十三、流星光底之宴
近ごろは不穏な空気が漂う。海賊達に国家や政治は関係ないが、嫌でも巻き込まれることだってある。
カルディリア、アストレーズの二つの王国が手を組み、力をつけつつあるシャルトレーズ王国を早いうちに潰そうとしているのだ。カルディリアを率いるのは狼心王と噂されるカヴール二世、アストレーズを率いるのはロアノーク五世、そしてシャルトレーズを率いるのは雲花の実の父であるアイオロス五世だ。
そのぴりぴりした空気の中、雲花はシャルトレーズの南側にあるガカダンピカに着いた。丁度エートスに用事があり、珍しい品物もあるかもしれない、と彼の頭であるアルダン=ラスツァが立ち寄ってくれたのだ。だが彼ら海賊達は、シャルトレーズ王国が密かに海賊討伐計画を立てていたのを知らなかった。もちろん、裏で糸を引いている人物も知らなかった。
「狗、てめえは狐狩りかい」
アルダンが面白そうに訊く。雲花は少しの時間も惜しそうに言った。
「どうしても会わなくちゃいけないんだ、お頭。俺、行くから」
駆けていく彼の背中を見て、乗組員の一人がアルダンに囁いた。
「頭、なぜあんなにあのガキを信用なさるんで?あいつにゃあシャルトレーズ国王の血が入っている。もしかしたら狐狩りなんて口実で、親父に俺らを密告して、あわよくば謝礼金や地位を手にしようなんぞ……」
「よせ、つまらんことを。あいつはそんな奴じゃねえさ。あいつは……根っからの悪人じゃねえんだからよ」
ふと目をやると、憐れな狗は雑踏の中に消えていた。
雲花は露店の集まる通りを歩いていった。人が集まるところなら、梅鈴か、彼女に馴染みの者がいるかもしれないと思ったからだ。だが、一休みした時に声をかけてきたのは、薬を売りながら占いをしている老婆だった。老婆と言っても健康そうで、腰は曲がっていない。
「占ったって、払わねえぞ」
雲花が冷たくいい放つと、老婆は気味悪く笑った。
「いらないさ、これは私の気まぐれだからね」
アストレーズ訛りのシャルトレーズの言葉で彼女は喋った。雲花が逃げる前に、彼女は彼の左手を掴み、占いを始めていた。
こんなことしてる場合じゃないんだけど、と彼はため息をこらえた。
じっくりと手相を眺めた後、老婆は枝のような指で、いきなり彼の掌の皺をなぞった。くすぐったさに、雲花は手を急いで引っ込める。
「何しやがんだ、婆さん!」
手をこすりながら彼は悪態をついた。だが老婆は相変わらず薄気味悪く、笑うこともしない。その代わり、雲花の顔を見つめてひどく低い声で呟いた。
「不吉の相だ。不吉の相が出ておる」
雲花は眉間に皺を寄せ、老婆を睨んだ。黒い長髪が風に揺れた。老婆は臆することもなく喋り続ける。
「災いの子、孤独の呪い。あんたは誰かに、生きていることを憎まれてる。一人の怨みじゃない……もっと多くの……生きていることを……」
「閉嘴!別開玩笑!不関你的事!(黙れ!でまかせだ!お前に関係ないだろ!)」
雲花はもう振り返りもしないで駆け出した。雑踏の中に紛れ込む。
分かっている。言われなくたって知っている。誰も自分のことなど見向きもしない。消えても分からない命だ。
二つ離れた弟は、同じ父を持ちながら、一国の王子としてちやほやされている。知っている。その父親が自分を疎んでいることも。海賊からだって、王族のくせにと蔑まれる。海賊と貴族、どちらの人間でもない。
決して生きていることを祝福されることはないことは、分かっている。だが、ただ一人、信じたかった。ここにいていいのだと、彼女の隣が自分の居場所に違いないと。
すっかり日が暮れてから、彼はようやく港で梅鈴を見つけた。妹が亡くなったショックのせいか、少しやつれている。銀の髪も心なしかくすんでいるようだ。だがそれがかえって彼女の魅力となっていた。
「リーラ…あの殺し屋海賊女?へえ……死んだの。天罰じゃないかしら?」
「梅鈴……!」
嫌味ったらしく言い放った彼女を軽く叱責するように、雲花が彼女の名を呼んだ。
「だってそうでしょう!?私のたった一人の妹を、勝手に殺しておいて!」
「だからリーラを殺したのか!?」
「知らないわ!」
雲花は黙った。冷静になろうとする。だが、彼は頭に血が上っていた。まともに考えられない。
「じゃあ他に誰がリーラを殺れるんだよ!」
「私を疑うっていうの!?」
二人とも肩で息をしている。悲しみと憎しみに満ちた瞳がぎらぎらと光っている。
「最低……私が信じれないの……?そうよ、出来れば私があの女を殺したかった」
「しらを切るのか」
辺りの人々―――海賊が、興味深そうに彼らを見ている。あまりの緊迫した状況に、誰一人として他に平行して起きていることに気づかなかった。
「なんと言われようと、いいザマとしか思わないわ。それに……桃鈴を殺したのは、あんたじゃないの?」
「……は?」
見に覚えのないことに、雲花は固まった。梅鈴は先程の呆れたような態度から、憎しみと軽蔑をはっきりと見せた。




