12.初仕事
夕方、授業を終えたステラはクラスメイトとの談笑もそこそこに校舎の入り口に向かった。
初日は四階の教室まで護衛をしに行ったが、四年生の教室にステラがいると目立ってしまうし、授業が終わる時間はほとんど一緒なので校舎の入り口でヴァレン殿下が降りてくるのを待つことにしたのだ。
殿下はまだ来ていない。
(殿下をお守りする魔法…どれがいいかな…
まず魔術師団でかけている魔法を解析して…あの魔術も使おうかしら…)
ステラは朝ヴァレン殿下にお願いさせていただいた、殿下を守るための防御魔術に考えを巡らせていた。
父の書庫にあった魔導書を思い出しながら考えていると、レオナルドが一人でやってくるのが見えた。
「ステラ、もう来ていたんだね。」
「レオ様、どうなさったの?
ヴァレン殿下はまだいらっしゃらないのね。」
「ヴァレンは呼び止められてしまってね、まだ話し中だ。」
「そう…。私も行った方がいいかしら。」
「大丈夫。先に戻っていてくれと伝言だ。
僕も寮に戻るから、途中まで一緒に行こう。」
レオナルドは私の肩を抱いて、道を進んだ。
誰もいないしいいか、とそのままにしておく。
「ステラ、大丈夫?」
しばらく進んで校舎の影が見えなくなったところで、立ち止まったレオナルドに顔を覗き込まれて聞かれた。
「…何のことでしょう?」
「昨日から色々…あっただろう。
君には刺激が強すぎやしないかと思って。」
昨日の応接室での話のことだろう。
「お父様が一度考えてみるっておっしゃったから、私は極力考えないようにしています。
殿下の近衛魔術師を務めることに集中しなくちゃ、と思って。」
「そうか、それならいいんだ。
もし何か心配があれば僕に言ってほしい。
僕がどうにかするから。」
昨日応接室に行く途中に見せた切ない表情で言われ、ステラはどうすればよいのかわからなくなる。
「ありがとうございます、レオ様。
やっぱり私には荷が重すぎると言ったら、さらってくださるの?」
「ステラの望む通りにするよ。」
ステラは冗談のつもりで聞いたのに、レオナルドが思いの外真剣な表情で答えるので、その目を見ることができなくなって顔を伏せた。
そのときだった。
「《守れ》」
急に鋭い魔力が飛んでくる気配を感じ、腰に提げていた杖をとり反射的に唱える。
発動した防御魔法に弾かれた魔力が霧散する。
横を見ると、レオナルドも険しい表情で杖をとっていた。
「レオ様、私、殿下の元に行ってきます。ここはお願いします。」
「あぁ、そうしてくれ。《守れ》」
また攻撃が飛んできて霧散する。
学院内で攻撃するなんて何事だろう。
ヴァレン殿下は校舎にいるんだろうか。
校舎の中は結界が張ってあり、外部からの攻撃は通さないはずなのでどうか安全なところにいてほしい、と先を急ぐ。
攻撃を避けながら校舎に向かうと、ちょうどヴァレン殿下と護衛が校舎の入り口に立っていた。
魔力の気配を察知した近衛騎士が剣を手に取り、殿下を守っている。
近衛の剣は攻撃魔法を弾く特殊な素材でできている。
ヴァレン殿下は杖は持たず、金色の瞳でステラを見据えていた。
「《守れ》
《訪れし災厄を打ち払え》
《盾よ、主君を保護せよ》」
とりあえずの防御魔法を詠唱しながら、防御魔術をいくつか展開する。
ステラが杖を掲げると、ヴァレン殿下と近衛騎士を強力な結界が包み込んだ。
「ヴァレン殿下、ご無事で良かったです…」
「あぁ、君こそ無事で良かった。」
殿下に駆け寄り、怪我がないことを確かめると来た道を再び見る。
攻撃してきた魔法使いは二人。
一人は魔力に隙がなく、かなりの手練れだ。
まだ魔力を消して潜伏しているが、レオナルドではなくステラを追ってきている。
恐らく狙いは殿下だ。
「捕らえますのでお待ちください。」
「いや、いいんだ。泳がせておいてくれ。」
「えっ、でも…。」
「よくあるんだ。第一王子派の貴族の手の者だ。捕らえても罪に問うのは難しいからね。
恐らく私が近衛魔術師をつけたと知って様子を見に来たんだろう。」
「そ、そんな…。」
常に命を狙われてきたのだろう。
全く動揺を見せないヴァレン殿下に、ステラは胸が痛んだ。
第一王子派を捕らえても、今の内政状況で裁くのは内乱に繋がりかねないから難しいのは事実だ。
でも…。
「《敵に刻印せよ》」
小声で古代魔術をさっと唱える。
「ステラ?」
「私にはわかるようにしておきました。
次同じ者が攻撃したらすぐに察知できます。」
「そうか、ありがとう。」
敵はステラの魔術を察したのだろう、気配は完全に消えた。
解析されたとしてもかなり古い魔術だし、強く魔力を込めたから解かれることはない。
「ステラ、ヴァレン。無事か。」
「レオ様!ありがとうございました。」
「レオ、君を巻き込んですまなかった。」
「ヴァレン、気にしないで。
それにステラもいたから僕は何もしていないよ。」
レオナルドも慣れたような態度だったので本当によくあることなんだろう。
やはり早めにヴァレン殿下に防御魔術をかけておきたい。
「ヴァレン殿下、寮に戻ってもよろしいでしょうか。
朝お話ししたことを急ぎたくて…。」
「あぁ、そうだな。ではレオ、また明日。」
ステラはレオナルドに一礼して、第二王子殿下と一緒に寮に向かう。
恥ずかしいだなんて言ってられないから、杖を手に持ったまま横に並ぶ。
「初仕事だね。ご苦労様。」
殿下に声をかけられて、確かにそうだと思う。
といっても、大したことはできなかったので反応に困る。
「あ、ありがとうございます…。
もっと警戒を怠らず、任務に励みます。」
自分が持てる全てを、ヴァレン殿下を、王家の血を守るために使う。
昨日の宣誓を思い出し、寮への道を急いだ。
寮につくとヴァレン殿下には応接室にあるカウチに腰掛けてもらい、早速、魔術師団がかけている防御魔法の解析を行う。
昨日寮の中にとりあえずの防御結界を張っておいたので、外よりはこの部屋の方が安全だろう。
(一般的な防御魔法と結界魔法は張ってあるわね。それに防御魔術も。)
魔術は魔法よりも起動が複雑で、強い魔力を必要とする。
さすが王国魔術師団がかけた魔術は美しく、技術と魔力の高さを感じた。
(やっぱり私にできるのは…。)
父の書庫にあった古代魔術の魔導書を思い出す。
守りたい相手の命が脅かされたとき、術者の命と引き換えに救う魔術。
父の書庫にあったと言うことは、父もきっとそうやって国王陛下をお守りしているんだろう。
そしてステラがいつか父と同じ立場になったとき、これを使うことを心のどこかで想定して書庫に置いていたのだろう。
もしステラがこの術でヴァレン殿下を守ることを殿下に知られたらどう思われるだろう。
なんとなくだけど、何も伝えない方がいいだろうなと思い、伝えないでおこうと決めた。
「一般的な魔術はかけられていることを確認しました。これには触れないようにしながら、私にできる最大の防御魔術を行います。
私と殿下の魔力を繋げますが、殿下の魔力に影響のあるものではございませんのでご安心ください。」
「そうか、君を信頼しているから任せるよ。ありがとう。」
ステラはその言葉に頭を下げ、魔力を解放して魔術を展開する。
「《我が力、汝が物なり。我が命、汝が物なり。
汝、我が主なり。宿りし力よ、我が主を守れ。》」
詠唱を終えると、ステラの胸とヴァレン殿下の胸に魔方陣が浮かび、赤く光る。
ステラの胸から溢れた魔力が、殿下の胸に浮かんだ魔方陣に吸い込まれていく。
ヴァレン殿下は濃い金色の瞳でじっと私を見つめている。
殿下の中にある魔力と、殿下に流れ込むステラの魔力の波長が共鳴してうねりが生まれる。
うねりが収まると魔方陣も消えた。
「本当にこの感覚は不思議だな。慣れそうもない。」
「私もです、ヴァレン殿下。これで安心して眠れそうです。
お付き合いいただき、ありがとうございました。」
先ほど刺客に襲われたとは思えないくらい涼しい顔をしているヴァレン殿下。
何事もなかったかのように振る舞えるようになるまで、何度死地を潜り抜けてきたのだろう。
ステラが近衛魔術師としてお側にいる限り、もう怖い思いはしてほしくない。
(命を懸けてお守りしますから、ヴァレン殿下もご安心ください。)
と心の中だけで伝えて、微笑んだ。
古代魔術は魔力の消費が激しい。
体がよろけないように意識してその場を辞する。
ヴァレン殿下もわかってくださったようで労るような目線を向けられる。
「ゆっくり休んで。おやすみ、ステラ。」
「ありがとうございます。おやすみなさい。ヴァレン殿下。」
(普通に名前を呼べるようになってよかった…。
この魔術を使う日がないことを祈るけど、これで一応のお役目は果たせると思うわ…。)
荷解きの終わっていない部屋でぼーっとしながら考えていたが、ステラは昨日からの疲れですっと眠りについた。




