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紫星海風伝  作者: 沖津 奏
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五、濁流決決

 ある夜のことだ。雲花ユンホワと母の紅榴ホンリュウはいつものように二人で薬を作っていた。


「ああ、駄目よ。もっと優しく混ぜて」


「分かってるよ。『皆が治りますように、笑顔になりますように』って思いながら作るんでしょ」


「そうよ。これが一番大切な薬なんだから」


 すると、雲花は少し俯いた。


「その『皆』ってさ……父さんも入っているの?」


 紅榴は答えることが出来なかった。

 すると突然、辺りが急に騒がしくなった。最初、二人は酔っ払いの喧嘩だと思った。けれど、だんだん騒ぎが酷くなるし、声が近付いてくる。

 何事かと紅榴が扉を開けようとした時、警鐘が打ち鳴らされた。


「海賊だーっ!」


 人々の悲鳴が上がる。そこら中で扉を閉める音、武器を持つ音がした。紅榴も慌てて扉を閉めた。中から錠をさし、開かないようにする。灯りも消して、彼女は刀を持った。

 すると、扉の前に二、三人の人影が見えた。扉がガタガタと揺さぶられ、開かないと見るやいきなり彼らは扉を足蹴にした。ミシッと音を立て、木の扉が歪む。


「雲花、そこの籠へ入りな!」


 紅榴が言う。迷っていると、早くと急かされ、彼は薬入りの竹籠へ飛び込み、中から蓋を閉めた。同時に扉が蹴破られた。立派な格好をした、がっしりした男が立っている。


「探したぜ、紅榴……」


 聞き覚えはない声だ。だが、なんだかすごく嫌な声だった。

 紅榴は刀を抜こうとした。だが、男の方が一瞬速かった。彼女の手を蹴りあげ、刀は部屋の隅へ飛んでいった。


「悪あがきはよせ」


 男は紅榴の方へ歩み寄った。紅榴は後ずさりする。しかし狭い部屋の中だ。簡単に追い詰められた。


「紅榴、来い」


 海賊は紅榴の肩に手をかけた。すると紅榴は彼の手を引っ掻いた。


「おやめ!その汚い手を放しな!」


 海賊は一瞬戸惑った後、彼女を床に押し倒した。そして乱暴に着物を剥ぎ取る。紅榴の白い肌が見えた。


「いやああああっ!やめて、やめて!覚悟しな、あんたの首ちぎってやる!」


 だが男は構う様子もなく続けた。すると、紅榴は男の手首を思いきり噛んだ。男が短い悲鳴をあげ、紅榴をぶった。続けざまに幾度か殴る。紅榴は動かなくなった。

 雲花はそれを竹籠の隙間から見ていた。彼は自分の手首を血が出るほど噛み、声を堪えていた。

 紅榴は男の陰になって見えない。だが、彼女の白い足が男の顔を蹴りあげるのが見えた。


「このアバズレめ!」


 そう罵り男が振り上げた手には、きらりと光るものがあった。振り下ろした時、鈍い音と、女の声のようなものが聞こえた。雲花は声を殺し、目を閉じた。彼の手首は唾液と血でぐちゃぐちゃだった。


「おい野郎ども、金目のもんを持って行け!」


 その声とともに、彼の家は荒らされた。籠をひっくり返し、棚の中身をぶちまける。


「お頭、これは何かな」


 海賊の一人が雲花の隠れている竹籠へ手をかけた。どうか開けられませんように、このまま立ち去って下さいと彼は心の中で願った。


「さあ、だが薬だ。売れるぞ。そのまま船へ持ってけ」


 アイ、と声がして竹籠が持ち上げられる。重いな、という海賊の声がする。雲花は必死で黙っていた。




 どうやら着いた先は船のようだ。暗い部屋の隅に籠は下ろされ、男達は籠から手を離した。隙間からそっと様子を伺うと、まだ辺りに人はいる。とても出られない。雲花はじっとしていることにした。闇に目が慣れ、籠の底を見てみると、そこには小刀があった。薬を作るために入れていた母のものだ。赤い木で出来ていて、花の模様の螺鈿細工がある。女物の小刀だ。雲花はそれを握った。


 どうやらとりあえずは大丈夫そうだと気が緩んで眠っていたらしい。彼ははっと目を覚ました。なんだか床がぐらぐらする。規則的に揺れている。

 まさか……船が出た!?

 その時、男達の声が近付いてきた。次々に荷物が甲板へ運び出され、並べられる。雲花の隠れている籠も運び出された。どうやら中身を確認しているらしい。汗ばんだ手に小刀を握り、雲花は構えた。


「しけてるぜ、ろくなもんがねえ」


 昨日の男の声だ―――!

 蓋に手がかけられた。次の瞬間、雲花は小刀を片手に飛び出した。一気に視界が明るくなり、目眩と頭痛を感じながらも彼は男を飛び越した。しゃがんでいる男の背に回り込み、首を狙う。男は驚いて振り向き、腰の刀に手をかけた。


「母さんの仇!」


 雲花は叫んで小刀を突き出した。だがそれは男の手にある刀で防がれた。男がにやりと笑う。そして彼は雲花を蹴飛ばし、殴り、仰向けに倒れた雲花の首もとを踏みつけた。


「なんだ、ガキ。この俺に何用か」


 雲花は苦しそうに黙ったまま、男を睨んだ。男は少し不思議そうにしていたが、またいやらしい薄ら笑いを浮かべた。


「そうか……母さん、か。貴様、紅榴の息子か。あの冷酷王との不義の子!え?災いの子がなんだってこんな所にいるんだ?」


 竹籠をちらりと見やり、彼は独り言のごとく続けた。


「そうか、紅榴に言われたんだな?隠れろと。運悪く連れてきちまったわけか。残念だなあ、ガキ。あのまま南門ナンメンで見つかってたら、母さんの傍で死ねたのになあ?」


 涙目で雲花は海賊を睨む。その海賊は玉蘭ユイランの着物を着ていたが、顔立ちは西洋のものだった。茶色いウェーブした髪に、薄い青の瞳。

 彼は足をどけた。


「おい、殺しとけ」


 男は冷たく言い放った。そして、そのまま去ろうとした。


「ま……待って!」


 雲花が叫ぶ。男が振り向いた。なんだ、と訊ねる。


「俺を……ここに置いてくれ!」


 海賊達が驚いて雲花を見た。


「お前は何が出来る?教えれば戦うのも出来そうだが。さっきのはまあまあだった、その年にしてはな」


 冷たい視線に怯えているのを隠すように、雲花は言った。


「薬だ!俺は船医が出来る。体術と剣術は我流だ……見よう見まねでやっていた」


 男は考えた後、はっきりと言った。


「……いいだろう。ここに置いてやる。……お前の目的はなんだ?」


 雲花はぐっと唇を噛んだ。


「もっと強くなって……いつか……いつかお前を殺す。母さんの仇を討つ」


 海賊は高笑いした。


「見上げたクソ度胸だ、ガキ。……悔しいか?」


 男は至って真面目な顔で訊ねた。


「え?悔しいだろう。別にいいんだ、悔しくってもそれは恥じゃない」


 回りの海賊達はただただ見いっている。


「俺の名前はアルダン=ラスツァだ」


 アルダン―――アルダン=ラスツァ!あの、とんでもなく大きな海賊組織の頂点に君臨する海賊王!

 雲花は目を見開いた。


「俺は……」


 言いかけた雲花を彼は制した。


「まあ、俺が怪我した時はせいぜい頼むぜ?ウェイ 小瀧シャオロン?」


 濊 小瀧―――それがこの瞬間から彼の名になった。



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