11.名前
翌朝、ステラがハッと目を覚まし、慌てて時計を確認すると朝六時だった。
七時に来れば良い、と第二王子殿下はおっしゃっていたが、そうは言っても早めに行動した方がいいだろう。
寝ぼけ眼を擦りながら制服とローブを着て、いつも持っている華奢な杖を腰の革ベルトに提げ、身支度を整える。
儀仗は普段は持ち歩かないので壁に立て掛けてある。
六時半に下に降りると、ホールには既に朝食の香りが漂っている。
「おはようございます。
第二王子殿下の近衛魔術師を拝命されましたステラ・アルカニスです。
殿下はお部屋にいらっしゃいますか。」
ホールを見回っていた寝ずの番の騎士に聞いた。
「おはようございます。近衛騎士のイグニス・マルクスです。
殿下は外で鍛練されていますよ。
ですが、夜警の騎士がついておりますので魔術師様は朝食をどうぞ。」
「そうなんですか!あの、もう準備はできたので私も外でお待ちします。」
「では、寮の裏庭にいらっしゃいますのでよろしくお願いいたします。」
「ありがとうございます!」
こんなに朝早くから鍛練とは、ステラも気を抜いている場合ではなさそうだ。
建物の裏側に回ると、第二王子殿下は騎士と手合わせをしているようだった。
王国魔術師は有事の際は戦地に駆り出されるので武術の嗜みも必要だ。
ステラも幼い頃から領地の騎士に教えてもらって鍛練に励んできたが、殿下の動きは騎士と比べても遜色がなく、ステラが護衛のために剣を握ったところで邪魔になるかもしれないと思った。
裏庭の入り口で自分に出来ることを考えながら立っていると、鍛練を終えた第二王子殿下がこちらにやってきたので跪く。
「おはよう、ステラ。楽にしてくれ。
寒いだろう、ホールにいてくれればよかったのに。」
「おはようございます、第二王子殿下。勝手に見学してしまって申し訳ありません。」
「それはいいんだけどね。それよりももう少し気軽に接してもらいたいな。
私の姿が見える度に跪く必要はないし、目を見て話してほしいし、私のことはヴァレンと呼んでほしい。」
(で、殿下をお名前で…!私の分際でその名を口に出すなんて不敬で罪に問われるのでは…っ!)
「ほら、呼んでごらん。」
顔を青くした私を見てくすりと笑いながら、殿下は例の人を従わせる声で言った。
「ぅ、ヴ、ヴァ、ヴァレン殿下っ!」
「そう、それでいいんだよ。」
今日初めて目を合わせた金色の瞳には赤面する私が映っていた。
使用人の部屋で食べようとする私と押し問答の末、ヴァレン殿下と恐れ多くも一緒に朝食をとった後、朝から考えていたことを伝えることにした。
「あ、あの、ヴァ、ヴァレン殿下、お話よろしいですか。」
「いいよ、どうしたの?」
「私、夜は寝てしまうし学院でもずっとご一緒できるわけではないので不安で、殿下に防御の魔法をかけさせていただきたいんです。
あ、あの、もう魔術師団の方でされているでしょうしお嫌だったら別の方法を考えますので大丈夫ですっ!」
「なんだ、そんなことか。
そのための近衛魔術師だし、もちろんいいよ。
私も君に保護してもらえるのであれば心強い。」
とんでもない失礼なお願いではないかと緊張していたので、微笑む殿下に安心して私も笑みが漏れる。
「君は私の傍でそうして笑っていてくれ。」
殿下に微笑みながら言われて、
(た、他意はないのよ!近衛だし!殿下はお優しすぎるんだわ。)
と赤面しながら心の中で自分に言い聞かせた。
今日は私もヴァレン殿下も夕方までみっちり授業があるので、ほとんど護衛はできない。
朝、一通りクラスメイトにからかわれて火を噴きそうになりながら午前のクラスを終えると、猛スピードで校舎の横にある食堂に向かい昼食をとった。
領地の騎士と過ごすことが多かったから、食べる早さには自信がある。
せめて昼食時は近衛騎士様にも力を抜いてもらいたくて、私も護衛をしようと思ったのだ。
ちょうど食べ終えた頃、ヴァレン殿下とレオナルドが護衛の騎士を連れて食堂に入ってきた。
さっと食器を下げて、今日も護衛をしているメーデンとアーノルドに目礼をしてから後ろに着こうとすると、いつから見られていたのかヴァレン殿下に声をかけられて飛び上がった。
「ステラ、一緒に食べようか。」
「ヴァ、ヴァレン殿下、失礼いたしましたっ!
私はもう食べたので、護衛をさせていただきまふ!」
殿下の視界に入ってしまった失礼に動揺してしまい思いっきり噛んだ。
「っふ、ステラ。そこまでしなくていいんだよ。
これからは私達と一緒に食べようか。
そしたら護衛にもなるし。」
「そ、そんな、私ごときが殿下とお食事をご一緒するなんて申し訳ないです。」
「すっかりヴァレンに気に入られたんだね、さすが僕のステラ。」
にこにこと微笑むヴァレン殿下にどうしようとおろおろしていると、横で見ていたレオナルドがちらりと殿下を見ながら言った。
「レオ様の幼馴染みのステラです!私は誰のものでもありませんっ!」
「その調子だ。ヴァレンも君と同じ、僕の幼馴染みだ。そんなに肩肘張らなくても大丈夫だよ。
いつも通りのステラでいてくれたら僕は嬉しい。」
「レオの言う通りだ、私に遠慮しないで普段通りでいてくれ。」
学院の二大貴公子であろう二人から普段通りでいてくれ、と言われて普段通りにできる令嬢などいないのではないか。
ステラは途方に暮れながらも、もう断ることはできなそうだと諦めて
「はい、ヴァレン殿下、レオ様。」
と項垂れた。




