16.正装
翌朝、いつも通り殿下の鍛練の護衛をしようと部屋を出ると、昨日の侍女達が既に待機していて思わず叫んでしまった。
「ひゃっ…」
「おはようございます、ステラ様。
本日は私どもに全てお任せくださいね。」
「お、おはようございます…。あの、私殿下の護衛があるので準備を…」
「本日は出発までの全ての時間を私どもが使っていいと、殿下からお言葉を賜っておりますわ。
登城のために近衛騎士と王国魔術師が来ておりますので護衛はそちらにお任せください。」
「ひっ… 」
知らぬ間に外堀を埋められていたステラは、再び風呂場に連行され、身ぐるみを剥がされた。
それからいい香りのするオイルでマッサージをされて昨日からの疲労でつい熟睡したステラは、はっと気付いたときには五人に増えた侍女に髪から爪先まで磨き上げられていた。
仕上げに侍女二人がかりで思いっきりコルセットを締め上げられる。
領地仕込みの腹筋で耐えたが、あのまま締められていたら息が出来なくなっていただろう。
いつもの杖用の革ベルトをつけようとしたが当然却下され、せめて、と太もものガーターベルトに杖を忍ばせてもらう。
そして、ヴァレン殿下からいただいた深紅のドレスを身につける。
胸元が上品に開いたAラインのドレスは、不思議とステラのサイズとぴったりだった。
キラキラとした宝石が数えきれないほど縫い付けてあり、この宝石一つでいくらするんだろうと考えかけて恐ろしくなってやめた。
「お綺麗ですわ。ステラ様。」
「社交界で噂になりますわ。あの絶世の美女はどちらのご令嬢かしらって。」
「第二王子殿下も惚れ直されますわね。」
口々に褒め称えられるが、盛大な勘違いに申し訳なくなったステラは真っ赤になってモゴモゴと口ごもった。
侍女が退出して、姿見に映る自分を観察する。
とても自分とは思えない、ピカピカに輝く上品なご令嬢に見えた。
母の色をした栗色の髪の毛は上品にハーフアップにされ、巻き下ろされている。
少し垂れた紫色の瞳は侍女のお化粧によってぱっちりと仕上げられ、大人っぽく見える。
肌は指の先までピカピカで、領地で騎士と鍛えた痕跡は跡形もなくなっている。
夜会にはアリスも参加すると言っていたが、これではすれ違ってもステラと気付かないのではないか。
「ステラ、入るよ。」
ノックの音がして、ヴァレン殿下がそっと扉を開ける。
王族の正装である真っ黒な軍服には金色の装飾がなされ、胸には勲章が輝いていた。
指にはいくつもの指輪が嵌められ、大きな宝石がキラキラと輝きを放っている。
いつもは杖を提げている腰ベルトには剣が提げられている。
少し長めの白銀の髪は綺麗に整えられ、ヴァレン殿下の美しく整ったお顔がよりはっきりと見える。
(め、目の毒だわ…。美しすぎて耐えられない…鼻血が出そう…。)
余りにも素敵なヴァレン殿下に目を見開いて固まっていると、ヴァレン殿下はその美しいお顔に微笑みを浮かべて言った。
「ステラ、似合ってる。綺麗だよ。」
「で、でで、で殿下もか、か、か、かっこいい…ですっ」
伝わったかわからないが、かっこいいどころの騒ぎではない。
殿下はお優しいからステラのことを褒めてくださるが、殿下の隣にいたらどんな女性も霞んでしまう。ステラなど塵だ。
顔を真っ赤にして沸騰しそうになっている私の方に、コツコツと静かに殿下が近づいてくる。
近くで見るとその美しさがよりはっきりして、卒倒しそうになる。
「ステラ・アルカニス嬢。
私とご一緒してくださいますか。」
指輪が煌めく、思ったよりも大きくてがっしりとした手に左手をとられ、耳元でささやかれると今度こそ倒れそうになり、必死に頷くので精一杯だった。
「ステラ、本当にかわいい。」
今度こそ崩れ落ちそうになったのに踏ん張った私を褒めてほしい。
「とととと、とんでもないですっ!
あのっヴァ、ヴァレン殿下…あの、素敵すぎて…距離が近いと…倒れてしまいそうで…」
「今日は私の隣に立ってくれるんだろう。こうしてもいいよね。」
左手をとられたまま肩を抱かれて、抱き締められるような姿勢になる。
「で、ででで殿下っ!本当に倒れそうで…かっこよすぎて…私には耐えられません…」
「ステラに褒められるのは悪くないな。」
耳元で囁くように話されるので私は耳まで沸騰している。
そろそろ本当に倒れるんじゃないかと思い始めた頃、殿下の笑い声が聞こえて体が離れた。
相変わらず左手は殿下に握られているが、抱き締められるよりはよっぽど心臓に優しい。
「それじゃあ、行こうか。王城に。」
「は、はいっ…!」
姿見に映ったステラは茹で蛸のようになっている。
部屋を出る前に必死に息を整えて、ホールに降りた。
寮の前には王家の紋章入りの四頭立ての豪奢な馬車が停まっていた。
黒い鎧を纏った大勢の近衛騎士と数名の白いローブを着た王国魔術師が囲んでいる。
入学式に乗ってきたのとは全然違う。
本当に王族専用の馬車だ。
他に馬車は見当たらないが、まさか自分もこれに乗るんだろうか。
いや、最悪歩けなくはない。大した距離ではないし、ドレスを着なければ歩いていくつもりだったのだ。
ハイヒールなのが少し不安だがまあ行けるだろう。
「ステラ、足元気をつけて。」
殿下にエスコートされたまま馬車に案内される。
やっぱりステラも乗ることになってしまっている。
「あ、あのっ殿下!私歩いていきます!」
「ん?」
「こ、こんな豪華な馬車、不相応で乗れませんっ…!不敬罪で打首になります…。
私、こう見えて鍛えているので歩けます!」
ヴァレン殿下は呆気にとられたような顔をした後、堪えきれないように笑った。
今日のために派兵されたであろう見知らぬ近衛騎士がぎょっとした顔をしたのが目の端に映った。
「この程度で打首にしないよ。
それに私がいいと言ってるんだから不敬も何もないよ。」
笑いすぎて目尻を押さえている殿下を見ていると、少しだけ安心した。
「すみません…。では、失礼します…。」
王族専用の馬車は入学式の馬車以上にふかふかの乗り心地で、ほとんど揺れがないのに時々来る心地よい揺れに、ヴァレン殿下と二人きりなことも忘れてステラはぼーっと眠気に襲われていた。
「もうすぐ着くけど、大丈夫?」
「は、はい。すみません、ふかふかだなと思ったら眠くなってしまって。」
「この状況で眠れるなんてステラはやっぱり面白いね。」
たしかに、寝ている場合じゃなかった。
急に焦ってきてわたわたとしていると、また殿下に笑われた。
「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。
アルカニス魔法伯もいるし、学院生も来ているだろうし、気楽にね。
全部私に任せてもらえばいいから。」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしないように頑張ります。」
ヴァレン殿下を狙うご令嬢からするとステラの存在だけで迷惑なのだ。
余計なことはしないように、護衛ほどは無理だけどなるべく存在感を消そうとステラは心に誓った。




