ごはんにしようか
休日にやることと言ったら、いつもより少しだけ長めの睡眠とためてしまっていた洗濯だ。清々しくって気持ちいい、洗い立てのシーツの匂い。心地いいものだけれど、どこか他人行儀なヨソヨソしさも感じられる。肌にふれるたび妙にくすぐったい。それが三日も経つと… 不思議、自分の匂いに馴染む安らぎ。いい感じにスタートできたのかもしれない。休日を。そして、ひとりの時間を。
キッチンでがちゃがちゃやりはじめると決まってやって来る。やって来てくれる。手伝ってくれることはないけれど、そばで見守ってくれる。それがわたしには心強く、その気持ちに応えるべくおやつに手が伸びそうになるのをぐっとこらえる。わたしの足元では犬の「おでん」が、見上げるようにわたしを見守っている。踏んでしまわないようにと場所を移るときに一度、下を確認するそれが「おでん」としては、こっちを見てくれた、うれしい、と思うようで、そのたび甘い声でささやくように鳴いて聞かせてくる。冷蔵庫の上ではねこの「さばみそ」がくつろいでいるのか監視してるのかわからないのだけど、とにかくわたしの見えるところにいてくれるのがステキでならない。ふたりとも晩ごはんの支度を見守ってくれてるのか、おこぼれにあずかろうとしているのか、真意をはかることはできないけれど、同じ空間にいてくれることがわたしには心の頼りになる。
野菜や肉を切りながら考えるのは、これからしようとする料理の完成風景でも、食事シーンでもなく「おでん」や「さばみそ」との過去の楽しかったことやこれからあるであろう物語についてでもない。といって、決まってこれを思うというものもない。たいがいはどうでもいいことで、そのどうでもいいというのが大事でもある。それなりに時間を費やせて、でものめり込むのでもない、そのバランスがちょうどいい。
ごぼうをささがきにして水につけておく。こんにゃくは包丁で切るんじゃなくってスプーンで千切っていく。大根とニンジンをイチョウに切って鍋で火を通していく。そうしながらも肉を切り分け、切ったそばから鍋に入れていく。火が通ったかなあというところで水を足す。頭のなかでのイメージはすんなりと滑らかな動き、実際はあたふたとぎこちない。ああ、あれ出してなかった、冷蔵庫に向かおうとして、その前に下を見て「おでん」が目を輝かせる。冷蔵庫を開けても「さばみそ」は興味があるのだかないのだか。自分のための料理なら、いくらでも気持ちは入っていく。おいしいものを食べたいという欲求に、わたしは素直になれるから。
あれはつくり甲斐のない男だった。おいしいよ、とたいしておいしいふうでもないように言うのが芸術的に上手な男だった。楽しいときも、うれしいときも、心をフラットに保つことを義務とでもしているようでいつでも哀れに映った。外見はまあまあよくて、背も高くて、清潔感もあって、でもなかなか彼女ができなくて、できてもすぐダメになってしまって。それはそういうとこなんだろう、と納得がいった。それでもそんな男と付き合った。自分でも不思議になってしまうくらいに。
本を読んで泣いたことはなかった。本を読んで泣こう泣こうとそっちのほうに無理して気持ちを持っていったことはあった。そのとき、なんかいいなと思ってた男子が話してた小説を読んだときだ。その男子に教えてもらったんじゃなくって話してるのがたまたま聞こえてきて、それでわざわざその日の帰り本屋で見つけた。その本を教室で読んでたらその男子が話しかけてくれるかな、不純な動機と期待を含んで読んでたんだった。
―それ
目の前が学ランの色で暗くなる。やった。釣れた、と思った。顔を上げてみると目当ての男子じゃなかった。
―借りたの?
がっかりした顔にならないように気をつけながらわたしは答えた。
―違うよ。自分のだよ。
とか言ったのかな。
―読み、終わったら… そ、の… あ、の…
その男子は、女の子みたいにもじもじしていた、精神的な意味で。
―読む? いいよ
―あ、りがと
それがあの男だった。
あのときの気持ちはよく覚えていない。結局、その本を読んで泣くことはなかった、そのことなら覚えている。なんでそんなことしたんだろう。あの男がわたしから本を借りて、あの男が読んで泣いて、わたしも泣いちゃった、とか言いたかったのだろうか。そんなキャラでもないくせに。なんで、そんなこと。
男はフジムラという名前だったと思う。下の名前を知らないのは呼ぶことがなかったからで、ずっとわたしは「フジムラくん」と呼んでいた。フジムラくんは貸してあげた本をありがとうも何も言わないで返してきた。ある日、休み時間が終わって席に戻ったら、あの本が置かれていた。それだけだった。なんだよ、なんだよ、と思って家に帰って本をぱらぱらやったら紙が落ちてきた。
貸してくれてありがとう
この本の感想を伝えたいのだけど、なかなかどう伝えればいいのか困ってしまって
だから、お礼に、豚汁のつくり方をここに記します
フジムラくんは、書くと少しは言葉が多くなるのだと知った。
―フジムラくんって料理するんだね
次の日、フジムラくんに声をかけていた。
―え?
心底、驚いた顔をフジムラくんはわたしに見せてきた。
―え、って
―し、ないよ
―だって
―し、しないよ、料理なんて
―あれは? 豚汁
どうやらフジムラくんの料理は、頭のなかでのことで、こういうふうにやったらこの料理ができるんだろうとあれこれ考えることを常としているらしいことがわかった。
切った油あげを入れ、みそを二回にわけてとかし、刻んだねぎを散らしていって豚汁は完成した。あの男に教えてもらったあの男の頭のなかのレシピ通りの豚汁。あの男にも何度かつくってあげたことがあった豚汁。僕の教えたレシピなんだから普通においしくはなるよね、と自慢することも大げさに胸を張ることもなく、たんたんと「おいしいね」とだけ伝えてきた豚汁。
「ごはんにしようか」
ふたりに言うと「おでん」は耳としっぽをぴんと立たせ、せわしなく足踏みをしはじめ「さばみそ」はゆっくりと、やっとできたのかい、とでも言いたげに伸びをしてから立ち上がった。あの本、まだ持ってたよなあ。食べ終わったら、さがして引っ張り出してみようかな。今度は本気で泣けるかもしれない。そう思いながら口にした豚汁は、やっぱりあたり前においしかった。




