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或る武器商人の物語  作者: ぽこっち
第一章 邂逅
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第二話 若い時われわれは学び、年をとってわれわれは理解する

 ふわあと大きく欠伸をして、オズは落とし穴の前に屈みこむ。


「いやあー、それにしても昔騎士団の兄ちゃんたちから隠れるのに使ってた穴掘りの魔法が、こんなとこでも役に立つとはなあ。ガキの頃はションベンとか、野グソするときにしか使えねえと思ってたもんだが」


 少女は傍に落ちていた包丁を掴み立ち上がると、オズを強く睨みつける。


「私の両親を殺したくせに、ずいぶんのんきなんだね」


 その言葉を聞いた途端、オズの表情が険しくなった。


「お前、もしかしてあの時の……」


 オズの脳裏には7年前の〝あの景色〟が蘇る。


「今更思い出したってもう遅いよ。私はあんたを殺しに来たの。お父さんと、お母さんのっ敵を討つ……ためにっ」


 少女は言いながら必死に落とし穴から這い上がろうとするが、肩まである穴の深さとボロボロ崩れる土の壁に悪戦苦闘していた。


「……」


 オズは黙り込むが、それがかえって少女の神経を逆撫でしたようだ。


「私には、もう何もない。あんたが全て奪ったんだ!」


 少女は叫ぶとともにオズに向かって包丁を投げつける。


「うおっ。あぶねっ」


 オズは咄嗟に飛んできた包丁を躱す。包丁はボトッと少し離れた場所に落ちた。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をする少女は、後ろにあるぼこぼことした斜面に気づかず後ずさる。が、案の定足を滑らせると、今度は頭から派手に転んだ。


「あ」


 気づいたオズが声をあげるも、手遅れだった。

 どてっと鈍い音がして、頭を打った少女は気絶する。


「おいおい、大丈夫か?流石にここで死なれると困るんだが」


 慌てて魔法を解除するオズ。地面の穴がじわじわと塞がり始め、少女の身体を地上に押し上げていく。

 少女に駆け寄って容体を見るが、軽い脳震盪で気を失っただけのようで、所々皮膚をすりむいて血がにじんではいるが今のところ命に別状はなさそうだった。

 目の前で人死にが出なかったことにひとまず安堵の息を吐いて、これからどうしようかと頭を捻る。


「このまま放っておいたら、また俺を殺しに来るだろうし。それに……」


『私には、もう何もない』


 少女の言葉と、オズの古い記憶にあるかつての自分の姿が重なった。

 オズは懐から赤い宝石が埋め込まれた宝剣を取り出し、その鞘の輪郭をなぞる。

 



 オズの生まれはハイネという名の北にある隣国だった。

 父は武器商人で、ハイネの国中を渡り歩き、たまにはペンフォス王国にいる友人たちの前にも顔を出していた。

 オズが生まれてすぐに亡くなってしまった母に代わり、武器商人として商いをする傍ら男手一つでオズを育てていた父。

 彼は武器商人という肩書こそ持っていたが、その実職業とは相反した夢を持っていた。

 武器が人殺しの道具として使われない世界、武器が料理や薪割り、観賞用のみに使われる世界を望んでいたのだ。


「世界が平和になった時、私たちは誰かの(ぶき)を売るんだ」


 それが父の口癖だった。

 また、家宝である宝剣アトラスをとても大切にしていて、この剣には人を救う力があると本気で信じているようだった。


「宝剣アトラス……これはね、大昔の名工が、この剣によって斬られる者に救いをもたらすために作ったそうだ。いつかオズが私の後を継いで武器商人になることがあったら、この世で一番優しいと思える人に、この剣を売ると良い」


 そのころのオズは根っからのやんちゃ坊主で、そんな父の言葉を気にも留めなかった。

 そして父の商売に手伝いと称して同行し、いつも小遣いをせびっていたものだ。



 だがある時オズの父が病死したことで、そんな生活も終わりを迎えることになる。

 いきなり食い扶持を失ったオズは、質屋に宝剣アトラスを売りさばいて、父の貯金を切り崩しながら何とか生活していた。


 それでもなお今日食べるものにも困る生活だった彼は、ついにハイネ国内にて盗みを働き始める。

 人通りの少ない路地を歩く人を狙って、銭袋をひったくった。

 特に足腰の悪い老婆や、赤ん坊を連れた母親は良いカモだった。動きが鈍い相手ならば、オズのような子供とて逃げ切るのが容易いからだ。

 また、人がいない馬車や窓が開いている家に侵入すると、食料と金になりそうなアイテムをバッグに詰められるだけ詰めて持ち去った。

 オズはこの時ばかりは自分の逃げ足の速さを誇れる気がした。

 一度盗みが成功して、かつて親子で食べた露店の串焼きの味を思い出してしまうと、もう以前の乞食には戻れなかった。

 騎士団はハイネ国内のあちこちで盗みを働くオズを警戒こそしたが、国の王権が激しく争われていた時勢もあり本格的な捜索はなされなかった。

 一部の悪友たちは、そんなオズの逃げ足に羨望のまなざしを向け、彼を〝コソドロのディティーニ〟と呼んだ。



 数年が経ち、オズが25歳の時のこと。オズは友に呼ばれて久しくペンフォス王国を訪れ、その事件は起こった。

 その日も星が瞬く夜空が美しかった。

 そんな穏やかな月明かりが照らす先は赤黒い地獄絵図。ある町の路地裏で起きた、小さな惨劇だった。

 オズは額に飛び散った血を拭き取ることも忘れ、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。

 辺りの音が全く聞こえない、不自然なほど静かな空間だった。

 鼻を突く強烈な鉄の匂い。両手で握った剣の丸い剣先からは、ぽたぽたとまだ温かい液体が滴っている。

 冷たい石畳の上に転がっている人間だったモノの方なんて、見れるはずもない。



 それから一体何時間たったのか、東の空が白く光り始めた頃、気が付くとオズはペンフォス騎士団によって身柄を拘束されていた。

 体温を失った両親の前に屈みこんだ少女が、オズが抵抗することもなく騎士たちに身柄を預ける様子をじっと眺めている。

 その瞳からは、一滴の涙も流れていない。

 ただ、牢屋に連行されていくオズを、いつまでも少女の蒼い瞳が射抜いて逃さなかった。



 オズはペンフォス王国の牢獄に収監された。

 オズは二人の人間の首を落とした時の感覚が忘れられず、眠れない日々が続く。

「親父たちが死んで、俺が生き残ってる意味ってなんだ?」

 石の壁も、時折吹き抜ける隙間風も。オズの問いに答えることはなかった。



 震えるオズの元を、一人の女が訪ねてくる。

 女の名はノルン・カワテンといい、オズの父とは古い友人の鍛冶師だと言った。

 ノルンは見張りに連れられてオズがいる牢屋の前に来るなり、ドカッと床に腰を下ろした。

 その手には、見覚えのある赤い宝石の宝剣が握られている。

 数年前オズが質屋に売ったはずの宝剣アトラス。

 思わずどうやって手に入れたかと聞くオズに、ノルンはたった一言、その質屋に行って買い戻したとだけ答えた。


「俺はさ、今までがむしゃらに生きてはきたが、今になって何のために生きているのか分からなくなっちまったよ。もう、俺がやってきた事には取り返しがつかねえ。なああんた、よかったら俺のこと殺してくんねえか?なんてな」


 冗談半分にそう言って自嘲気味に笑うオズだったが、次の瞬間ノルンが鉄格子を思いっきり掴んで怒鳴ったことで笑うのをピタリと止める。


「人生舐めんじゃないよ!そうやすやすと逃げられるもんじゃないってことくらい、あんたも分かってんだろ!」


 黙りこくったオズに、ノルンはため息を一つつき、諭すように言った。


「あんた、今までの生き方を後悔してんだろ。だったら、1からやり直すんだよ。これからはこの宝刀に、天国の両親に恥じないように胸を張れる生き方をしな」


「……やり直せると思うか?」


「それはこれからのあんた次第さ。犯した罪は消せないが、今からだって真っ当に生きようとすることはできる。あんた、夢はないのかい?」


「夢……ね」


 ノルンの問いにオズはしばらく考え込む。


『世界が平和になった時、私たちは誰かの(ぶき)を売るんだ』


 そんな父のセリフを思い出し、ふと口に笑みを浮かべた。


「ああ、見つかったぜ。とびっきり馬鹿な夢がな」



 それからまた2年の時が経たった、今から半年ほど前のことだ。

 オズは牢から出ることを許され、ノルンから宝刀アトラスと様々な武器を仕入れると、武器商人として再び()の光を浴びる生活を送るようになった。




「やれやれ、カタギに戻ったつもりでいたのは、俺だけだったってわけね。俺にはまだ、清算しなきゃならない借金が山積みですよと」


 ぽりぽりと頭を掻き、宝剣アトラスを懐にしまい直すオズ。


「じゃあ、残業の商談といきますか」

今回のエピソードタイトルは【Marie von Ebner Eschenbach】より

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