13.氷の殿下
刺客に襲われてから一ヶ月。
魔術で《刻印》した者から時々敵意を感じることはあったが、直接の攻撃はないまま平和に日常が過ぎていった。
「おはよう、ステラ。」
「おはようございます、ヴァレン殿下。
今日も朝からお疲れ様です。」
ヴァレン殿下の朝の鍛練中、護衛という名の見学をすることが日課になっていた。
最初は名前を呼ぶことすら憚られていたが、殿下のおっしゃる通り、一緒に住んでいたら名前にもその美貌にも慣れてきた。
「ステラは剣術もできると聞いたけど、私と手合わせしてみる?」
「そ、そ、そんなっ!で、殿下とお手合わせなんて荷が重いです…!」
名前にもヴァレン殿下の美貌にも慣れてはきたが、気楽に接するなんてとても無理だった。
「ステラが剣を握るところが見たいだけなんだけどな。」
「ヴァレン殿下の美しい剣技を前にしたら私なんて目も当てられません。」
「そんなことはないけど、練習でもステラを斬りつけるのは胸が痛むからやめておくか。」
そう言ってクスクス笑うヴァレン殿下にぼっと顔が赤くなるのがわかった。
こうしてヴァレン殿下にからかわれると心臓が飛び出そうなくらい高鳴って、言葉が出なくなってしまう。
「そういえばステラ、明日は私と一緒によろしくね。」
「はい!楽しみにしております。」
朝食を食べ終えたヴァレン殿下に言われて、つい頬が緩んでしまう。
明日王城で開かれる王室主催の夜会のことだ。
国王陛下のお誕生日のお祝いだそうで、ステラは任務とはいえ初めて王城に行くことと久しぶりに父に会えることにワクワクしていたのである。
(ヴァレン殿下は私なんかともこうして楽しく会話できるのだから、社交界が放っておかないはずよ…。)
余計な女が視界に入っては殿下にも殿下を狙うご令嬢にも失礼だろう。
晩餐会の間は近衛騎士を見習って存在感を消しておかねば、と気を引き締めているところだ。
「あとでステラに渡したいものがあるんだ。」
「わ、私にですか?」
「そう。楽しみにしておいてほしいな。」
「は、はい…。恐縮です…。」
ニコニコとご機嫌なヴァレン殿下に、何をいただけるのか聞くに聞けないまま、校舎の入り口でお別れした。
昼食の時間になり、ステラは食堂に急いだ。
なるべく早く食べて昼休みだけでも護衛をしようと思っていたのだが、ヴァレン殿下がいらっしゃる前に食べ終えてしまうと、「明日は一緒に食べようね」と悲しそうに言われるのでなんだか申し訳なくなって、殿下とレオ様と一緒に食べることにしていた。
前の授業が長引いたので、ヴァレン殿下を待たせるような失態があってはならないと猛ダッシュしていた。
淑女の風上にもおけないが、背に腹は代えられない。
田舎の領地で鍛えた俊足で食堂にたどり着くとちょうど殿下とレオ様も到着されたところだった。
「お、お待たせ…して…っ申し訳ありませんっ!」
「僕たちも今きたところだ。…ステラ、大丈夫か?」
息も絶え絶えな私を見て、レオナルドに若干引かれている気がする。
「ご、ごめんなさい…っ走ってきて…ゴホッ失礼しましたっ。」
「そんなに急がなくてもよかったのに。じゃあ食べようか。」
またヴァレン殿下にクスクス笑われたが、殿下には引かれなかったようでよかった。
学院の食堂はさすが貴族のご子息の胃袋を満たすための施設だけあって、どれもうっとりするほど美味しい。
(今日のタンシチューなんて、領地でふるまったら騎士も使用人もとろけて仕事にならなくなるわ…美味しすぎる…。)
「ステラは本当に美味しそうに食べるね。」
味わって食べていると、殿下に見られていたことに気付いて慌てて飲み込む。
「護衛もせずにのんびりとしてしまってすみませんっ!」
「いや、そういうことじゃなくて。
ステラが食べてるときの顔、可愛いなと思って。」
飲み込んでおいてよかった。
赤面を超えて沸騰してしまい、タンシチューが飛び出るところだった。
「ヴァ、ヴァレン殿下は本当に女性の扱いがお上手で…。」
「お世辞じゃなくて本当に思ってるよ。」
微笑みながらステラを見つめるヴァレン殿下の視線にどんな顔で食べたらいいかわからなくなり、百面相をしてしまう。
「ス、ステラ…っ、食べるかにらめっこするかどちらかにしたら…っふ」
レオ様にも思いっきり笑われて、いたたまれなくなった私は味もわからなくなったタンシチューをかきこんで昼休みを終えた。
「ステラって、本当に第二王子殿下のお気に入りよね。」
教室に戻ると、アリス・ヴィルゴー伯爵令嬢に声をかけられた。
クラスで過ごす時間が短い私にもアリスはいつも優しく接してくれる。
先ほどのやり取りを見られていたらしいことに気づき、少し赤面しながら答える。
「そんなこと絶対にないし恐れ多いわ。ただの近衛よ。
私みたいな田舎育ちの令嬢が珍しくて構ってくださるだけよ。」
「えー、そんなことないわよ。
社交界では『氷の殿下』なんて呼ばれてるんだから。」
「こ、氷?!全然冷たい感じはしないけど…。」
「私も遠目からお見かけしたことしかないけれど、たしかに冷たいお顔をされていて、気難しい方なのかと思っていたわ。
第一王子殿下はいつも微笑んでいらっしゃるから、兄弟でも違うんだなと思ったもの。」
「そうなのね。」
ステラと違って社交が苦手なわけではなさそうだが、思えば入学式の時も住む世界が違う人だと感じたし、王族としての顔はまた違うのかもしれない。
それに、第一王子殿下。
兄弟とはいえ国内の勢力を二分する相手だ。
王族として過ごすときのヴァレン殿下はステラには想像もできないくらい気苦労が多いんだろうなと思うと、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「第一王子殿下は次期国王陛下になられる方だもの。皆に優しいし、人として本当に素晴らしい方よ。」
ステラの隣の席のエリザベス・フォード伯爵令嬢が冷たい声でそう言った。
アルカニス家はどちらの派閥でもないし、正直ステラ自身にも王位継承について意見はないけれど、私はヴァレン殿下の近衛魔術師だから第二王子派だと思われているだろう。
アリスの実家のヴィルゴー伯爵家も第二王子派だ。
そんな私たちに第一王子殿下のことを「次期国王陛下になられる方」という言い方をした。
(あまりに軽率だわ…。
それに学生の私たちが口を出していい問題じゃない。)
こんなところで余計な火種は生みたくない、と思った。
「ちょっと…」
反論しようとしたアリスを遮ってステラが言う。
「…そんなに素晴らしいお方なんだもの。
第二王子殿下にとってもきっと素晴らしいお兄様でいらっしゃるのね。」
「ええ。第一王子殿下はご兄弟に対しててもお優しいでしょうね、それが皆に冷たい『氷の殿下』であっても。」
「優しいお兄様がいらっしゃって、第二王子殿下はきっとお幸せね。私は社交に疎いから教えてくれて嬉しいわ、エリザベス。」
もうこれ以上、口を出さないでという気持ちを込める。
ステラの発言はエリザベスが望んでいたものではなかったのか、エリザベスは興味をなくしたようだった。
田舎の気さくな社交界とは違い、王都の社交界に出たらこんなことばかりなのかなと思うとステラの胃は痛んだが、自分が社交界に出るのはヴァレン殿下の護衛として参加することがほとんどだろう。
ありもしない王都での社交デビューについてこれ以上考えるのはやめることにした。
「そういえばアリスも明日の夜会には参加するの?」
「ええ。ステラも参加するのよね?
会場でもお話ししましょうね。」
「私は護衛で控えているだけよ。どこかで話せたらいいけど、難しいかもしれないわね。」
「そうなのね。
ステラのドレス姿見たかったのに、残念だわ。」
「ドレスを着たアリスはとても素敵なんでしょうね。楽しみにしているわ。」
影でヴァレン殿下の護衛をする私と表舞台で参加するアリス。
会場で話せそうにはないけれどアリスも同じ空間にいると思うと心強くて微笑んだ。




