22.魔法力学
夏の匂いが濃くなった頃、期末試験が近づいてピリピリする授業を終えると、ステラは防衛魔術の教師のカール・クリンプトン先生に呼び止められた。
クリンプトン先生は、入学式で一番最初に出会った学院の教師だ。
父に敬礼をとる姿と絶大な魔力から、元々王国魔術師団にいたのではないかというステラの読みは当たっていて、王国魔術師団の戦闘部隊の副隊長を務めていたらしい。
戦いの最前線にいただけあって、机上の知識しか知らないステラにはたくさんの学びがあった。
クリンプトン先生の教える防衛魔術はステラの好きな授業だった。
「アルカニス、ちょっといいかな。」
「はい、クリンプトン先生。」
クラスメイトが退出したあと、教室の鍵を閉め、防音結界をかけられる。
「第二王子殿下のことで、他に聞かれたくないからね。」
「はい。なんでしょう。」
元王国魔術師ということもあり、何か護衛の役に立つことでも教えてもらえるのだろうか。
ステラは特に構えずに話を聞く姿勢になった。
「君、殿下の防衛魔法をいじったね?」
「え?!」
(いじったというか一番奥に私の魔術をかけたのだけど…なぜクリンプトン先生がご存知なのかしら…。)
どこまで話していいのかわからなくて、おろおろしてしまう。
「私は王国魔術師団の依頼で、数ヵ月に一度、殿下の防御魔法のメンテナンスをしているんだ。」
ヴァレン殿下にかけられた防御魔法や防御魔術は隙がなく美しいものだった。
クリンプトン先生が管理されていたと知り、納得する。
「この前久しぶりに確認したら、私のかけた魔術を潜り抜けて新しい魔術がかけられていた。
そんな芸当をできるのは君しかいない。」
「あ、あの…既存の物には触らないようにしたんですが、何かまずかったでしょうか…。」
「いや、君は何も乱していないよ。
ただ、君がかけたあの魔術を私は知らない。
かなり古いものだね。
王国魔術師の中でも恐らく師団長しか知らないだろう。」
師団長とはステラの父のことだ。
父の書庫で見つけた魔導書だから父は知っているのだろうが、そんなに珍しい物だとは知らなかった。
「あれは、どういう魔術だ?
殿下もご存じないのだろう。」
ヴァレン殿下はステラのことを信頼して何も質問せず、全てを託してくれた。
ヴァレン殿下がステラのことをどう思っているか知っている今、尚更その内容は言えない。
「はい。殿下にもお伝えしていないので、申し訳ないのですが先生にもお伝えできません。
ただ、殿下を害するものではないことは、アルカニスの名にかけて誓います。」
クリンプトン先生の目がステラをじっと見据える。
何も言われないけど、どんな魔術か何となく見透かされているような気もする。
「…咎めたいわけではないんだ。
その才能と技術には感嘆する。
ただ、近衛魔術師になれる者は王国魔術師の中でもほんの一握りだ。
その命はそんなに軽いものではないぞ。
特にアルカニス。お前は殿下のご寵愛を受けている。
ただの近衛だと思うな。自分の命は大切にしろ。」
「…ありがとうございます、クリンプトン先生。先生のご指導、肝に銘じます。」
ステラはヴァレン殿下を差し置いて生きたいとは思えなかったが、それでもステラのことを心配してくれる気持ちが嬉しくて心を込めて礼をする。
クリンプトン先生に鍵を開けてもらって外に出ると、次に授業を受けるのであろう四年生が廊下で待っていた。
ヴァレン殿下とレオナルドを見つけて駆け寄る。
「ヴァレン殿下、レオ様。先輩方をお待たせして申し訳ありません。」
「ステラ、どうしたの?」
「わからないことがあって教えてもらっていたんです。」
「ステラでもわからないことがあるんだね。」
レオナルドは訝しげにステラを見ていたが、曖昧に微笑んで誤魔化した。
「では、失礼します。」
「あぁ、またね、ステラ。」
ヴァレン殿下に一礼をして、手を振ってくれたレオナルドにそっと手を振り返す。
(ヴァレン殿下には何も聞かれなかったけどこのあと先生とお話しされるのかしら。
先生が気付いていたとしても、殿下には伝えないでほしいわ…。)
大変なお立場にあって心労も多いであろうヴァレン殿下に、ステラの心配などしてほしくないと、そう願った。
それから数日経っても、ヴァレン殿下から防御魔術についての話はなかった。
ステラも期末試験の勉強でそれどころじゃなくなり、すっかり頭から抜けていた。
奇跡的に首席入学を果たしたステラだが、王国のトップの二十人が集まるだけあって皆優秀だ。
入学時には奇跡だった首席だが、ヴァレン殿下の近衛魔術師として絶対に守り抜かねばならない重荷になっていた。
ステラは一年生だがヴァレン殿下は四年生。
最終学年と言うこともあり、勉強の量も内容もステラとは桁違いの筈なのに特段いつもと変わりなく過ごされていた。
「そんなに勉強しなくてもステラなら余裕で首席だよ。」
「入学時の成績は奇跡だったんです。」
「いや、あんな圧倒的な成績、私も到底取れないけど…」
「まぐれです。」
「ステラがそういうなら頑張って。
でもしっかり寝てほしいな。」
応接室の机で魔法力学の勉強をする私の横で、ヴァレン様も教科書を読んでいた。
試験期間中、なんとなく一緒に勉強する流れになったが、互いの私室で過ごすのは(ステラが一方的に)気まずいので、日頃使っていない応接室で過ごすことが多くなった。
時々対人魔法の練習をさせてもらったり、ヴァレン様の練習相手になったりして過ごす時間は、実はステラにとって楽しみのひとつになっていた。
「ヴァレン様、質問してもいいですか?」
「いいよ。私にわかることなら。」
二人きりの時にお名前で呼ぶのもだいぶ慣れて、普通に話せるようになってきた。
「『王家の魔法』の魔力と普通の魔力が共存するってどんな感じですか?
…不敬なことを聞いていたら申し訳ありません。」
実はステラがずっと疑問に思っていたことだった。
「王家の魔法」やそれを扱うための王族が持っている魔力については、魔法力学の教科書にもほとんど記述がなかったので、聞いてみたかったのだ。
他の王族方も「王家の魔法」も普通の魔法も両方使えるらしいし、ヴァレン殿下に至っては普通の魔法でも国内でトップの実力をお持ちだ。
聞いてみてから気づいたが、「王家の魔法」の詳細は王族しか知らないことだし不敬だったのかもしれない。
考え込むヴァレン様を見て、やっぱり謝ろうと思っていると、ヴァレン様の濃い金色の瞳でじっと見つめられた。




