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紫星海風伝  作者: 沖津 奏
7/17

七、紫星闌干之夜

 玉蘭ユイラン南門ナンメンを出てから暫く後、アルダン=ラスツァ率いる海賊達は、シャルトレーズ王国の王都よりも少し南に位置するガカダンピカという港にやって来た。

 穏やかなところで、しかし海賊は多い港街だ。だがいろんな国から船が集まるので、珍しい物もたくさんある。


「なかなか悪くはねえところだな」


 夜、古びた酒場で一杯やりながらアルダンが呟いた。周りはやはり海賊だらけ。もちろん彼の部下もいる。酔って暴れたり喧嘩したり、女を口説いたり盗んだりは当たり前だ。向こうの方で、一際大きな歓声があがった。

 なんだろうと思っていると、小鳥のような女の声がした。


「ふざけないでよ!何よこれ!」


 ええと、誰だっけ、この声。まだうら若い女性の声。


「なんであたしがこんなことになってんのよ!もっと丁寧に扱わないと、あんた地獄に堕ちるわよ!」


 ああ、あいつか。玉蘭の銀狐インフーパイ 梅鈴メイリン。彼女は海賊だが、珍しい銀の髪を持っていた。そのせいで、よく男に狙われる。

 アルダンは野次馬根性で、その群衆に紛れていった。彼女は後ろ手に縛られている。そして彼女を巡って争っているのは二人の海賊だ。一人は玉蘭の水虎シュイフーと呼ばれる大男。もう一人はまだ若い金髪の男だ。西洋の顔立ち。まだ下っ端だろう。彼女はどうやら景品並みの扱いを受けているらしい。周りは囃し立てていた。


「おう、クソガキ。この俺に喧嘩売ったこと、後悔するんだな。安心しろ、あの世に行けとまでは言わねえよ。でも、腕か足はもらうぜ」


 ふふっと金髪の男が笑った。


「お前、それ自分に言え」


「どーでもいーから縄をほどいてーっ!食い込んで痛いのよーっ!」


 男達は彼女の声など無視して、喧嘩にばかり目を向けている。アルダンは彼女を助ける気はさらさらなかった。以前銀狐にはひどい目に遭わされた。まあ、いい気味だ。うん、なかなか悪くない眺めだし。

 梅鈴がちらりとこちらを見てアルダンに気付き、懇願するような目で見た時も、彼は素知らぬ顔で酒を飲んだ。


 瓶の割れる音がして、ついに喧嘩が始まった。周りで見ていた海賊達も悦びの声をあげながら、お互いに殴りあった。とにかく誰でもいいし、口実は何でもいい。ばか騒ぎしたいだけなのだ。この騒動に巻き込まれるのはごめんなので、アルダンはさっさと隅へ行った。


「てめえ、くたばりやがれ!」


 同時に酒場の隅々で殴り合いが始まった。それにも巻き込まれたくなく、アルダンは安全な所へ逃げた。


「よくもやったな、この野郎!」


 そんな言葉に、罵詈雑言、ガラスの砕ける音、剣のぶつかる音が充満する。


「どーでもいーからさっさとほどきなさいっ!」


 梅鈴が叫んだ。それでも男達は気付かない。その時、誰かが梅鈴の側へ来た。そしてそのまま鮮やかな手つきで彼女をそこから盗み出した。あっと小さな声をあげただけで何らの抵抗も出来ず、彼女はされるがまま、連れ去られてしまった。


「ちょっ、放しなさい、この下衆野郎!放せったら!」


 人のいない路地裏へ連れ込まれ、梅鈴は喚いた。どいつもこいつも男って皆獣―――!

 怒りを抑えてふと見ると、通りから洩れる灯りに見えた顔は、意外に若い男だった。長い黒髪、整った顔。白っぽい着物を着ている。


「待ってろ、縄を切るから」


 彼は小刀を取り出し、縄を切った。その瞬間、彼女は流れるような仕草で小刀を奪い、彼の腕を刺した。彼は驚いている。そして、小刀の刺さった右腕を見て言った。


「ったく……折角助けてやったんだぜ?ここまでしなくてもいいだろ……」


 彼は小刀を抜き、縛って止血した。

 彼女は自分の手首を見た。手首は真っ赤というよりも、ほとんど紫色だ。あの野郎共、力一杯やりやがって。加減しやがれ。梅鈴は心のなかで悪態をついた。そして、目の前の海賊を改めて見てみる。

 なんか……今までのと、違う……?


「あの……助けてくれてありがとう。……ごめんなさい」


 彼は彼女をちらりと見て笑った。


「気にすんな」


 慣れた手つきで止血を終え、彼は梅鈴に向き直った。


「俺が助けたかったから勝手にやったことだ」


「……どうして助けてくれたの?」


 彼はうーんと唸って考えた。


「さあ……あんたがちょっとお袋に似てたからかな……。名前は?」


 梅鈴は驚いた。今まで男共は彼女の髪を見ればすぐ言ったものだ。玉蘭の銀狐、と。


「梅鈴。白 梅鈴よ」


 彼は満足そうにした。


「あなたは?」


ウェイ 小瀧シャオロンだ。……あんた、綺麗な名前だな。俺とは正反対」


 濊の字は穢れた水という意味だ。なぜこんな名前なのだろう。だが、聞いてはいけない気がして梅鈴は何も言わなかった。だいたい、会って間もない人間に何を言う必要があろうか。

 彼は髪を掻き上げようとして、手の傷に顔をしかめた。


「ご、ごめんなさいっ!ほんとに……」


「いいよ、小刀取られるほどぼけっとしてた俺も悪い」


 だが梅鈴には申し訳なさが残っていた。だから、ついこんな発言をしてしまったのだ。


「私に出来ることならなんでもするから……」


 すると今まで大人しくしていた黒髪の海賊は、急ににやりと笑った。


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