いきなり子供の夢の転になってしまいまして
マネージャーさんは、彼の俺をじろじろと見て、
「メイクすればクマはとれるだろうから、多分大丈夫ね……。歌は歌える?なんでもいいわ。新曲までやる訳じゃなかったし。後、髪はかもってもいい?色もスプレーで替えられるし………。うん、だから君、ちょっとの間だけアイドルになってみない?」
「…………え?」
突拍子の言葉に驚く俺。
「幸いお披露目するアイドルが女性だって宣言してなかったから大丈夫よ!!もう、藁にもすがる思いだったから!!」
「ちょっ、なんでもしようと思ってましたけど、それは……。」
「大丈夫よ。あなたは容姿に自信を持っていいわ。社長代理でもある私が言うんだもの!!」
「は、初耳ですよ!牧村さん!!」
「まぁ、叔父さん……社長が今出張でいないから、私に一任されてるわけ。だから、君をアイドルにします!!」
「………。」
アイドルって今目の前にいる子や、全国の親バカな親、夢見る少女の夢のゴール地点でもあり始まりでもあるステップなはずだ。それを、簡単に受けてしまって、自分の心は平気でいられるのだろうか?この夢のために何かを捨て、ひたすら努力している子だっているのだ。スカウトされた子でも、考える時間は十分にある。なのに………。
そんな風にネガティブになっていると、助けた女の子は叫んだ。
「私、一旦あなたに夢を託します!!だから、この事務所の信用と一緒に、ステージに立ってください!!」
と、俺に頼んだ。
自分の夢を他の人に託すなんて、研究者くらいかと思っていたが、この子は俺に預けることにしたのだ。
なら、求められる答えは一つだけ。
…………どうやら、断るかどうか考える暇はないようだ。
それに、断る理由も無い。ここまで言われてひいてしまっては男が廃るし、俺自身が俺を許さないだろう。
「やります。どうせこの場をしのげばいいんですよね?なら、問題はないです。」
どうやら、目的の場所へはかなり遅れて行くことになるらしい。
「ありがとう。二度も助けてもらうことになるなんてね……じゃあ、移動しましょう。簡単なステージがある場所だから……。」
そして、三人で楽屋まで移動した。
「すいません!!この子をメイクしてあげてください!!」
と牧村さんが言うと、見覚えのある顔があった。
しかし、
「はい!!え~っと、男性か女性か聞いてなかったので、両方用意してました!なので、大丈夫です!!」
声が少し高く、口調も違う。
そんなことは今は気にせずに俺は台に座った。
とりあえず、クマを隠すように化粧品をぬられ、その後髪の寝癖を全て溶かされた。まぁ、そのくらいなら別にいいし。
バッサリと切られると、これまであった髪が無くなるのは悲しいし、長ければいじることも可能だけど、短いと何もできなくなるし。
後伊達メガネは外した。
そして、スプレーで黒い髪にされた。
はじめに言っておくが、この世界での髪にするスプレーはこういうものだ。
まず、髪にしゅーっとかけることで、色が替えられる。そして、付属のシャンプーで落とさない限りその色は保てる。
まぁ、万が一のために一週間に一度くらいは落とした方がいいらしいが。
安く、上質なので、多くの人に使われている。まぁ、成分は企業秘密らしく、一応販売の許可を得るために提出したらしいが、製品には表示されていない。
「じゃあ、次に前髪を少し横に分けて、顔を見られるようにしますね~。後、輪ゴムは外しておきました!!だから、今日はこれでまとめてもらいますよ!!」
そして、髪を渡された髪留めでポニーテールになるように付ける。今回渡されたのは、メイクの人曰く黒い蝶をイメージしたものらしい。まぁ、そこまで高いものではないらしいのだが、なるべく慎重につける。まぁ、結果上手く付けられなかったので、メイクの人に頼んできれいにまとめてもらう。
「それにしても、すぐにまっすぐになるのはありがたいですね~。」
「メイクとか上手いですね……。これが俺ですか?髪がこんな風にできるなんて思いませんでしたよ……。顔もましになってますし。」
「いえいえ、その人の魅力を最大限まで引き出すのが私の仕事ですから!!既存のキャラに似せるだけのメイクをする姉さんとは違います!!」
姉さんとは、誰のことだろうか?
「そういえば、曲は二曲必要だけど、歌える曲を言ってくれないかしら?」
「そうですね………。」
十八番であり、かつ退かれない選曲をしようと、考える。
ひたすらに考えた結果、決めることができた。
「ツインズの『2月8日』と、大文字炎真さんの『紅ポーカー』の二曲でお願いします。」
それなりに無難な曲を選んだと思う。
「この二曲って難しいと思うんだけど………。」
「持ち歌では十八番レベルなので……。」
それに、どうせあまり人気のでないものになるかもしれないのだし………。
助けたい一心だから、この曲を玉砕覚悟で歌うのだ。
「じゃあ、この衣装に着替えて、あそこで待機していてね。」
そう言って渡されたのは、黒と白のいかにもアイドルが着そうな衣装だった。
着替えるのに少しだけ間が空いたが、よくよく考えれば、目的の場所ではさらに恥ずかしい格好をするのだ。
そう考えると、気が楽になり、着替えることができた。
「がんばってくださいね。え~と……。」
「あぁ、名前言い忘れていたな……。俺は棚望ヘルトだ。」
「なら、芸名は名字を変えて……。」
「いや、多分すぐに正体が分かると思うので、自分が考えたのでもいいですか?」
「あまり痛い名前じゃなければいいわ。」
なら、とりあえず決まっていた名前を口に出す。
「とりあえず………俺の芸名はフェアにしておきます。」
そして、ステージに飛び出すまでの3分を、体感速度では、20分の1で感じた。そこに一時間も立っていたような……。
そんな中、合図とともに、俺はステージに飛び出した。
さっき助けた女の子の夢を受け継ぎながら。