8.近衛魔術師
「そなたを、私の近衛魔術師に任ずる。」
そう告げる第二王子殿下の瞳をステラは思わず正面から見てしまった。
(わ、私が…む、む、無理です…!!)
心の中では一生懸命否定しているけど、殿下の人を従わせるような不思議な声で命令されて、ステラは口をパクパクとさせるだけで何の声も出せなかった。
「ヴァレン殿下、恐れながら申し上げます。
私の娘は学院に入学したばかりの未熟な学生です。
殿下が近衛魔術師をご所望ならばすぐに適任を配置させますゆえ、お取り消しください。」
父が厳しい口調で第二王子殿下に告げる。
そうだ、近衛魔術師になるということは王国魔術師団の一員に、父の部下になるということだ。
長年の夢が叶うことに一瞬心が揺れたが、こんな形で叶えるものではない。
「たしかに学院に入学したばかりではあるが、近年に稀に見る好成績での首席入学と聞く。
そして王国魔術師団でも類を見ないほどの圧倒的な魔力。あの場にいた者なら納得するだろう。
それに前例がないわけではない。
それはそなたが一番知っているはずだ、アルカニス魔法伯。」
父も王立魔法学院一年生の時に、当時は王太子だった国王陛下に才を認められて近衛魔術師となり、王国魔術師団に入ったのだ。
「…それはそうですが。
しかし娘は社交界に疎く、殿下と話すだけでこの調子です。とても近衛魔術師は務まらないかと存じます。」
本当にその通りだ。
ステラも父の横でブンブンと頷く。
「私と話すことなどすぐに慣れる。
近衛魔術師ならば私と同じ寮で暮らすことになるから…四六時中一緒にいれば嫌でも慣れるだろう。
私の護衛であれば社交も必要ない。」
第二王子殿下が少し表情を崩し、からかうような表情で私を見た。
学院は全寮制で、男女で寮が分かれている。
ただ、第二王子殿下は警備の関係で別の建物で暮らしていると聞く。
(あ、殿下ってそんな表情もするのね…って、いやいやこんな美形な第二王子殿下と一つ屋根の下なんて全国のご令嬢に呪い殺されるわ、無理無理無理。)
「で、ででで殿下、わ、わ、私にはと、と、とても務まりませんっ!」
あまりに動揺して思わず声が裏返ってしまった。これでは何を言っているのか伝わらないかもしれない。
殿下の横に座るレオナルドはずっと硬い表情で話を聞いていたが、初めてぶふっと表情を崩して笑った。
「っ…それに、ご令嬢を守るには、私の側にいるのが最も安全だ。
それもそなたが一番よくわかっているはずだ、魔法伯。」
第二王子殿下にも笑われた気がする。
そしてまた有無を言わさない声で父に言う。
こんなことになるなんて。
逃げ出したい気持ちだが、腰はとうに抜けて立ち上がれそうもない。
「……取り消してもらえそうにありませんね。ただ、父親として申し上げますが、大切な娘です。
夜間の同室は決して認めません。」
なんだか論点がずれている気がする。
父も殿下の説得を諦めたようだが、本当に、ステラが第二王子殿下の近衛魔術師に、父の部下になるんだろうか。
自分が近衛魔術師なんてとても無理な気がするけど、夢がこんなにもあっさり叶っていいのだろうか。
「お、お父様…私に務まるのでしょうか…。」
「ステラ、お前は私の自慢の娘だ。どこに出しても恥ずかしくない。…それが王族の御前であっても。
それに、師団長としては優秀な才能をこの手に囲うのは当然だ。
いずれこちらから誘おうと思っていたんだよ。」
「お、お父様…っ… 」
ステラの夢を知っていてそんなことを考えてくれていたことに感極まり、第二王子殿下の前なのに涙が滲みそうになる。
「では、いいね。
そなたはこれより私の近衛魔術師だ、ステラ・アルカニス。」
胸を震わせるその声で言われて、ステラはその場で跪き、胸に手を当てる臣下の礼をとり頭を垂れた。
「この命を懸けてお仕えします。ヴァレン第二王子殿下。」
「ステラ、大丈夫かい?」
父と二人で応接室を後にして、無言で歩いていたが、鐘楼棟を出たところで声をかけられた。
「…正直、何がなんだかわけがわからないし、怖い…です。でも、夢が叶ったので…嬉しいっ…ふっ…」
緊張の糸が解けて、溢さないよう我慢していた涙がボロボロと流れ出る。
「ステラは私の自慢の娘だからね。
この歳でヴァレン殿下の近衛魔術師なんて、また一つ自慢が増えたよ。」
優しく微笑む父に耐えきれず、抱きついて声を出して号泣する。
「お、お父様は…っ、ご不安ではないのですか…?
私が、こ、近衛魔術師なんて…お父様のぶ、部下になる、なんて…っ」
「ステラみたいなすごい魔力と才能を持った子が部下なんて、光栄以外の何物でもないよ。
父様は運が良いな。かわいい娘がいるだけでも幸せなのに、優秀な部下を手に入れるなんて。」
父は本当にすごい人だ。
いつだってステラを大きな愛情で包み込んでくれる。
「わ、私っ…お父様の名に恥じない、立派な近衛魔術師になるわ。
絶対に、命に変えても第二王子殿下をお守りする。」
「その意気だよ。父としては命を懸けてほしいとは言わない方が正解だろうが、さすが父様の娘だ。」
小さい頃からいつも聞かされていた。
自分の命は国王陛下と共にある。
何かあったらまず死ぬのは自分だ、と。
でも、王国魔術師団の正装の真っ白なローブは、王国魔術師が血に汚れて死ぬことを許さない。
自分であれ護衛対象の王族であれ、その血の一滴を足らすことを許さない。
それだけの攻撃を与える隙を許さないだけの実力があることの象徴なのだ。
父が着ている王国魔術師団の真っ白なローブを見てその使命の重さに震えるが、ローブに恥じない役目を果たそうと胸に誓った。
「そうだ、これ。父様のお古ばかりで申し訳ないが。」
そういうと父は自分のローブに輝いているたくさんの勲章と徽章のうち二つを手に取り、ステラのローブの胸元、首席の徽章の上に留めた。
王国魔術師団の徽章と、王家の紋章に杖が描かれた近衛魔術師の徽章だ。
「これ、お父様の大切な…。」
「団に戻ればいくらでもあるからね。
でもステラに次いつ会えるかわからないから、それをあげる。
もう学院生活が始まってしまうから、正式な入団式をしてあげられなくて申し訳ないが。
胸を張るんだよ。」
「…っありがとう、ございます。」
父ではなく魔術師団長アルカニス魔法伯として渡してくれたのだ。
ステラは立ち止まり、儀仗を左手に持ち、右手で敬礼をする。
「アルカニス魔法伯の名に恥じぬよう、精一杯務めます。」
「よくできました。」
にこっと笑う父につられて私も微笑む。
「では、私はそろそろ戻るよ。
今日のことを団に報告しなければいけないから。
大丈夫、例の話は内々で処理をする。
落ち着いたらこちらから連絡するけど、ステラも何かあればいつでも頼りなさい。上司だしね。」
「はい、師団長。」
父と二人で笑い合う。
自分のローブに光る、憧れていた王国魔術師の証に、少しだけ自分を誇れるような気がした。




