6.入学式
アンデモール先生の先導で大聖堂の入り口に集まる。
「扉が開いたら入場です。
皆さんの晴れ舞台です。頑張ってね。」
微笑むアンデモール先生に目礼して、扉が開くのを待つ。
緊張で崩れ落ちそうだが、父から譲ってもらった儀仗を握り直し、自分に喝をいれる。
もうここまで来たらやるしかないのだ。
目立つのもほんのひとときの話だ。
キィっと音が鳴って大聖堂の大きな扉が開く。
顔を上げて正面を見据えると、来賓席に座った父と目があって思わず微笑む。
父が自慢できる娘であれるように、背筋を伸ばして気合いを入れて一歩踏み出した。
式はつつがなく進行していった。
大聖堂はとても広いけど、一学年の人数が少ないからかどこかゆったりとした雰囲気が流れていて、思ったよりも緊張せずにいられた。
そして、もうすぐ宣誓が始まる。
「それでは、新入生代表による宣誓と王家による『豊穣の魔法』を執り行います。」
祭司の声が響き、ステラは祭壇に向かう。
祭壇中央の魔方陣の側に跪くと、コツコツと静かに足音が近づいてきて、ヴァレン第二王子殿下が魔方陣の中に立つのが見えた。
「面を上げよ。」
朗々とした、胸に響くような声に顔を上げると、学院の黒いローブを着たヴァレン第二王子殿下の濃い金色の瞳がステラを捉えた。
王族と目を合わせるなどとんでもない不敬なのに、なぜかその瞳から目が離せない。
目の前に立つ第二王子殿下は長めの白銀の髪を耳にかけ、背が高く、完璧な美しい顔立ちと神秘的な濃い金色の瞳を持っていて、目の前の者を従わせる圧倒的な威圧感を放っていた。
(これが「王家の瞳」…。)
「王家の瞳」はその名の通り、直系の王族が持つ瞳で、普段は金色をしている。
「王家の魔法」を用いるとき、その瞳は紅く染まるらしい。
その美しく神秘的な瞳に見つめられて思わず息を飲んだ。
「ステラ・アルカニス。我と王国に誓いを述べよ。」
レオナルドと同い年のはずなのに、その瞳や出で立ちからは学生とは思えない重厚なオーラがある。
この人には逆らえない、と本能で感じる。
まぁ王族に逆らうことなんて天地がひっくり返ってもあり得ないけど。
第二王子殿下の言葉で立ち上がると、左手で胸に手を当てる臣下の礼をとり、右手の儀仗を魔方陣に向ける。
普段は抑えている魔力を解放すると、大聖堂がステラの魔力で包まれる。
殿下がはっと息を飲むのが聞こえ、周囲がにわかにざわめく。
解放した魔力を儀仗に込めて、呼吸を整えてから宣誓を始める。
「私、ステラ・アルカニスは第二王子殿下とレクス王国にお誓いいたします。」
一息に言ってから、宣誓の言葉を述べながら魔力を魔方陣に送り込む。
「我が命ある限り、この身と我が持てる力の全てを王国のために捧げ、王国を守らんとすることを誓う。
尊き王家の血と、崇高なみこころをお守りせんと誓う。」
ステラが魔力を送った魔方陣が赤色に輝くと、殿下がその手を魔方陣に向ける。
殿下の手に嵌められた赤い石のついた指輪がステラの視界の端でキラッと輝いた。
「この力が王国の大地を満たし、民に豊穣をもたらすよう願います。」
最後の言葉を終え儀仗を下ろすと、第二王子殿下も詠唱をして魔方陣に魔力を込める。
赤い魔方陣が殿下の魔力で金色に染まったとき、魔方陣を中心に魔力のうねりが生まれた。
魔力の波長が共鳴して一つに合わさったかのような初めての感覚に顔を上げると、紅く染まった瞳を見開いて驚いたような表情を浮かべる第二王子殿下と目が合った。
魔方陣の近くにいる者しかわからないのか、会場は静まったままだ。
視界の端に映る父は、片眼鏡越しに険しい顔をしていた。
(もしかして失敗したのかしら…魔力を込めすぎたのかな…どうしよう…)
不安になっていると、表情を戻した第二王子殿下が詠唱を続けた。
すると魔力が金色の大きな光の柱となって、大聖堂の屋根を通り抜けるように天高く延びた。
殿下が魔方陣に向けていた手を上にふわっと掲げると、光が波のように大聖堂に降りてきて地面に消えていった。
その光景と、紅く染まった瞳で「王家の魔法」を操る姿が夢のように美しくて思わず見惚れてしまう。
魔方陣が消え、殿下の瞳が元の濃い金色に戻ったのを見て私ははっとして再び跪き頭を下げる。
一息おいて、大きな拍手が大聖堂を満たす。
第二王子殿下が貴賓席に腰かけたのを見届けて、ステラも一礼をしてから自分の席に戻った。
大丈夫だったかしら、と壇上の父を見ると、考え込んでいるような表情を浮かべていたが、ステラに気付いて微笑んでくれた。
父の微笑みにほっとして、ステラも微笑みを返す。
「これにて王立魔法学院入学式を閉会とします。ご来賓の皆様に大きな拍手をお送りください。」
祭司の言葉に大聖堂を拍手が満たし父も退場する。
来賓と一緒に退場していく第二王子殿下の金色の瞳がこちらを見たような気がしたが、見つめ返すのも不敬かと思い目線を下に向ける。
(無事に終えられたようで本当によかった…もうこんな経験は御免だわ…)
かくして、ステラの人生で最大のイベントは幕を閉じた。
アンデモール先生の指示で退場すると、新入生の皆がステラを囲み、質問責めにあった。
「ねぇ、あの魔力は何だい?!初めてみたよ、あんな膨大な魔力。」
「第二王子殿下も驚いていらっしゃったわよね!あなた何か特別なことをしたの?」
「朝レオナルド・リュクス公爵令息様と抱き合っておられたし、もしかして殿下ともお知り合いなの?!」
「あ、あの…なんかごめんなさい…。
レオナルド様はただの幼馴染みだし殿下とお知り合いなんてとんでもないわ。
私やっぱり失敗したのかな…」
やはり殿下は驚いていたのだ。第二王子殿下を驚かせてしまうなんて、ステラはとんでもない失敗をやらかしたんだろうか。
「失敗なんてとんでもないよ!
聞いていたよりずっと美しく、素晴らしい魔法だった。
あんな素晴らしい光景を見せてくれた君は僕たちの誇りさ!」
不安になっているステラの頭をクリスフォードががしがしと撫でてくれた。
「クリス、か、髪が乱れるわ…。
私はただ魔力を込めただけで殿下のお力だけど、そんなことを言ってもらえるなんて本当に嬉しい。
ありがとう。」
クリスフォードに微笑んでいると、急に周りが驚きの表情を浮かべシーンと静まり返った。
私の頭を撫でる姿勢のままクリスが固まる。
「ん?クリスどうし…」
「何をしているんだ。」
背後から肩を掴まれて驚いたがもう遅い。
「ステラに触れないでもらえるかな、アストラ伯爵令息。」
「も、申し訳ありませんっ…!リュクス公爵令息様…。」
パッとクリスフォードの手が離れた途端、レオナルドが凍てつくような冷たい表情でステラを抱き寄せた。
「レオ様!急にどうなさったの?」
「ステラ、一緒に来るんだ。第二王子がお呼びだよ。」
「え?お待ちになって、どういうこと?私が何かしたの?」
肩を抱えられたまま強制的に鐘楼の方へ連れていかれる。
新入生の皆がぽかんとした表情でこちらを見ている。
(私、レオ様と第二王子殿下を怒らせてしまうようなとんでもないことをしてしまったんだわ…。
あの魔法、やっぱりとんでもない失敗だったのかしら…本当にどうしよう…。)
ステラは恐怖と混乱で腰が抜け、それを察知したレオナルドに横抱きで抱えられた。
「ま、待って、レオ様!ごめんなさい。謝るからお願い、下ろして…」
「君が謝ることは何もないよ。
せめて今だけは僕の腕に収まっていてくれ。」
ステラを抱く腕にギュっと力が込められ、思わずレオナルドを見上げると泣きそうな切ない目をしたレオナルドがこちらを見ていた。
なぜ彼にそんな表情をさせてしまうのかさっぱりわからないまま、とりあえず大人しく抱えられることにして、ステラは来る試練に身を震わせた。




