起点
頑張って完結させます
男は、気を失って倒れていた。
「ふーむ、中々起きないねぇ。落書きでもしてやろうか」
そんな男に対して、嬉々としてイタズラをする1人の女性。彼女は、所謂女神と呼ばれる存在であった。
「んー、面倒だな。起きろっ!」
イタズラにも飽きたのか、男の意識を強制的に取り戻させることにした女神。そんな女神の鋭い蹴りを脇腹に受け、男は呻きながら目を覚ました。
「うっ…何をするんですか、痛いじゃないですか」
「起きない君が悪い。さて、君は自分のことを覚えているかい?」
男の批判を華麗に受け流し、話を進める女神であった。
「自分のこと…?………あ、あれ?何も思い出せない?」
自らの事にも関わらず、一切何も思い出せない男。彼は自身の名前すらも思い出せなかった。
そんな男に、女神は説明を始める。
「まぁ、そうだろうね。君の記憶は私が一時的に封印させてもらったんだ。簡単に説明すれば、君は前世で死んだんだ。いや、殺されたというのが正しいな」
「こ、殺されたんですか…私は何か、悪い事を?」
不安げに尋ねる男。
「さてね、それは記憶が戻ってからのお楽しみさ」
首をすくめて女神は言う。そして一息置いてから、彼女は本題を切り出した。
「さて、死んでしまった君だが、これから3度の転生をしてもらう。そこである事を成し遂げて欲しいんだよ」
女神は言う。男が問う。
「ある事、とは?」
「それは3度目の転生の際に言い渡そう。1回目と2回目は、言ってしまえば準備期間に過ぎないんだよ」
■男が再び質問をしようとするが、女神はそれを許さずに話し続ける。
「さて、早速で申し訳ないけど、1回目の転生をしてもらおうか。なぁに心配は要らない、最初は怖い事は無いさ」
女神のその言葉を聞いたのを最後に、男の意識は再び途切れる。
男が目を覚ますと、男は赤ん坊になっていた。
しかし先程までの記憶は女神によって封印されたため、普通の赤ん坊となんら変わりは無い。
そして男は、慎ましいながらも、普通で幸せな人生を歩んだ。
健やかに成長し、恋をし結ばれ、子を成し育て、愛する者たちに看取られて生涯を終えたのだった。
場は再び、女神との邂逅の場に戻る。
そこで男は女神との会話の記憶が蘇り、先程の世界での生活の記憶も残っていた。
「どうだったかい?普通で幸せな人生は」
女神が微笑みながら、男に問う。
「えぇ、とても幸せでした」
「そうだろうそうだろう。では次に、2回目の転生をしてみようか」
そしてまた、男の意識は途切れる。
今度男が目を覚ました状況も、1回目と変わりは無かった。
しかし、その世界が大きく異なっていた。
男が育つ日々の中で、血を見なかった日は無かった。
日々誰かが死んでいた。
それだけではなく、男の年齢が5つを数える頃には、男は自らの意思で人を殺めていた。
その理由は様々ではあったが、共通していたのは『生きるために殺す』ということであった。
しかし、皆が皆そうという訳では無かった。事実、男の最期も見せしめとして拷問よりも酷い地獄を見ながら死んだのだった。
「や、おかえり」
再びあの場に戻る。今回も転生の記憶が残り、女神との邂逅からの記憶も蘇る。
「どうだい?酷いもんだっただろう」
「はい…この世の地獄、とでも言うべき世界でしたね……」
男の暗い表情をしばらく眺めた後、女神は言った。
「さぁ、2度の準備期間を経て君は、いよいよ本番である3度目の転生をする訳だが」
少しもったいぶって、ニヤリとした笑みを浮かべて言う。
「君の記憶を蘇らせてあげよう。もちろん、今君が唯一思い出せない、『最初の記憶』をだ」
そう言うと女神は、すぐさま男の記憶を蘇らせた。
それからの男の反応は早かった。
驚き、否定し、しかし肯定する自分に苦しみ、慌てて女神に問う。
「あの、この記憶は一体…私は、私は本当にこんな…ことを?」
その声は震えていた。
しかし、それに答える女神の言葉は簡潔だった。
「あぁ、間違いない。それは君が前世で犯した所業の数々だよ」
その言葉に、男は動かなくなった。ただ、口から声にならない呻き声のような音を上げるのみである。
そんな男の様子を気にした風も無く、女神は言った。
「さて、その記憶の通り、君は数々の罪を犯したね。私にはそれが許せないんだよ。だから君には、次の世界で罪滅ぼしをしてもらうよ」
『罪滅ぼし』、その言葉に男は顔を上げる。
「この罪が…許されるのですか?」
「いや、許されないね。これはあくまで、私の身勝手な行動だよ。エゴだ。君には死ぬほど苦労してもらいたい、それだけなんだよ」
女神は表情を変えずに言う。その表情は終始慈母のような微笑であった。
「君には呪いを掛けさせてもらうよ。罪滅ぼしから逃げ出さないためにね」
そう言うと女神は、転生させる準備を始めた。
「ただ、この呪いは救済措置でもあるんだよ。呪いは全部で5つ。もしもその全てを解呪できたなら、私は全被害者を代表して君を赦そう」
「本当ですか!」
「あぁ本当さ、私は嘘は吐かない。精々頑張ることだよ」
そして、準備が完了する。
「さぁ行ってきなさい、罪滅ぼしの旅へ。殺人鬼のレイス君」
そうして、男の意識は途切れる。ここから、物語の歯車は回り始める。