十二、漏露黒笑
その知らせを聞いて、一人の男は声をあげた。ぼろぼろの白っぽい着物の上に鎧をつけた黒髪の若い海賊、雲花だ。彼の前には情報屋の男がいた。彼らは玉蘭の港に浮かぶぼろ舟に、さらに簾で中を隠して話していた。
「嘘だろ、それ……」
なかば冗談を吹き飛ばすように呟いたのは、雲花だ。情報屋の男は首を横に振った。
「いや、現実だ」
「嘘だ!」
叱責するように雲花は小さく怒鳴った。そして、手で顔を覆った。彼の口からなんともいえないか細い呻きが漏れた。
「嘘だろ……リーラが殺されたとか……信じらんねえ……」
情報屋も気の毒そうな顔で眉をひそめ、下を向いた。
「まあ……あいつは恨まれる筋なら尽きねえからな……」
彼女を消せる者はいないと信じられていた。だが、これからはそれ以上の腕をもつ者を恐れなければならない。どこの誰かも分からないものを。
リーラは有名な殺し屋ではあったが、なんでも仕事を引き受けるわけではなかった。必ず仕事を選ぶ。以前は、暴利を貪るどこかの市長を消したとも噂されていた。だから彼らは彼女を無理矢理排除しようとはしなかった。
「だが一つ……面白い情報がある。買うか?」
眉をひそめたまま、情報屋は雲花を見た。相手は頷き、素直に銀貨を二枚渡した。
「銀狐だ。あいつの妹の桃鈴って名の娘がな……殺されてるんだ、割りと最近の話だ。なんか心当たりはねえか?その……手口が、リーラのものとよく似てるってことなんだが……あいつがその娘を殺る正当な理由がどこにもねえんだ」
だが、リーラの殺し方は独特だ。他に目だった傷を一切つけず、抵抗させることなく首を一文字に切り裂く。誰にでも出来るものではない。
今回その桃鈴という娘は、首を切られた後に、さらに残虐に捻り潰されていたらしい。性別の判別もつかないほどだったという。
「じゃあ……梅鈴が、妹を殺された報復にリーラを……殺したっていうのかよ……」
瞳を僅かに潤ませながら、雲花が言った。
こいつでも他人のために泣くのか、と内心驚きながら、情報屋は雲花を諌めた。
「落ち着け、冷静になれ。手口が少々残虐なのと、理由がないのが腑に落ちない。リーラが殺って、銀狐が殺ったとは限らない。その妄想は捨てろ」
ぐっと唇を噛み、雲花は言葉を堪えた。だが、拳を強く握りしめ、そっぽを向いた。彼の長い髪が顔を隠す。表情は分からない。
「誰が桃鈴を殺すよう依頼したんだ」
その問いかけに、情報屋は首を横に振った。
「娘を殺したのがリーラとも分からねえ。なのにそんなもん、分かるわけねえだろ」
雲花はいらついたようなため息をついた。情報屋も気分を害したかのように顔をしかめたが、彼はあまり感情を露にせず、キセルに火をつけにかかった。
それから幾度か言葉を交え、その度に情報屋は雲花の妄言を諌めなければならなかった。だが、彼の目は何かひとつに狙いを定めたように宙を見つめていた。情報屋の忠告など、耳に入るわけもない。
情報屋の男のもとから立ち去り、雲花は昼なのに薄暗い路地に立ち尽くした。腕を組み、腐りかけた壁に体重を預ける。
どうして、リーラが。どうして彼女が桃鈴とやらを殺してしまったのか。それよりも怒りが沸き起こるのは、リーラが死んでしまった事実だ。もし彼女を梅鈴が殺めたなら―――いや、きっとそうに違いないが―――梅鈴を許すことはできない。
ふと組んだ腕に、梅鈴につけられた傷があるのが見えた。すると彼は自嘲気味に笑った。
こんなにも事実が痛いほどなのに、まだ彼女が気にかかる。愛しいと思うのと同じくらい、恨めしい。どちらが本当の気持ちか分からない。どうしていいかすら分からない。だったら、簡単に済ませたい。感情に身を委ねて動きたい。
そうだ、彼女に会って話を聞けたら、誰が桃鈴を消すよう命じたか聞こうか。
彼はそっと刀の束に触れた。相変わらず口許は笑っていたが、目は真っ直ぐに前を見ていた。
「狗とかいったな……銀狐を盗んだ野良犬め。……銀狐も……今頃、どうしてっかなぁ」
静かに呟くのは金の髪の若い海賊だ。
「ジル、情報は入ったのか。てめえに全部任せたんだからな。きちんとドブネズミと狐を殺すか捕らえるかしろよ」
彼の独り言に割って入ったのは、ひげを生やした体格の良い男だ。キャプテン、と海賊が親しげにする。
「まあ見ててくださいよ。あいつら、今は俺の手のひらでシナリオ通りに演じてくれてるはずなんでね……もちろん、情報屋の男が言ってたことが本当なら、の話だけど」
キャプテンと呼ばれたその男がむっとする。
「あいつは俺の部下みたいなもんだぞ。嘘など持ってこんさ」
そう、ならシナリオ通りに進んでる、とジルが返す。それを満足げに見ると、キャプテンは去っていった。後には恍惚とした笑みを湛えたその海賊だけが残された。
幸いにも狗は玉蘭にいると情報屋が言っていた。まさに神の導きとしか思えないタイミングだ。ここへ来るまでに銀狐にも運よく会え、予想通り、彼女は狗の居場所を尋ねてきた。ただし、帰って来たらお前の首も落とすと罵られたが。
「悪かったな、いつかはよ。てめえの獲物をかっ拐っちまってよ」
荒くれものばかりいる酒場で口を開いたのは雲花だ。隣には薄ら笑いを浮かべ、構わねえさ、と答えるジル=エグモントがいた。
「狗らしくていいんじゃねえの」
雲花は少し顔をしかめたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「梅鈴を知らねえか、どこにいるか」
エグモントは笑い出したいのを堪え、訝しそうに彼を見た。
「どうしたんだよ」
「別に。話があるだけだ」
大将色男だねえ、と言うと、彼は嫌そうな顔をした。その話は恐らく恋の話ではない。桃鈴とリーラ殺しの話だろう。
「ガカダンピカだ、シャルトレーズの。間違いねえよ、なにしろ二日前に会ったとき、銀狐自身がそう言ってたからな」
そうか、と短くつぶやくと、雲花はテーブルに銀貨を一つ放り投げ、店を出た。あとに残されたエグモントは、本気で笑いたかった。
なんと単純な。こうもシナリオ通りにことが運ぶと少し怖くなるが、彼らの行動が全て計算通りだと思うと、もはやそういう運命にすら思えてくる。
「ほんと……馬鹿って扱いやすいねえ。……ま、俺も早いところシャルトレーズに行きますか」
彼は嫌な微笑みのまま、ボトルで酒を煽った。




