十六、清光中之火燼
それから暫く後、シャルトレーズ側の勝利で決着はついた。アストレーズとカルディリアはかなりの満身創痍らしい。
しかし、海賊達も被害を受けた。スパイの逮捕という名目で、政府は海賊を強引に取り締まった。海賊でない者も捕らえられ、処刑された。
ある夜、彼は船長室に籠って仕入れた薬草を丹念に手入れしていた。すると、扉をノックする音が聞こえた。誰だと問うと、ラクスが返事をした。
「頭、あんたに会いたいって奴がいる。……あんたの、親父さんだぜ」
雲花の手に握られていた小瓶が落ち、粉々に砕け散った。破片が灯りに煌めく。中に入っていた丸い種は、床に転がった。
彼の目は見開かれていた。
「あいつ……また来たのか……!また、壊しに!」
手が震える。ふと顔を上げると、窓に自分の顔が映った。
情けない―――怯えを前面に出して隠れようとする―――これは、獲物の顔だ。
腰の刀を握り、彼は足音をわざと立てて荒々しく出ていった。
「雲花」
シャルトレーズ国王アイオロス五世が低く唸る。だが、覇気がない。掠れた、年寄りの声だ。暗闇のなかでよく顔が見えず、雲花は疑問を感じながらもなにも言わなかった。
「不覚であった……奇襲を喰らい、このザマよ。私は王位をアラルに譲ろうと思う……お前の弟だ」
雲花は何も言わない。ただじっと、闇に目を凝らす。
「私はもう、動けなくなる……だから、どうか……あいつを助けてやってくれ……」
その言葉を耳にした瞬間、雲花は思わず刀に手をかけた。歯を食いしばる。
なぜ。なぜ俺の父はこんなことをする。こいつは本当に人間なのか?それでも許せと?なぜ―――。
だが、ふと思い直した。そして、小さく言った。
「去れ。ここはお前がいていい場所じゃない」
「頼む、私はいくら恨んでも構わぬ!恨まれて当然と思っておる!だがアラルだけは……」
王はその後の言葉を言おうとしたが、洩れるのは呻き声だけだった。従者が急いで王に駆け寄り、肩を支えた。従者はアイオロス五世を連れ、その場を去ってしまった。
経験から、雲花には分かった。もう親父は駄目だ。運が良ければ「生きる」ことは出来るかもしれないが、今までと同じようにはいかないだろう。きっと、シャルトレーズの王はすぐにでもアラルになる。血を分けたはずの、自分の弟に。
「神様って、ほんと……根性ひん曲がってんなぁ」
俺のがよっぽど人間出来てるぜ、と彼は呟く。
父を恨んでいる。できればこの手であの老いぼれた獣の首を絞め上げるつもりだった。なぜ、弟はあんなに愛することができるのに、俺は駄目なんだ。一夜の仮寝とはいえ、母に惚れたあの男は、なぜ母子そろって道端に打ち捨てた?
そこまで考え、彼はゆっくりと目を閉じた。
なんだ、そんなの。簡単だ。俺のせいじゃねえか。俺がいたから、母さんは捨てられた。誰も悪くない。誰も……。
静かに開かれた雲花の目から、涙が一筋流れ落ちた。
戦争だって、所詮他人事。こうしてアストレーズで酒の密売をすることで儲けられた。損得勘定のほんの一部分。だが、なぜこんなにも胸が苦しいのか。息をするたび、締め付けられるのか。そして、なぜそのたびに弟の影が見えるのか。全てを手にした弟を、恨むことすらできない。
「分からねえよ、分かるわけねえだろーが……」
歪んだ口許から言葉がこぼれる。
「何が分からねえんだって?」
ラクスの声がした。振り替えると、彼はワインボトルを手に近づいてきた。飲みかけがまだ半分ほど溜まっている。
何が分からねえんだ、と海賊がもう一度問う。雲花は目を逸らして呟いた。
「生きる意味」
ラクスは一瞬ぽかんとし、呆れたように鼻で笑った。雲花が空っぽの頭でラクスを睨む。もう、何に対して腹が立つのかも分からない。
「別にさ、頭。生きる意味探すために生きてるんじゃねえだろ。俺なんか、好きなもんのために生きてんだぜ」
好きなもんってなんだ、と雲花が尋ねる。
「んー?そうさなぁ、酒と女と自由……それから海と、あんただ、頭」
雲花がまっすぐにラクスを見つめた。変な意味じゃないぜ、とラクスが笑う。
「頭。俺はあんたの生き方が器用だたぁ思わねえ。羨ましいとも思わねえ。けどな、嫌いじゃないぜ。堕とされて、血塗れのまま這いずり回る。あんたは知ってるんだ。自分に光が当たらないことを。暗闇のなかでしか息が出来ないことを。……俺はあんたみたいには生きられなかった。光を求めた。傷が増えただけだった。諦めたんだ。だがあんたは諦めじゃねえ、受け入れたんだ。だから、あんたの生き方に俺は救われたんだ」
ラクスの過去―――聞いたことがあるが、忘れた。だが、憧れるような生い立ちではかった。
「なんで受け入れたって言えるんだ」
ラクスがふっと笑った。
「そりゃあ、あんたが決めてるからさ。弟を守るってな」
びっくりして雲花が尋ねた。なんで分かった、と。
「顔に描いてあるぜ。……俺には出来なかったからよ、あんた見てると解放される気がするんだわ。昔の自分から……。だから俺はあんたのこと、好きだぜ」
遠くを眺めてラクスが言う。雲花は目を逸らしたまま口を固く結び、そしてそのまま時が経った。




