19.寵愛
「次はないと言ったはずだ。」
手を引かれ、すぐそばにあった扉から連れ出されて、そのままホールの外の庭園を進んでいく。
近衛騎士がついてきているのだろうが、気配がしなくて不安になる。
「殿下、申し訳ありません。不敬でした。」
ヴァレン殿下は確実にお怒りだ。
ステラはこの国の第二王子殿下の忠告を無視してしまった罪への恐怖と申し訳なさで腰が抜けそうになっていた。
「第二王子殿下っ…」
「名前を呼べと言ったはずだ。」
立ち止まったヴァレン殿下は冷たい声で言い放つ。
「ヴァレン殿下。その崇高なお心に不浄な念を抱かせてしまい、申し訳ありません。」
お許しくださいなんてとても言えない。
ステラは恐れ多くもヴァレン殿下に気を許しすぎたのだ。
ドレスが汚れてしまうが、打首ならそんなことなんて言っていられない。
その場に跪き、地面に手をついて頭を下げる。
そんなステラを見たヴァレン殿下ははっとしたかのような顔をして、ステラに駆け寄る。
地面に膝をつこうとしたヴァレン殿下を見て、ステラは慌てて立ち上がろうとしてドレスに引っ掛かって思いっきりつまずいた。
ヴァレン殿下を地面に押し倒してしまうような形になり、青ざめる。
芝生とはいえ、第二王子殿下を地面に…。
「も、も、申し訳ありませんっ。この場で断罪し…っ」
この場で断罪してください、と言いかけたステラの口が、柔らかいもので塞がれる。
頭を殿下の手にぐっと抱えられて動けない。
見開いたステラの瞳に、瞳を閉じたヴァレン殿下の美しい目元が映る。
(こ、こ、これはく、く、口づけ…?!)
何か言おうとして開けた口に、温かいものが入ってくる。
それが殿下の舌だと気付き、ステラは真っ赤になりながら声を出すが、口を塞がれているので「んんっ」と鼻から抜けた声しかでなかった。
「ふぅ…んっ…ヴァ、…ヴァレン…でんか…っお、おやめくださ…んっ」
息も絶え絶えに訴えると唇が離れた。
目を開いた殿下の濃い金色の瞳は潤んでいて、切なげに歪んでいた。
「許さないと言ったが、そういう意味ではない。」
どういう意味かはわからないが、まだヴァレン殿下を押し倒したままの姿勢なことに気付いて慌てて後ずさりする。
「ステラ、離れるな。」
またあの声で言われてステラはそのまま静止する。
すっかり腰が抜けていたステラは恐れ多くもヴァレン殿下に手を取られて立ち上がらせてもらう。
「あ、あの、ヴァレン殿下…。怒らせてしまって、申し訳ありません。」
何がなんだかわけがわからないが、打首は間違いないだろう。
戻ってきた恐怖に震えながら言うと、ヴァレン殿下に抱き締められた。
「謝らなければいけないのは私の方だ。
申し訳ない。」
「え…?ヴァレン殿下…?」
王族に謝らせるなんてこれまたとんでもない罪なのではないか。
「怯えさせてしまったことも、勝手に連れ出したことも、君の許可なく父上の前で挨拶したことも、申し訳ない。」
「で、殿下っ!謝らないでください!
これ以上謝られると私は騎士様に斬られてしまいます…!」
「…っふ、だから不敬ではないって。」
殿下の目を見ながら必死に否定するとようやく謝るのをやめて笑ってくれた。
ステラも不敬で斬られることはなさそうなことにほっとして笑みが漏れた。
「君が笑ってくれてよかった。
我慢ができなくて襲ってしまったし、もう君の笑顔が見られないかと思った。」
「襲ってしまったのはどちらかといえば私です…申し訳ありませんでした…。」
「ス、ステラ…っ本当に君は…。」
殿下は吹き出して、学院で見せてくれるようないつもの笑顔に戻った。
つられてステラも笑う。
ほっとしたステラは、殿下のお召し物が汚れていないかさっと確認して、髪についていた汚れに手を伸ばす。
その手をヴァレン殿下にとられ、ぐっと握られる。
「ヴァレン殿下…?」
自分はまた不敬なことをしてしまったのかと殿下を見上げると、ヴァレン殿下が真剣な表情で私を見ていた。
「ステラ、聞いてほしい。」
「は、はい。」
「今日、一緒に父上にご挨拶しただろう。
あれはただの挨拶じゃない。」
「はい…。」
そういえばレオナルドもなぜか怒っていた。
ホールで理由を聞けると思ったらステラの空間魔術が発動してしまい、最後まで聞けなかったのだ。
「あの、私社交に疎くて…何か失礼をしてしまっていたら申し訳ありません。」
「いや、そうじゃない。
あれは、私が父上に、国王陛下に女性を紹介するということは、その者がこの国の王子の特別な寵愛を受けているのだと皆に示す意味を持つ。」
「…は、い…?」
「君が私の寵愛を受けていると、あの場にいた者ならそう理解する。」
(ちょ、寵愛…?寵愛って、殿下と一夜を共に過ごすとかそういうこと…?確かに手は出されてはいないけど一夜どころか何夜も同じ寮で過ごしているけどそれでも寵愛なのかしら…)
ステラは混乱のあまり、現実から目を背けてよくわからないことを考えていた。
「あの、同じ寮に住んでいるからそういうことでしょうか…?」
「っふ、そういう意味じゃなくて…くっ、ステラ、今は笑わせないでくれ。」
笑わせるつもりじゃなかったのに、ヴァレン殿下は笑いを耐えて肩が震えている。
「君が私の妃になる女性だと、皆がそう思っているということだ。」
(きさき…妃…き、き、き、妃?!)
やっと意味を理解したステラはぼぼっと火を噴くように赤面した。
「きききき」
「妃だ。」
「わ、わ、わ、私が…そんな…」
「やはり知らなかったんだな。
知っていたら一緒に来てくれないだろうと思って説明しなかったんだ。」
(そ、そんな、き、妃だなんて…国王陛下を欺くなんて…知らなかったとはいえ大逆罪よ。打首どころか一族郎党国外追放よ。)
ステラはいよいよ目眩がしてきたが、息を整えて立ち直す。
「私、今すぐ懺悔してきます。
せめて両親の命だけでも…。」
「ステラ、何を考えているのか教えてくれ。」
「国王陛下を欺いてしまいました。打首どころか一族郎党国外追放です。」
「待って、ステラ、違うんだ。」
「いいえ、大逆罪です、殿下。
せめて命だけでも…。」
「私は、本当にステラを私の妃にしたいと思っている。」
「………え?」
懺悔のためにホールに戻ろうとしていたステラの腕を掴み、ヴァレン殿下は真剣な表情でステラに伝えた。
「ステラ、君が好きだ。」
ステラは信じられない気持ちでヴァレン殿下を見つめる。
濃い金色の瞳が強い力でこちらを見つめ返した。
「本当はもっと時間をかけて伝えたいと思っていたが、君を安全に囲うために先に外堀を埋めることにしたんだ。
順番が逆になり、申し訳ない。」
また私なんかに謝って下さる殿下を見て、ステラは慌てる。
「あ、あの、謝らないでください…!」
それ以上なんと言えばいいかわからなくておろおろしてしまう。
ヴァレン殿下が私のことを好きなんて、そんなことが本当にあるのだろうか。




