7.王家の巫女
レオナルドがステラを抱えたまま向かったのは鐘楼のある棟だった。
「あちらで、ヴァレンと君のお父上がお待ちだ。」
「お父様も?レオ様、何が起こっているの…?
私、お父様を巻き込むほど大変なことを…。」
「君は何も悪いことはしていない。着いたらわかるだろう。」
それ以上聞くな、というような口調にステラは押し黙る。
レオナルドに抱えられたまま鐘楼棟に入った。
「あ、あの、レオ様…私、もう歩けます。ここまで運ばせてしまい申し訳ありませんでした。」
「僕がしたくてこうしたんだ。ステラは気にしないでいいんだよ。」
レオナルドにそっと下ろしてもらい、自分の足で歩いて回廊を進む。
「ここだ。」
応接室にしては豪華な扉の前には第二王子殿下の護衛であろう騎士が二人立っていた。
「レオナルド・リュクスです。」
「入ってくれ。」
レオナルドがノックをすると、扉の中から大聖堂で聞いた時と同じ、胸に響くような第二王子殿下の声がして心臓が跳び跳ねる。
護衛の騎士によって扉が開かれ入室すると、応接室の重厚な机を挟んで、王国魔術師団の正装の白いローブを着た父と、学院の黒いローブを纏った白銀の髪に金色の瞳のヴァレン第二王子殿下が向かい合って座っていた。
正面に座っていた第二王子殿下の金色の瞳がこちらを向いていることに気付き、慌てて跪く。
「もう式は終わったし、そんなにかしこまらなくていいんだよ、ステラ。」
レオナルドが声をかけてくれるが、第二王子殿下が座っているのに立ち上がっては見下ろす形になってしまう。
ステラにそのような勇気はない。
「ステラ・アルカニス嬢、楽にしてくれ。」
いつの間にかステラの目の前に来ていた殿下の声が頭上から聞こえ、動揺でよろめきながら立ち上がる。
「顔を上げて。」
また殿下の声がして、先ほどの人を従わせる声ではなく、優しさのこもった響きに思わず顔を上げる。
殿下の金色の瞳に困惑した顔の私が映っている。
またこの瞳と目を合わせることになるなんて思ってもいなくて、恐れ多さに目を伏せてしまう。
「急に呼び立ててすまない。
先にアルカニス魔法伯と話していたところだ。」
「滅相もございません、第二王子殿下。」
声が震えそうになったが、ぐっと堪えて答える。
「ステラ、こちらにおいで。」
父の優しい声にほっとして、殿下に一礼をしてから父の元へいく。
レオナルドは第二王子殿下と共に机を挟んでステラの反対側に座った。
「ステラ、先ほどの宣誓は素晴らしかったよ。
さすが父様の自慢の娘だ。」
「あ、ありがとうございます、お父様…。
でも私ではなく、第二王子殿下のお力です…。」
王族の前で普通に話せる父のことをすごいと思ったが、父は国王陛下の近衛魔術師でもあるので第二王子殿下とも数えきれないくらい顔を合わせているのだろう。
「早速本題に入るが、君は、いつも魔力を制限しているんだね。」
尋ねるように話す殿下は優しい口調だったが、相変わらずステラの心臓は飛び跳ねた。
「は、はい…。領地でこの魔力は目立ってしまうので、目立たないようにひっそりと生きて参りました…。」
緊張のあまり余計なことを言ってしまっているが、緊張と恐怖で思考と言動が一致しない。
「先ほどの魔法を使ったとき、魔力のうねりが生まれたのはわかったね。」
「はい…。」
魔力の波長が噛み合うあの感覚は、父やレオナルドと魔法の練習をしているときには味わったことのないものだった。
「私たち王族が持つ『王家の魔法』を使うための魔力は特殊でね。
普通の魔力同士でも滅多にないことだが、王族が持つ魔力と普通の魔力の波長が一致し、あのようなうねりを起こすことは、ありえない。」
「は、はい…。」
「でも、一つだけ例外がある。
『王家の巫女』と呼ばれる女性がいることは知っているかい?」
「い、いいえ。不勉強で申し訳ありません…。」
私は受験に必要な勉強はしてきたし、貴族として最低限の知識は身につけてきたが、領地に引きこもり社交をほとんどしてこなかったので、一般的な常識には欠けているところがあるかもしれない。
まずかっただろうか、とちらりと父を見上げる。
父は険しい表情をしていたが、私が悪いわけじゃないと首を振ってくれた。
「ヴァレン殿下、申し訳ない。
娘には王家の伝承はほとんど教えていないのです。」
「いや、いいんだ。
民の間でおとぎ話のように語られることはあるが、王家に関わる正確な伝承は国の中枢に関わる人間しか知らないし、普通は知らなくても何の問題もない。」
ステラは不安になって正面に座っているレオナルドを見るが、何かを考え込んでいるのか硬い表情で、目が合うことはなかった。
「『王家の巫女』は、神が王家のために授けた女性と言われている。普通は王家の傍系から生まれることが多く、王家の者のような白銀の髪を持ち、見た目にもわかるそうなのだが…。」
ステラはびっくりして思わず顔を上げてしまうが、父が横目で何も言うな、と訴えているように感じ、また顔を伏せる。
母の「目立たず生きろ」の言葉が身に沁みて、胸が痛んだ。
もしかしたら父も母も、赤子だった私の白銀に近い白い髪を見たときからこうなることを予見していたのかもしれない、と思った。
「『王家の巫女』を神が授ける理由は、『王家の魔法』の番人となり、王家の争いを鎮め、国を安定させるためだと伝わっている。
『王家の魔法』は人の精神を絶対的に操ることのできる危険なものだからね。
『王家の巫女』は『王家の魔法』を止められるほどの圧倒的な魔力を持ち、その波長と呼応する王家の魔力を持つ者が、神に選ばれし王位継承者だという。
ここ二百年以上、『王家の巫女』は現れていないから文献と伝承でしかわかっていないんだけどね。」
ヴァレン殿下が静かに語る話はたしかにおとぎ話のようだが、実際にステラも経験してしまっているし、何しろ本当は白銀に近い白い髪を持っている。
「そして君の魔力は私が『王家の魔法』を使うための魔力と、波長が一致した。
私は、もしかしたら君が『王家の巫女』なのかもしれないと思っている。」
ステラは息を飲んだ。
「そ、そんな…私が…。」
「私も驚いている。アルカニス魔法伯は、私よりもこの事実を受け入れているようだが。」
その言葉に父を見ると、父は少し微笑んで第二王子殿下に言葉を返す。
「私も信じられない気持ちです。まさか私の娘が『王家の巫女』だなんて。何かの間違いではないかと思っています。」
父がつらつらと言う。
本当に、何かの間違いであってほしい。
「あ、あの…た、大変失礼ですが、私も何かの間違いだと思います…。あの、例えば魔力を込めすぎて魔法に変な影響を与えてしまったとか…。」
「私もその可能性を考えています。
一度、魔術師団に持ち帰って検討してみましょう。」
父らしからぬ有無を言わさない口調に内心驚くが、私がその「王家の巫女」だなんて大層なものだったら人生おしまいだと思ったので口は出さないでおく。
王国魔術師団に入りたいのは父のようになりたいからと言うだけで、王族に近づきたいわけでは全くないのだ。
しかも、「王家の巫女」と「魔力の波長が一致する者が神に選ばれし王位継承者」だなんて、もし本当に私が「王家の巫女」だったら王位継承者は第二王子殿下ということになる。
第一王子殿下はどうなるのか。
第一王子派は「王家の巫女」を亡き者にしようとするだろうし、下手したら内乱を起こしかねない。
そんな危険な立場、私には背負いきれない。
「そうか…。」
殿下は考えるように顎に手を当てるが、その金色の瞳はすぐに再び私たち親子を見据える。
「では、その問題は一旦は魔術師団に託そう。
ただし、『王家の巫女』である可能性がある以上、私の庇護下に入れさせてもらう。」
「で、殿下の庇護とは一体…っ」
とんでもない単語にステラは思わず口を出してしまう。
「そなたを私の近衛魔術師に任ずる。」
大聖堂で聞いた、人を従わせるような、絶対にこの人には逆らえないと思わせるような胸に響く声で、ヴァレン第二王子殿下は私に命じた。




