10.特別寮
ご令嬢のキャーッという叫び声と、男子のおおーっという要らぬ妄想をしていそうな声を背に、ヴァレン第二王子殿下のいらっしゃる教室に向かう。
殿下はレオナルドと同じ四年生で教室も一番上だから、階段をいくつも上っていく。
やっと四階に辿り着いた頃には少し息も上がっていたので、持っていた儀仗を支えに息を整える。
教室の入り口には先程は応接室で護衛していた騎士が二人立っていた。
「騎士様、改めてこれからお世話になります。
第二王子殿下の近衛魔術師を拝命されました、ステラ・アルカニスです。よろしくお願いいたします。」
「殿下からお話は聞いています。
私は近衛騎士のアーノルド・デルフォンです。
よろしくお願いいたします。」
「同じく近衛騎士のメーデン・グラディウスだ。魔術師様が一緒に護衛してくれると心強いよ。よろしく。」
「恐れ多いですが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いいたします。グラディウス様ってもしかして…。」
「あぁ、ドラードと同じ学年か。俺はドラードの兄だ。」
「まぁ、お兄様なんですね。
今日、ドラード様と少しお話しして仲良くしていただいたので、なんだか嬉しいです。」
「こちらこそ、弟と仲良くしていただいて光栄だ。
何かあったら俺でも弟でも気軽に頼ってくれ。」
「おい、メーデン、抜け駆けするなよ。
アルカニス嬢、私のこともいつでも頼ってくださいね。アーノルドとお呼びください。」
「お前もずるいぞ、俺のことはメーデンと呼んでくれ。あ、お兄様も悪くないな。」
「ふふ、ありがとうございます。私のことはどうぞステラとお呼びください、アーノルド様、メーデン様。」
急に現れて殿下の護衛に加わると言う若輩者の魔術師に不快な思いを抱かせてしまったらどうしよう、と心配していたが杞憂だったようでよかった。
騎士との会話は領地にいた頃の気兼ねない会話を思い出して緊張も和んだ。
この二人と一緒に、憧れの近衛の仕事ができると思うと、これからの日々に少しだけワクワクした。
時々小声で会話をしながら待っていると、終礼の鐘が鳴った。
まもなく第二王子殿下が教室から出てくるだろう。
近衛魔術師といっても何の訓練も受けていない。
どう過ごせば良いのか二人に聞くと、長期休暇に訓練があるはずだから、それまではとりあえず騎士の二人に倣っておけばいいだろう、と言われたのでメーデンの横に立って待つことにした。
扉が開くと、授業を終えた四年生の男子生徒が数人出てきた。
騎士の二人は気にされていないようだが、存在感を消していたつもりのステラはやはり違和感があったようで、立ち止まって凝視される。
胸元の徽章に気付いて「おい、これって…」と穴が空くほど見つめられる。
(ど、ど、どうしよう…騎士様は何もおっしゃらないし、私も黙っておくのがいいかしら…。)
「ステラ!もうオリエンテーションは終わったの?」
黙っておくのも申し訳なくて居たたまれなくなっていたところに、ちょうど出てきたレオナルドが声をかけてくれた。
「はい。早速騎士様にお世話になっていたところです。」
その後ろから第二王子殿下も出てきたので、目礼をして、後ろから着いていこうとすると
「ステラ、こちらへ。」
殿下に隣に来るように声をかけられて、また心臓が跳ね上がる。
迷い込んだ一年生に見えているのだろうか、ステラに声をかける第二王子殿下に周りの四年生のざわめきも大きくなる。
「あ、は、はい…。」
近衛魔術師とはいえ、こんなに近い距離で歩いていいものかわからなくておろおろしていると、レオナルドがまた声をかけてくれた。
「ヴァレンの寮の場所、わからないでしょ。
大丈夫だから一緒に行って。」
「そ、そうですよね。
ありがとうございます、レオ様。」
既に歩き始めていた殿下に遅れを取らないよう、でも横に並ぶのは恐れ多くて一歩下がった位置から着いていく。
「オリエンテーションはどうだった?」
殿下からの問いかけにまた心臓が跳ね上がりそうになり、これではキリがないとどうにか落ち着かせる。
「あの、先生にお話しいただいて助かりました。
ありがとうございました。」
「伝令が間に合ってよかったよ。
目立たせてしまってすまないね。」
そういってクスッと笑う第二王子殿下に、先ほどの威圧的な姿とのギャップを感じて不覚にも胸がドキッとしてしまう。
動揺してしまい、よたよたと着いていくとまた笑われたような気がしたが、なるべく存在感をなくすことに必死な私には反応する余裕などなかった。
「ここが私の寮だ。
部屋は余っているから適当に使ってもらって構わない。」
本来入るはずだった生徒用の寮の近くだが完全に独立していて、小さな離宮のような石造りの建物だった。
近衛騎士や使用人の部屋を考慮しても、たしかに殿下お一人では広いだろう。
第二王子殿下に続いて中に入ると広めの玄関ホールがあり、横にキッチンとダイニングルームが見えた。応接室もあるようだ。
「今日は疲れているだろうから、部屋で荷物の整理でもするといい。
夕食は部屋に届けさせよう。
明日は七時に朝食だから、その時までにホールに来てくれれば良い。」
「お気遣いいただきありがとうございます…。
失礼ですが、殿下のお部屋はどちらでしょうか。
あ、あ、あの、へ、変な意味ではなくっあの、護衛のためにっ!」
「…っ、自分の近衛を疑ったりしないよ。
君は師団長の娘だし、信頼できるから近衛にしたんだ。」
「も、申し訳ありませんっ…。」
またも肩を震わせた殿下に、勝手に焦ったことを申し訳なく思う。
「私の部屋はあちらだ。」
と殿下が示したのは二階の奥の部屋だ。
となると、私も二階のどこかがいいだろう。
「二階で私が使って良い部屋はありますか?」
「そうだね…。…では私の隣の部屋を使うと良い。」
殿下は少し思案した後、私を試すような表情でそう言った。
「……しょ、承知しましたっ!あ、ありがとうございますっ!」
深い意味はない。近衛なのだから。
殿下の隣の部屋なんて寝た心地がしないなんてとても言えない。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせている私を見透かすように、殿下はまたクスクス笑った。
「では、また明日。」
「おやすみなさい。失礼します。」
自室に戻られる殿下を見送ってフーッと息をつく。
玄関に運んであった私の荷物を使用人に手伝ってもらいながら部屋に上げて、お風呂や食事の説明を聞く。
第二王子殿下のお気遣いで今日だけは部屋に運んでもらった夕食は、今までに食べたことがないほど美味しかった。
食事を終えると、荷解きと身支度もそこそこにベッドに倒れ込む。
髪色を変える魔道具の指輪はいつもは寝るときに外していたが、学院では外さないでほしいと母に言われている。
右手の中指につけている指輪をくるくると回しながら、気持ちを落ち着かせる。
(お母様、どこまでご存知だったのかしら…。
私が『王家の巫女』なんて何かの間違いだろうけど、こんなことになって心配されているでしょうね。)
父と母を思い出すと涙が出てきそうだったので、指輪をぐっと握りしめて耐える。
人生で最も濃密な一日だった。
殿下の隣の部屋なんてとても眠れそうにないと思ったが、疲れには抗えず、ステラはぐっすりと眠りについた。




