなんて」
レイスが感心するように言う。
『あぁ、そうか。君は、魔法がある世界は今回が初めてだったね。別に全体的に見れば、珍しくもないんだが』
女神はなんでもない風に言う。
『そろそろ本題に行かせてもらうよ』
話が脱線していた事に今更気づいた女神は、咳払いをして言う。
「あ、はい。すみませんでした」
レイスも、居住まいを正して話を聞く姿勢になる。
『あっちでは色々と説明不足だったからね、追加説明をするよ。
まず、君が今いる世界は、端的に言って死にかけている。それを救うのが、君の罪滅ぼしだよ』
「世界が死にかけている、とは?」
『色々さ。まぁでも、一番分かりやすいのは、魔族の侵略行為と聖獣達の暴走かねぇ。この2つが一番大きな要因だよ。これによって世界は傷つき、現在の形を保てなくなってるんだ』
「はぁ……いやそうではなくて、世界が死にかけているというのは、どういった状態なのですか?」
『あぁそうか、そこからだったね。うーん、実は理由や原理は私たちも分かってないんだけどね。世界のパワーバランスが何らかの原因で傾くような事があると、似たパワーバランスを持つ異世界と引き合うようなんだよ。
あれだ、世界を原子と見ると、例えが分かりやすいかもね』
「うーん……よく分からないです」
レイスは、考えるのを諦めたのだった。
『もう少し頭を働かせてもいいんじゃないかな……?まぁいいさ。えーとどこまで話したかな?あぁそうだ、世界を救えってとこまでだったね
さて、肝心の世界を救う方法だが、』
そこで女神は言葉を区切り、逡巡してから続ける。
『うん、教えないでおこう。
……ただ、指令という形でヒントくらいはあげるからさ。だからそんな捨てられた子犬みたいな顔をしないでおくれよ』
レイスは、自分がそんな顔をしていたのかと少し表情を引き締める。
しかし、やはりまだ不安が伺える表情である。
そんな彼の表情を見て、女神がしみじみと言う。
『それにしても、自分で作ったながら見事な造形になったもんだ……君、今の自分の容姿を確認したかい?』
その言葉にレイスはきょとんとして答える。
「いえ、まだですが……あの、そう言われると確認したくなるのですが」
『うん、そうだね。今のうちに把握しておくといいよ。
君のその外見は十分武器になり得るからね、私の努力を無駄にせず有効に活用してくれ』
そう言うと女神は、レイスの目の前に彼の姿を映し出した。
彼は、少年であった。小柄で、色白で、少々頼りないような体躯。濡羽色のような髪の毛は肩のあたりまで無造作に流れ、垂れ目気味ではあるが丸い目。その中にある瞳は、吸い込まれるような深い緑色をしていた。
少年でありながら少女のようで、かつ色気を感じさせるような顔立ちをしていたのだった。
そして服装はというと、旅人がよく着る一般的なフード付きのマントであった。
が、その色は黒に近いような濃い赤色をしていて、そこらの市販品とは違うのだろうと窺わせる雰囲気を醸していた。
「これは……」
レイスは絶句していた。
『どうだい、見事なもんだろう?
見てくれは良い方が何かと有利だからね、私からの気遣いだと思ってくれ』
どこか誇らしげに言う女神。実はこの容姿は、女神の嗜好を全面的に反映した結果だということは伏せたまま。
「えぇまぁ……ありがとうございます」
レイスは腑に落ちないようだったが、恩人たっての気遣いであれば無碍にする訳にもいかず、とりあえず礼を言うのだった。
『さてと、話を本筋に戻すよ。
最後に、君にかけた5つの呪いとその解呪方法だが。これも秘密だ。
呪いに関しては、発動すれば君自身が気づくよ。それにぜったいに5つしか呪いは掛けて無いから、どんな呪いかは自分で把握してくれ』
「その呪いは……命に関わるものもあるのですか?」
レイスが問う。
『そうだね、命に大きく関わるものもあるよ。まぁ死にはしないから大丈夫じゃないかな』
それを聞いたレイスは、どこか矛盾しているようなその答えに首を傾げる。
しかし、次なる質問をさせる時間を、女神は与えなかった。
『追加説明はこれで終わりだよ。質問ももう受け付けない。それじゃ、精々頑張ることだよ』
女神がそう言うと、ずっと手に持っていた水晶に罅が入り始める。
すると、また女神の声が聞こえた。しかしそれは、雑音が混ざった不明瞭なものであったが。
『忘れて…よ、これ…最…の餞別だ…。君の行……を…らす………』
それ以上、女神の声を聞き取ることは不可能だった。
水晶は粉々に砕け、入れ替わりに目の前に1組のガントレットが現れた。
しかしそのガントレットは防具というよりも、武器というのが相応しい様相を呈していた。
拳にあたる部分は鋼で厚く覆われ、これで殴られればひとたまりも無いであろう重さと硬さを持っていた。
また肘あたりまでを覆う腕の側面部には、分厚い刃が付けられており、斬るというよりは叩き潰すという使い方ができそうであった。
そしてそのガントレットを手に取り、レイスは思った。
(これ、強そうだけど……私にはちょっと重い気がするなぁ……)
そう、小柄な彼の体には、少々重過ぎるくらいの重量であったのだった。
レイスは一つため息をつき、これからどう行動するかを悩み始めるのだった。
「ふぅ……これで、あの世界もなんとかなるかねぇ」
女神は通信を終えると、その場にぺたりと座り込んだ。
「あーだめだ、召喚なんて慣れない事はするもんじゃないねぇ。
それにしても、主神様は一体何をお考えなのやら……あの子には悪い事しちゃったよ」
女神は、先ほど異世界に送り出した少年を思い出し、苦笑した。
「全ての真実に気づいたら、きっと怒るんだろうなぁ……あーやだやだ、なんで私ばっかりこんな貧乏くじを引かされるのかね!」
他に誰もいない空間で、ひとり愚痴をこぼす女神。
しばらく愚痴をこぼした後、彼女はおもむろに立ち上がり、虚空に向かって声を投げかけた。
「どうせいるんだろう、主神様の使い殿」
すると、女神の目の前にいきなり1人の女性が現れた。
「はい、お呼びでしょうか」
「私は疲れたからね、少し休ませてもらうよ。
その間、彼に指令を出す役目を担ってほしい。やってくれるね?」
拒否権など最初から無い、そんな風な女神の言い方に眉ひとつも動かさずに、女性は答える。
「了承致しました。女神クロノス様から仰せつかったこの命、必ずやこのリンネが勤め上げましょう」
「頼んだよ。あぁそうだ、もし彼が本当にどうにもならない状況に陥ったら、君の力を貸してやってくれ」
付け加えるようにそれだけを言って、女神、クロノスは姿を消した。
そして主神の使い、リンネもまた、クロノスから命じられた仕事を完遂すべく、その場から姿を消したのだった。
ストック無しの見切り発車なので、更新は不定期です
予めご了承下さい