15.王城の侍女
「わ、わ、わ、私がっ、で、で、殿下のエスコートで…っ」
(そ、そ、そんなの無理ですっ!!)
衝撃のあまり言葉が出なくて口をパクパクさせる。
「話しかけてくる者もいるだろうけど、わからないことは黙っていれば大丈夫。あとは私が何とかするから。」
「い、いや…わ、私にはちょっと…。」
「それに私の隣にいた方が護衛もしやすいだろう?」
「き、緊張して無理です…。」
「ステラ、私の言うことを聞けるね?」
またあの人を従わせる声で言われてステラは項垂れた。
不敵に微笑むヴァレン殿下は、わかっていてあえてやっているのだろう。
「はい、仰せのままに…。」
「では、準備は侍女に任せればいいから。また明日。」
「はい。素敵なドレスをありがとうございます…。おやすみなさい。」
とんでもないことになってしまった。
掛けられたドレスを見ながらステラがぼーっとしていると、ノックの音がして侍女が二人入ってきた。
住み込みの侍女はいないから、王城からわざわざ呼んでくれたのだろう。
でも本番は明日なのになぜ今なんだろう。
「失礼いたします、ステラ様。
第二王子殿下の命で参りました。あとは私どもにお任せください。」
「えっ…あの、はい。よろしくお願いいたします…?」
何がなんだかわからずに混乱していると、そのまま風呂場に連れていかれ、身ぐるみを剥がされた。
「指輪はこのままの方がよろしいですか?」
「は、はい。大事な物なんです。」
「では汚れを落とす魔法だけかけさせていただきますね。」
「あ、はい…。」
侍女が指輪に触れてさっと詠唱すると、本当にピカピカになった。
王城の侍女に伝わる魔法なのだろうか。十八年物の汚れが一瞬で落ちるのだから効果がすごい。
「す、すごい…。ありがとうございます。」
「お礼などとんでもございません。」
「なぜ私なんかにここまで…。」
丁寧に髪の毛一本に至るまで綺麗に洗われながらステラは思わず口に出してしまう。
「第二王子殿下のお隣に立たれるのですよ。当然ですわ。」
「ひっ…そ、そんな…」
「やっとお隣に立つ女性が見つかって、皆張り切っておりますのよ。王城でしたら人数もおりますので、もっともっと磨いて差し上げますのに。」
「いえ、あの、殿下の護衛で...。」
「ステラ様は元がお綺麗ですからお化粧のしがいがありますわ。
誰にも文句を言わせないくらい絶世の美女に仕上げますわよ。」
「ひぃっ…」
言葉通り、気合いが入っている侍女に磨き上げられ、高そうな香油を塗られ文字通りピカピカになったステラは自室に着き、侍女に解放されるとベッドに倒れ込んだ。
王都の貴族の女性は皆このような生活を送っているのだろうか。
領地育ちのステラには考えられない生活だと思った。
まるでお姫様にでもなったみたいだと思う。
夜会でたった一回隣に立つだけの女性に、ここまでお金と手間をかけられるヴァレン殿下の懐も桁違いだと実感した。
「やっぱり殿下の隣に立つなんて、私には無理かも…。」
綺麗になった指輪を回しながら呟いていると、ノックの音がした。
また侍女かと思ってびくりと構えた。
「ステラ、いいかな。」
予想外のヴァレン殿下の声に、慌てて飛び起きる。
「ヴァ、ヴァレン殿下!どうなさったんですか?」
ピカピカ過ぎる自分が、気合いが入っているみたいで恥ずかしくて、ドアの隙間から顔を出して殿下を見る。
「休んでいたのならすまない。
侍女達が張り切っていたから大丈夫かなと思って。」
殿下もお風呂上がりなのだろうか、乾ききっていなくて無造作に顔にかかっている長めの髪に憂いのある潤んだ瞳は色気がすごくて、目の保養を超えていっそ毒だ。
身構えずに直視してしまったので顔が真っ赤になる。
「あ、あの、すごくピカピカにしてもらいました…。王城から呼んでくださったんですよね。ありがとうございます。」
「私が付き合わせるんだから当然だよ。
張り切りすぎて君の気分を害していないか心配だったんだけど、大丈夫だったかな。」
「た、たしかに張り切っていただきましたが、気分を害するなんてとんでもないです。お姫様にでもなった気分でした。」
「それならよかった。それじゃあ」
退出しようとするヴァレン殿下に、ちゃんと伝えようと思っていた言葉を言わなくてはと呼び止める。
「あ、あの、ヴァレン殿下!
あの、素敵なドレスを本当にありがとうございました。身に余る光栄です。
私、あんなに素敵なドレスを着るのは初めてで、嬉しい…です…。」
「そう。気に入ってくれたならよかった。
明日はよろしくね。それではおやすみ、ステラ。」
「はい。お気遣いありがとうございました。
おやすみなさい、ヴァレン殿下。」
先ほどは衝撃の余りぼーっとしてしまい、まともにドレスお礼が言えなかったのを後悔していたのだ。
ちゃんとお礼が言えてよかった。
緊張と混乱でとても眠れそうにないが、せっかく磨いてもらったのに隈ができては申し訳ない。
こんなときのために持ってきた、領地のトムス家令お手製のよく眠れるお茶を淹れる。
(お母様、明日はいらっしゃらないわよね…。もしお母様が見たら卒倒されるわ。)
実家を思い起こす香りに、来るはずもない母のことを思い出してドキドキしたが、お茶を飲むと不思議と心が落ち着いてきて、いつも通り、ぐっすり眠ることができた。




