21.葡萄酒
本日一話目です。
ホールに戻ると、再び注目を浴びた。
ヴァレン殿下と私が抜け出したことは皆知っているんだろう。
国王陛下への挨拶の意味とヴァレン殿下の気持ちを知ってしまったステラはこの場でどう振る舞えばいいのかわからなくなり、ヴァレン殿下の腕をぎゅっと握ってしまった。
「ステラ、いつも通りでいいんだよ。
さっきは上手にできていたから自信を持って。」
「は、はい…。」
耳元で囁かれて赤くなってしまうが、ヴァレン殿下が言うんだから大丈夫な気がしてきた。
落ち着いて辺りを見回すと、遠くでアリスが父親と思われる男性と話しているのが見えた。
話しかけに行きたいが、いいだろうか。
「王族と思わないでほしい」との言葉をこんなことで使っていいのかわからず悩んでいると、ヴァレン殿下が声をかけて下さった。
「ステラ、どうしたの?」
「ヴァレン殿下、すみません。学院の同級生とお話ししたくて、行ってもよろしいでしょうか。
ヴィルゴー伯爵のご令嬢です。」
ステラが目でアリスのいる方向を教えると、ヴァレン殿下も確認して頷いてくれた。
「では一緒に行こうか。」
「えっ?!あ、あの、ヴァレン殿下を付き合わせるなんて…。」
「ステラ、さっき話したよね。それにヴィルゴー伯爵には世話になっているから私も挨拶したいと思っていたんだ。」
ヴァレン殿下に大丈夫、と頭を撫でられて赤くなるが、それならと恐れ多くも付き合っていただくことにした。
ヴァレン殿下が動くと、周囲の貴族はすぐに道を空けてくれる。
アリスとヴィルゴー伯爵もそれに気付いて道を空けようとして、アリスと私の目がぱっちりとあって動きが止まった。
そして、ヴァレン殿下の視線で殿下の行き先が自分だと気づいたヴィルゴー伯爵は胸に手を当てて臣下の礼をとる。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ヴァレン第二王子殿下、お久しゅうございます。」
「ヴィルゴー伯爵、元気そうでよかった。この者が伯爵のご令嬢と仲良くさせていただいているそうだ。挨拶させていただきたい。」
「なんと。殿下のお隣に立つ女性にご挨拶いただけるなんて光栄ですな。」
ヴィルゴー伯爵は人の良さそうな微笑みを浮かべ、ステラを優しく見つめた。
「お初にお目にかかります、ヴィルゴー伯爵。ステラ・アルカニスと申します。アリス様には学院でいつもお世話になっております。」
「アリスの父親のウィリアム・ヴィルゴーです。アルカニス魔法伯の…今年の首席のご令嬢ですか。入学式は素晴らしいものを見せていただきました。
こちらこそ娘が仲良くしていただけて光栄です。」
「第二王子殿下、お初にお目にかかります。アリス・ヴィルゴーと申します。」
アリスはヴァレン殿下に挨拶しながらも、「何が起きてるのよ?!」という目でステラをちらりと見た。
「私はヴィルゴー伯爵と話しているから、ステラもご令嬢とお話ししておいで。」
ヴァレン殿下が優しく微笑んでくださる。
そのお気遣いが嬉しくて私も微笑んで一礼をして、アリスの手をとって少し離れる。
「ステラ、ちょっと何がどうなってるのよ!」
アリスに小声で怒られて、ステラは安心して笑ってしまった。
ちょうど給仕が通りかかったので、先ほどのご令嬢が美味しいとおっしゃっていた葡萄酒をもらう。
「笑ってる場合じゃないわ!あなた護衛だから話せないとか言ってたのに、ドレスを着て第二王子殿下と一緒に陛下にご挨拶しに行くから腰が抜けたわよ。…あら、この葡萄酒、私の領地の物だわ。」
アリスは葡萄酒を煽るように飲んで言った。先ほどの給仕から同じ物をまた受け取っている。
アリスの実家、ヴィルゴー伯爵の領地は肥沃な大地で、葡萄を始め、様々な果物や穀物の産地だ。
葡萄酒にも慣れているんだろう。
ステラは領地の晩餐会で少し味見をしたくらいで慣れていないので違いは正直よくわからなかったが、アリスの領地の物ならきっと美味しいんだろう。
「あの、色々あって。驚かせてごめんね。」
ステラも葡萄酒をちびちびと飲みながら離す。
「さっき二人で抜け出していたけど、何をしていたの?
なんだかすごい噂になっているけど。」
まさか見られていたのかと思い、ステラはぼっと赤面する。
「あら、その様子じゃ噂も正しいのかしら。殿下がステラを庭園に連れ込んで…」
「い、いいえっ!て、庭園なんてい、行っていないわ!!」
どこから誰に見られていたんだろうか。
ステラは恥ずかしすぎて、持っていた葡萄酒をぐいっと飲んだ。
「嘘よ。噂なんてないわ。
ヴァレン殿下がステラと一緒に外に行くのが見えただけ。
でもその様子だと本当だったのね…。」
「ア、アリス…!な、何もないわ!!」
アリスには隠し事ができそうもないとステラは赤面しながら思った。
アリスから新しい葡萄酒を渡されて、気持ちを落ち着かせるようにぐびぐびと飲み干す。
心得た給仕はまた新しいグラスを渡してくれた。
「あの『氷の殿下』をメロメロにさせるなんてステラも中々やるわね。」
「メ、メロメロ…」
「あんなに幸せそうに微笑む殿下、初めて見たわ。
それにしても近くで見ると美しすぎて目の毒ね。」
「そうなの。心臓が持たないわ。
今日の正装なんてかっこよすぎて直視できないもの。」
「ステラは私のこの姿が好きなんだね。」
横からひょいっとグラスを取られて、ステラは驚いて崩れ落ちかける。
それをヴァレン殿下は空いていた方の手で支えてくれた。
「ヴァ、ヴァレン殿下…失礼しました…。」
ステラが立ち直すと、アリスはニヤニヤとステラを見る。
「第二王子殿下、それでは私は失礼いたします。」
「あぁ、これからもステラをよろしく頼むよ。」
アリスが美しく礼をしてヴィルゴー伯爵と共に去ると、ヴァレン殿下はステラの肩を抱き寄せて言った。
「ステラにお酒は早いよ。」
「わ、私も一応社交デビューは済ませております。」
ステラは胸を張ったが、少しよろけてしまった。
(社交デビューと言っても、貴族はレオ様と私しかいない、領地の小さな晩餐会だけれど…)
「もしかして酔ってる?」
「よ、酔っておりません!」
たしかに少しクラクラしてきたかもしれないが、護衛としてあるまじき失態なので知られたくない。
「そろそろお開きだし、帰ろうか。」
「はい。」
これ以上他の貴族と話すと失態を演じてしまいそうだし、早く帰りたい。
ステラはヴァレン殿下に肩を抱かれていることも忘れてホールを退出した。
「ステラ、やっぱり酔ってるね。」
「酔っていないですよ~、ヴァレン様。」
帰りの馬車の中でステラはうとうとしてゆらゆら揺れてしまい、心配したヴァレン様の横に並んで座らせてもらっていた。
「私に嘘をつくのは不敬だよ。」
「酔っています。申し訳ありません。」
「…っふ、嘘だよ。酔ったステラは素直で可愛いな。」
「かっこよくて美しくて完璧なヴァレン様の隣にいたら私なんて塵です。」
「ち、塵って。でも私のことを褒めてくれるのは嬉しいな。」
「…当たり前です。ヴァレン様は…いつだって…かっこよくて…優しく…て………」
ふかふかの馬車と葡萄酒の余韻で、ステラは眠気に抗えなかった。
いつの間にかヴァレン様に寄りかかり、髪を撫でられていることにも気付かなかった。
その日ステラは人生で一番幸せな夢を見た。
翌朝、寮の自室で目が覚めたステラは、着替えた記憶はないのに化粧をすっかり落として部屋着でベッドに寝ていることに混乱し、ベッドから転げ落ちた。
そして鍛練を終えたヴァレン殿下に
「酔ったステラも可愛かったよ。」
と言われると土下座する勢いで謝り倒して、笑われたのだった。




