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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神の像

作者: 川上純也

 その国が「日本」という名を持たなかった時代。

 後に弥生時代と呼称される事となる時代。

 この時代は、まだ神が使役する超自然的な現象が大きな信仰を得ていた。

 何を成すにも、必ず神の恩恵を受けていた。

 つまるところ「神頼み」。

 この風習が良いか悪いかは別として、人々が大きな力に頼りきりであった事は誰も否定できないだろう。

 そのため、神の力と同様に神の力を『抑える』力もまた不可欠であった。


 とある小さな村。

 と言ってもこの時代は、村や集落程度の集まりでも人がいて文化があり、それを統治する大王がいれば、そこは立派な国とされていた。

 そして、その国が燃えている。

 比喩や表現ではなく、炎上しているのである。

 火は人々の畏怖の対象である。外敵から身を守り、生活の手助けをするが、時折怒り狂うように暴れまわり、全てを奪う偉大で強力な神の一柱であると。

 そしてまさに今、火の神が炎の姿で顕現し、一国を蹂躙している。

 人々の必死な祈りも空しく、国の半分近くが壊滅されようとしていた。


 国の一番奥まった土地。そこに佇む他の民家とは様式の異なる大きな家。

 大勢の祈りの声を聞きながら、一人の男が冷静な面持ちで胡坐をかいている。

 その男こそ、国の神事を執り行い神の力を借りて人々を導いてきた人物の末裔。

 この国の大王である。

 彼の周りだけが、火の神すら手が出せないような張り詰めた空気が流れている。

 その雰囲気が慌しい足音に破れた。

「大王様!」

 駆け込んできたのは一人の青年。

 歳は若いが、この青年も国では重要な人物の一人である。

 大王の側で神事を手伝い、神々の様子を報告するの事が役目である。

 この緊急事態でも己が役目を果たそうと、必死に口を動かすが、焦りと疲れで跪きながら空気を貪りあえぐ事しかできない。

「述べよ」

 大王の口調はいつも通りだった。

 その重厚で落ち着きのある声を聞いただけで、青年は多少の冷静さを取り戻し、なんとか声を絞り出す。

「はっ!未だ炎は衰えず、それどころか勢いを増す一方であります!」

恐怖からか、必要以上に大きな声で報告を終えた青年は、その場で崩れてしまいそうな脚を踏ん張り、忠実な姿勢を保つ。

 大王は青年に背を向け報告を聞いた。

 大王が正面から眺めているものは、巨大な祭壇である。

 供物である多様な穀物や果物、収穫されたばかりの野菜などが周囲の蝋燭の灯を受けててらてらと煌いている。

「そうか……。信託があったとはいえ、ここまでの被害を出してしまったのは、私の責」

 青年からは大王の顔は見えないが、その口調から酷く悲痛な表情をしているであろう事は容易に想像できた。

「大王様……」

 青年はどうにか大王の心を軽くするような言葉を探すも、自分が口を出すのは礼を失しると思い直し、口を閉じる。

「そなたは火の神を鎮めることに尽力せよ。我は……」

 そこで初めて大王は青年に向き直る。

 大王の位置がずれた事で、青年にも祭壇の前に置かれたモノを見ることができた。

「これを用いて、精霊の力を借り受ける!」

 そこに鎮座しているのは一体の像。

 顔は狛犬のようだが、体は人間が縮こまった格好をした極めて不気味な像だ。

「大王様!それは命を喰らう邪神の像!大王様がそこまでする必要は……」

 青年は自分が出すぎたことを言っていると解っていながらも、言葉を止める事ができなかった。

 そんな青年の様子を大王は咎めることなく、真剣な面持ちでまっすぐに見つめる。

「解ってくれ。これが我の役目、逃げられぬ運命なのだ」

 大王は、やはりいつもと変わらぬ威厳と責任感を帯びた声音で、青年を諭すように言った。

「民たちは、解ってくれるのでしょうか……」

 自分では大王の意思を変える事などできないと悟った青年は、うなだれながら呟く。

 大王は少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべながら言う。

「どうであろうな。だが、この地位についてから遅かれ早かれこうなる事は覚悟していた。これも、大王たる我の役目」

「それが、大王の決意ならば……」

 青年は垂れていた頭を上げた。自分の無力さで濡れた眼には、同時に強い決意が宿っている。

「わたしは何も言いません。どうか民たちをお救いください!」

 青年の言葉を受けた大王は目を閉じ、静かにその決意をかみ締めた。

「ありがとう。次の大王はそなたに任せる。我には、子供がいないからな。よき時代を創ってくれ」

「承りました!大王様!」

 決意の瞳をそのままに、青年は大王の最後の命を承諾した。

「では行け!己が民を守るのだ!」

「はっ!!」


 青年は一切の迷い無く家を飛び出した。大王はその頼もしい足音を聞きながら、邪神の像に向き直る。

「御赦しください」

 像に跪きながら、大王は祈りと懺悔の言葉を呟く。

「これ以上、民を苦しめないで頂きたい。この祈り、我の命と共に神の元へ誘い給え」

 木製の像が大王を見下ろしながら、口元を吊り上げた。




















「………………と言う伝説が、この『神の像』には残されています」

 ところ変わって……。否、多くのものが変わって現代の「日本」。

 平成と呼ばれている時代。

 産業革命・世界大戦などの歴史を積み重ね、現代人が信仰するのは方程式と科学に変わった。

 当然、神のことなど二の次三の次に考える事が当たり前になった時代では、神話や伝説など興味を持って接する事などほとんど無い。

 その為、博物館の案内人にとある像の伝説を聞かされた学生たちの反応も、良いものではなかった。

「はぁ~……」

 と、いまどきの学生らしく明るく髪を染めた男子生徒が、感嘆よりため息に近い声を出す。するとその友人であろうメガネをかけた男子生徒も、興味なさ気に鼻で笑う。

 二人の学生の胸には、所属校を示す校章とネームプレートが縫い付けてある。

 今風の茶髪の学生は「ミウラ」。その友人であるメガネの学生は「カガミネ」というのだとわかる。

「おや?信じられませんか」

 微妙な反応をする二人組みの学生に、案内人は苦笑しながら尋ねる。

「だって……、なぁ?」

「ふん、まぁありえないよな」

 修学旅行でこの博物館を訪れた二人組みの男子学生は、互いの顔を見合わせながら感想とはいえないような感想を述べた。

「そんなことはありませんよ。実際発見された古文書には、このあと火事が収まっているんですから」

 学生たちに関心を抱いてもらおうと、博物館の案内人はさらに解説を続けようとする。

「そんなの、消火活動がうまくいっただけでしょ」

 今風の学生・ミウラが案内人の解説に言葉を挟む。

「祈りが通じて火事が収まるなんて、雨でも降ったんじゃないですか」

 メガネの学生・カガミネも冷静に反論する。

 そんな二人の意見に対して、案内人は少し意地悪げに声を潜めつつ話す。

「確かに、記録には雨が降ったとあります」

「ほら、やっぱり偶然じゃないですか」

 カガミネがまた、ふんと鼻を鳴らす。

「いえ、これは偶然ではありえないんですよ」

 いっそう声を低くする案内人の語りに、気になったのかミウラが前のめりの姿勢で聞き入る。

「誰かが雨乞いでもしていたとか?」

 相手の表情を見ながら、ミウラが質問すると、すっかり語り部の語調となった案内人は首を横に振る。

「そうではないんです。このときに降った雨と言うのがですね……、赤い雨だったんですよ」

 ミウラは、案内人の言葉の意味が解らず心中で首をかしげる。

「そして火事が収まった後、側近が大王の家まで行ってみると、そこには全身の血を抜かれ干からびた彼の死体があったそうです」

「なんですか、それ……」

 案内人の話を馬鹿にしていたカガミネも、内容の異常性に気付き言葉を投げる。

「どうやら、火災を鎮めた赤い雨の正体は、大王の血液だったようですね」

 案内人の語りはもはや囁くような口調になっており、その一言で『神の像』にまつわる伝説を締めくくった。

「うわぁ……グロい……」

 ミウラは、想像もしていなかった落ちに顔を顰めた。

「これは大王の一族にしか使えない神具でしてね。それ以外の人間には、何の反応も示さないんですよ。そしてこちらの土器は……」

 普段の口調に戻した案内人は、話に食いついたミウラに次の展示物の解説を始めた。

「ふん」

 と、メガネの位置を直しながら、カガミネがやはり馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「そんなわけないだろ。下らない」

 案内人と友人はすでに別の展示物を見ており、友人もすっかり案内人の語りにはまってしまっているようだった。

「だいたい、人間の血液の量で火事が鎮まるとこ自体おかし……」

 独り言を呟きながら神の像の前に立った彼は、そこで言葉を止める。

 誰も聞いていない自分の意見を、これ以上口に出すのも無駄と思った、からではなかった。

 言葉を止めたと言うより、息を呑んだためそれ以上言葉を吐き出せなかったと言うほうが正しい。

 透明なガラスケースに収められている木製の像。赤い絹の布がかかった台の上に鎮座しているソレが、動いたのだ。

 カガミネを下から見下ろすような視線を投げ、口端を吊り上げて笑ったように見えた。

「………………え?」

 あまりの唐突さと、吐き気を催すような無機物の生生しい笑みに、心の中では絶叫しているのに、声に出るのは間抜けた疑問符だけだった。

 体感していた時間よりも長く像の前で呆けていたらしく、展示物の解説を聞き終えた友人から注がれる心配そうな視線を受けて、ようやく我に返る。

「おい、どうしたよ?」

 聞きなれた声に、安心感が戻ると同時に恐怖心も首をもたげた。

「あ……、あぁ、いや、なんでもない……。案内人は?」

「案内途中で別の係員に呼び出されたらしくてさ。後は自由に見学してて良いってよ。それより、大丈夫かよ」

 自分の中では必死に恐怖を抑えているつもりではあったが、友人には完全に動揺がばれているようだ。展示物が収められているガラスケースに映る自分の表情が、相当引きつっている。

「ちょっと歩き疲れただけだから大丈夫だ」

「ならいいけどさ、ところで……」

 言いながら、友人は案内人の解説をメモした手帳を眺める。

「お前も少しは真面目に聞いてくれよ。二人でレポート書かなくちゃいけないんだぞ」

 友人は手帳のページをぺらぺら捲りながら悪態をついた。

「そういえばそんな課題もあったな。クソ面倒くさい……」

 話しているうちにいつもの調子を取り戻しながら、友人の悪態に乗っかる。

 でもまぁ、と友人は手帳をパンと鳴らしながら閉じる。

「なかなか面白い話が聞けてからよしとするか。これなら、さほど内容に困る事もないだろうしな」

 捲っていたページ数を見る限り、解説の内容をかなりメモしていたようだ。

 ミウラは不真面目そうに見えて、そういう要領はいい奴だ。

「面白かったか?ただ不気味で気持ち悪いだけの話だった気がするけど」

 先ほどの奇妙な像の笑みを思い出し、顔を顰める。

「お前ってそんなにグロ耐性低かったか?」

「そうじゃねぇよ。そうじゃねぇけど……」

 思い出すのは像の口端。それが吊り上がる様が、妙にゆっくり脳内で再生される。

「気にすんな。こんなのただの木の彫り物だろ」

 友人が親指で木製の像を指す。

 なんとなく視界から外していたが、再度見てみると最初と同じように間の抜けた顔でそこにあるだけだった。

 もちろん、気味の悪い笑みも見下すような視線もない。そもそもこの像は最初から目を閉じているデザインだった。

 こうしてみると、さっきの現象は自分の見間違いで、これは何世紀も前の木の塊だと思えてくる。

いや、そうに違いないだろう。

 そう思い直すと、自分の考えていた事が馬鹿馬鹿しくなってくる。

「ふん、そうりゃそうだ。別に気にしてねぇよ」

「いつもの笑い方に戻ったな。じゃ帰ろうぜ。そろそろ自由時間も終わりだ」

 ミウラがゆるい笑みを浮かべて、出口に向かって歩き出す。

「だな。しかしレポートかぁ……。せっかくの修学旅行だっつーのに」

 面倒くせぇ。とぼやきながら、友人の後を追う。

「なんなら、あの木の彫刻にでも祈ってみたらどうだ?」

 ミウラが振りむきもせず、適当な冗談を言う。

 それを聞いて、さらに馬鹿馬鹿しくなり、神の像を振りかえる。

 やはり最初と変わらず、地味な像が一体置いてあるだけだった。

 それを確認し、冗談半分で心の中で唱えた。

『あんたが神だっつーのなら、俺の願いくらい叶えてみろ。レポートの課題がなくなるような事件、たとえば担任が急に死ぬくらいの奇跡を起こせ。それができたら血でも命でもくれてやるよ……』

「痛ぇ!!」

 急に右手に痛みが走った。それと、生き物の体内のような生理的嫌悪感をこれでもかと起こさせる生暖かさ……。

「ん?いきなりなんだよ」

 前方を歩いていた友人が、小さな叫びに振り返る。

「右手が急に痛んで……、あれ?なんともない……」

 不思議そうに右手を確認する自分を、ミウラがニヤつきながら見ている。

「何だそれ?中二病乙!」

 友人に揶揄されて恥ずかしくなった。

「うっせ!行くぞほら」

 羞恥心から早足でその場を去る。

 もしくは、痛みが走った瞬間から感じている見下すような視線を無視できる内に逃げ出すように。












 市街地のホテルの一室。

 そこに朝一から駆り出された刑事が、二人並んでいる。

「何事だよ……これ……」

 男の刑事が目の前の光景に絶句しながら、思わず声を漏らす。

「昨日の深夜、教員の一人がバスタブで溺死。同時刻、別の部屋に宿泊していた修学旅行の男子生徒が変死。との事らしいのですが……」

 もう一人の刑事は女性だ。

 勤めて冷静に状況を伝えようとするが、現場の異常性に動揺を隠し切れていない。

 事件現場は、壮絶の一言だった。

 仕事柄、死体や殺人現場を見てきた刑事ですら戦慄する光景。

 バスタブで死んでいた教員は、窒息のせいで顔がパンパンに膨れ上がっている。

 そしてその顔面は、血まみれだった。

 しかも、その血は窒息の際に吹き出たものではない。

 では、何の血か。

 その血こそ、彼が死亡した原因で、今二人の目の前にあるバスタブいっぱいの血液だ。

「つまり、この血溜まりで溺死したってか。事故……じゃあねぇな」

 さすがに吐きはしないものの、あまりの不条理さに表情が険しくなる。

「はい。そして変死した学生のほうですが……」

 女性刑事もこみ上げてくる不快感をごまかすように、状況説明を続ける。

 しかし、その内容も今の状況に負けず劣らず奇妙なものだった。

「名前は鏡音千尋。ここに宿泊していた修学旅行生です。死因は失血……」

 男性刑事の表情がさらに曇る。

「失血?手首でも切ったのか?修学旅行中に」

「いえ、致命傷は一切ありません。失血と言うより……」

 そこで一枚の写真を、男性刑事に手渡す。

「おい、ワケがわからんぞ……」

 そこに映っていたのは、全身の血を一滴残らず絞り取られたような、若々しさどころか生気の一切すらない男子学生の顔写真だった。

「それが変死体のほうです。同じ部屋に宿泊していた友人・三浦記志の証言によると、いきなり苦しみだしたと思ったら、見る見るうちにこうなったと」

 男性刑事は、無言で写真と現場を見比べる。

 しかしこの状況、いくら考えても解ることなどひとつもなかった。

「どう思いますか?」

 女性刑事からの問いに、顰め面のまま首を振る。

「どうもこうも、解るわけ無いだろ。こんなの公表できない。事故で済ませるしかない……」

 納得できる結末なんてほとんど無い仕事だ。今回も有耶無耶になって終わるだろう。それもここまで荒唐無稽な事件ならなおさら。

「あと、もう一つ」

 女性刑事がもう一枚写真を取り出す。

「今朝方博物館から通報がありまして、展示物の一つが行方不明になった件ですが」

「そんな事もあったのか。だが、そっちは後回しにするしかないだろうな」

 異常な状況が立て続けに起こったため、うまく頭が回らないが、それくらいは理解できた。

「いえ、ですが……」

 そこで取り出していた写真を男性刑事に渡す。

「………………」

 写真を見つめる刑事は、完全に思考が止まってしまったようだ。

 写真の中の光景は、変死体の現場だった。

 そこには先ほどの学生の全身が映っている。その右手に


 奇妙な像が写っていた。


 木製の地味な像。顔は狛犬のようだが、体は縮こまった人間を模した不気味な像。

 それが、干からびた死体の右手にしっかりと喰らいついていた。

「これは、今どこにある」

 男性刑事は抑揚の無い声で問う。

「今もこの学生の手に噛み付いている状態です」

 女性刑事も抑揚の無い声で答える。

 なるほど。

 博物館に返却するのは、無理そうだ。














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