18.敵を現す魔術
国王陛下へのご挨拶を終え、ヴァレン殿下のエスコートでホールの端にたどり着いたステラは思わず気が抜けてはーっと深く息を吐いた。
その姿を見たヴァレン殿下にクスッと笑われ、髪を撫でられる。
「ステラ、がんばったね。」
「ヴァレン殿下、助けていただきありがとうございました。」
「私は何もしていないよ。
ステラが父上に気に入られたようでよかった。」
「わ、私がそんな…」
そんなわけない、と言いかけたところで周囲のざわめきが急に耳に入り、ステラは急激に意識を取り戻した。
「ヴァ、ヴァ、ヴァレン殿下、し、失礼ながらお、お手を…。」
「あぁ、つい。」
ヴァレン殿下は私の髪から手を下ろしてくれたかと思うと、今度はその手で私の肩を抱いた。
「やはりご寵愛されているのだな。」
「アルカニス魔法伯のご令嬢で学院の首席らしい。」
「王立魔法学院の首席といえば、今年の首席入学生が第二王子殿下の近衛魔術師になったと聞いたがもしかして…。」
「近衛、ってそういう意味だったのか。学生だから婚約できないもんな。」
ホールに入場してから顔色を変えずに済んでいたステラだったが、周囲の話が耳に入ってしまい思わず赤面してしまう。
「あ、あの、皆が見ていますので…。」
「私は気にしないよ。」
ヒソヒソと話すが、これ以上話していると周りの勘違いを助長させてしまいそうだったので諦めることにした。
誰か知っている人はいないかと周囲を眺めていると、少し離れたところにいたレオナルド・リュクス公爵令息と目があった。
レオナルドはステラと目があった瞬間、持っていたグラスを侍従に預けてこちらにやってきた。
「ステラ、さっきのはどういうことだ。」
「レオ様、お会いできてよかったですわ。」
レオナルドの薔薇の香りが鼻をくすぐると、幼い頃から親しんだその香りにほっとして微笑みがこぼれる。
「レオ、見ていただろう。
ステラと一緒に父上に挨拶をした。」
また凍りついた表情を浮かべたヴァレン殿下がステラの代わりに説明する。
「ヴァレン、ステラは王都の社交を知らないんだ。
見ての通り、その意味をわかっていない。」
「知っていたら従わなかっただろうからね。」
(ん?どういう意味だろう。)
ステラはよくわからなくて、言い合う二人を交互に見つめた。
「ステラ、ヴァレンが女性を国王陛下の元に連れていくということは…」
「《場所を示せ》」
急に敵意を感じて右手で杖に触れ、短く詠唱する。
先ほどかけた《敵を現す》魔術が展開したのだ。
ヴァレン殿下に攻撃しようとしている者がいる。
魔力は、ちょうど扉が開かれたばかりのホールの入り口を指した。
「ステラ?」
レオナルドが怪訝な顔で尋ねる。
「レオ様、今入ってこられた方をご存知ですか。」
ステラは背が足りなくて前がよく見えなかったので、長身のレオナルドに確認してもらうことにした。
「知ってるも何も、第一王子殿下だよ。」
ステラは叫びそうになって慌てて口を押さえてヴァレン殿下を見つめる。
ヴァレン殿下は相変わらず感情の読めない表情だったが、動揺は見られなかった。
「ステラ、大丈夫。
たしかに攻撃の意思はあるんだろうけどこのような場で直接手を出すことはないから。」
「そんな…」
ヴァレン殿下は耳元で淡々と説明してくれるが、実の兄弟ではないか。
ステラがかけた魔術はヴァレン殿下を傷つける明確な意思がある者にしか反応しないはずだ。
ステラは恐ろしくなって手が震える。
幸い、周囲の者は入場した第一王子殿下に気を取られていて会話は聞かれていなさそうだ。
「ステラ、どういうことだ。」
「レオ様、こちらへ。」
さっとレオナルドの手を引き、耳元で話す。
「実はホールに空間魔術をかけたのです。《敵を現す》魔術です。」
レオナルドは優秀な魔法使いで、ステラが王立魔法学院に入学できたのもレオナルドのおかげだ。
この魔術も知っているはずだと思い、短く説明する。
「ステラ、それをこのホール全体にかけたのか…。」
やはりレオナルドには伝わったようで目を丸くしながら聞かれた。
「そして今、反応があったのでレオ様にお聞きしたのです。」
「そういうことか。」
レオナルドは思案するような顔でステラのことを見つめていたが、レオナルドの手を引いていたのと反対の手を別の誰かに掴まれて、はっと顔を上げる。
「ステラ、今日は私の隣に立ってもらうと言った。その手を離せ。」
凍てついた表情で胸に響く声で言われて、恐ろしくてパッとレオナルドの手を話す。
「ヴァレン殿下、勝手なことをして申し訳ありません。」
「次はない。」
ヴァレン殿下を怒らせてしまったみたいで、二重の意味で冷や汗が滲む。
「ヴァレン、君にはステラを安心させられないけど、僕にはそれができる。」
「レオ様、何をおっしゃっているの…。」
レオナルドが姿勢を正してヴァレン殿下に向き合う。
ステラが背が低いわけではなく、お二人が長身なのだ。
間に挟まれたステラがおろおろとしていても視界に入っていなそうで虚しい。
これ以上言い合わないでほしいし、ヴァレン殿下のお怒りを助長させないでほしい。
「とにかく、兄上に関しては今日は大丈夫だ。行こう、ステラ。」
ヴァレン殿下に手を取られて、国王陛下の元に向かわれた第一王子殿下から離れるようにホールの入り口に連れていかれる。
再び「氷の殿下」に戻ったヴァレン殿下に内心はおろおろしながら隣に立っていると、声をかけられた。
「ごきげんよう。お久しぶりですわ、ヴァレン第二王子殿下。」
本物のピカピカに綺麗なご令嬢だった。
(ご機嫌はかなりよくないと思うからこの場はお任せしたいわ…。)
と思ったステラが護衛のときのように一歩後ろに下がった位置につこうとすると、ヴァレン殿下に強く手を掴まれたので、それ以上動くのは諦めた。
「あぁ。」
「ヴァレン殿下、私先ほどあちらで美味しい葡萄酒をいただきましたの。殿下もご一緒にいかが。」
「結構だ。」
「あ、あの、私、そのお酒をここにいただいて参りますので、お二人でどうぞ。」
これはチャンス、とステラが給仕のいる方向に向かおうとすると、ヴァレン殿下はステラを掴んでいた手をお腹に回して抱き締めた。
「まぁ!」
王城で破廉恥すぎるだろう。
ご令嬢は頬を赤く染めている。
ステラも赤面して脱出を試みるがその手はがっしりとステラの腰を抑え込んでいてびくともしない。
「あいにく、取り込み中なのでね。」
「し、失礼いたしましたわっ!」
ヴァレン殿下の冷たい声が響き、ご令嬢は去っていく。
恥ずかしすぎて呼吸困難になりそうだ。
「ヴァ、ヴァレン殿下。手を…」
「次はないと言ったはずだ。」
怒りの滲むヴァレン殿下の声を聞いて、ステラははっとした。
ヴァレン殿下とご令嬢をくっつけようとする余り、先ほど怒られたことを失念していたのだ。




