第24話:死神の箱庭
地平線から響く、野獣のようなエンジン音。
安地に追われ、最短ルートで中央の一軒家へと突っ込んでくる一台のサイドカー。乗っているのは、Bグループ1位通過の暴力の化身、『鬼神』の三人だ。
「……来たわ。……距離120。……速度を落とさない。……あちらは、私たちがここに潜んでいるとは夢にも思っていないわ」
ほむらの冷徹な報告。
スクリムで自分たちを10秒で全滅させた相手。その慢心こそが、葉月が三人の脳内に焼き付けた最大の「隙」だった。
『……レイちゃん、ねねちゃん。……一階の扉は、あえて開けたままにしてあるわ。……二階の窓からは、絶対に銃口を出さないで。……潜伏を徹底して』
「……。……了解。……心臓の音さえ、彼らには聞かせない」
レイは、王者から奪った M416 のボルトを引き、二階の吹き抜けを見下ろす位置に身を伏せた。
『……ふぇぇ、心臓が口から出そうですぅ……! ……でも、ガソリン缶、バッチリ置いてあります!』
ねねの声は震えている。だが、その手にはスタングレネードが、葉月に教わった通りの角度で握られていた。
キィィィッ!!
激しいブレーキ音と共に、一軒家の玄関先にサイドカーが乗り捨てられた。
ドカドカと、土足で踏み込んでくる三つの足音。
「……チッ、誰もいねえのか? 扉が開いてるぞ」
「……逃げ遅れた雑魚が、物資を捨てて逃げた跡だろ。……ラッキーだ、ここを拠点にするぞ」
近接ボイスチャットから漏れる、プロたちの傲慢な会話。
彼らにとって、予選11位の Trinity Raid など、すでに視界の外にある「過去の獲物」に過ぎなかった。
一人が一階の奥へ、二人が階段へと足をかけた、その瞬間。
『……今よ!!』
ほむらの鋭い号令。
二階の隙間から、ねねの手を離れたスタングレネードが、一階のガソリン缶の真横へと正確に吸い込まれていった。
――ッパァァァン!!
一階を、網膜を灼く純白の光と、ガソリンの爆炎が同時に包み込む。
「……、……あぁぁぁっ!! 目が……!!」
「爆発!? 何が起きた……っ!!」
阿鼻叫喚の叫び。
プロの卓越したフィジカルを、物理的な盲目と混乱で強制的に奪い去る。
二階の吹き抜け。
身を起こしたレイの銃口が、光の中に彷徨う「かつての天敵」たちの眉間を、冷徹に捉えた。
白一色の光と爆炎。一階の密閉空間で炸裂したスタングレネードの効果は絶大だった。
プロの卓越した反射神経も、視界と聴覚を物理的に奪われれば、ただの「肉の塊」でしかない。
「……、……あぁぁぁっ!! 目が……!!」
「爆発!? 何が起きた……っ!!」
混乱の渦中、二階の吹き抜けから身を乗り出した レイ は、王者から奪ったフルカスタムの M416 を、一切の迷いなく構えた。
『……ほむらちゃん、左! ねねちゃん、右の入口を塞いで!!』
『……了解。……0.1秒も、逃がさないわ』
レイの指先が、流れるような動作で引き金を引く。
――ッパァン! ッパァン!
無機質な乾いた発砲音。
光の中で虚しく銃を振り回していた 『鬼神』 の先鋒の眉間を、弾丸が正確に射抜いた。
[ TR_Rei knocked down KISHIN_Aka ]
まずは一枚。膝をつく「暴力の化身」。だが、まだ死んではいない。
「……バカな! 11位か!? なぜここに――っ!!」
視界が僅かに戻り始めた二人が、階段へと銃口を向けようとした刹那。今度は、ほむらの精密なフルオートが、階段の踊り場を掃射した。
[ TR_Homura knocked down KISHIN_Ao ]
二枚目。這いつくばる二人の頭越しに、最後の一人が、半狂乱になって開いたままの玄関へと飛び出した。だが、そこにはすでに、フライパンを構えた ねね が、不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。
『……残念でしたぁ! ここはもう、ねねたちの「正解」の中なんです!』
――ガツッ!!
金属の重い衝撃音。
最大級の屈辱である近接武器での一撃が、Bグループ1位の最後の一人を、地面に叩き伏せた。
[ TR_Nene killed KISHIN_Boss ]
[ TR_Rei killed KISHIN_Aka ]
[ TR_Homura killed KISHIN_Ao ]
[ KISHIN WAS ELIMINATED ]
最後の一人が事切れた瞬間、ダウンしていた二人も同時にログへと消えた。
直後、配信のチャット欄は、阿鼻叫喚を通り越し、もはや宗教的な熱狂に包まれていた。
『……は!? 鬼神が、全滅……?』
『一軒家に入った瞬間に、文字通り溶けたぞ……』
『ハイエナじゃない。……こいつら、戦場の魔女か何かか!?』
王者を初動で落とし、さらに最強の武闘派チームをハメ殺した11位。
ーチ席。マイクは切れたままだ。
だが、葉月はモニター越しに、初めて声を出さずに笑った。
(……そうだ。暴力を、計算が超えた瞬間だ。……よくやった、怪物ども)
三人は 『鬼神』 の残した物資を迅速に漁り、次の安地へと視線を向けた。
彼女たちの瞳には、もはや「11位」という数字の重圧など、微塵も残っていなかった。




