第21話:怪物たちの産声
配信を終えた静寂の中に、カチャリ、と冷徹な電子音が響いた。
最終ブリーフィング。3人の少女たちは、それぞれの自室で、まるで処刑台へ向かう囚人のような、あるいは戦場へ赴く騎士のような、鋭い緊張感の中にいた。
「……。……準備はいいな。……これからお前たちが挑むのは、日本最高の48チームが集う地獄だ」
葉月の声は、いつになく低く、地を這うような重みがあった。
モニターには、第1マッチの航空ルートと、グループAとBの24チームが激突する初戦のマップが映し出されている。
「……レイ。……初動、孤島には降りない。……予定を変更する」
『……えっ!? でも、ランドマークは固定されているはずじゃ……』
レイが驚きに目を見開く。本選では初動の運要素を排除するため、チームごとに降りる場所が指定されている。
『……。……コーチ、まさか。……「空中」で勝負を決める気?』
ほむらが、その意図をいち早く察して息を呑んだ。
「……そうだ。……お前たちは孤島の上空を通過する瞬間、最短でパラシュートを開け。……そして、そのまま気流に乗って、中央の『ミリタリーベース』まで滑空しろ」
『……ミリタリーベース!? あそこ、王者 REIGN のホームじゃないですかぁ!!』
ねねの絶叫が響く。
通常、北西の孤島から中央の基地までは距離がありすぎて届かない。だが、葉月が一週間で叩き込んだ「秒単位の空気抵抗計算」による極限の滑空があれば、それは「理論上の正解」へと変わる。
「……王者はお前たちが来るとは夢にも思っていない。……奴らが武器を拾い、弾を込める『1秒前』。……その無防備な喉元に、丸腰のまま食らいつけ。……これが、俺がお前たちに授ける最初の『劇薬』だ」
『……。……面白いわね。……王者の完璧なルーティンを、初動の0秒でぶち壊す。……これ以上の正解はないわ』
ほむらが不敵に笑う。
カウントダウンがゼロになり、輸送機が戦場へと放たれた。
同時視聴者数は10万人を突破。実況と解説の絶叫が、ドーム会場を震わせる。
「……さあ、始まりました日本代表決定戦、第1マッチ! 注目はやはり、11位 Trinity Raid! 彼女たちは定石通り、北西の孤島へ……ああっ!? 降りた! 早すぎる!!」
実況の絶叫と共に、3人の影が空に躍った。
他の23チームが自分たちのランドマークへ向かう中、Trinity Raid だけが、誰一人予想だにしない「中央」へと、鳥のような姿勢で滑空を開始した。
「……。……ここからは、俺の声は届かない。……牙を剥いてこい、怪物ども」
葉月のマイクが切れる。
ボイスチャットに訪れる、死のような静寂。
3人の視界の先、巨大な軍事基地で悠々と物資を漁ろうとしていた王者たちの背中が、急速に近づいてくる。
『……。……捕捉したわ。……王者 REIGN。……死神が来たって、教えてあげましょう』
レイの冷徹な号令と共に、3体のアバターが、王者の頭上へと真っ逆さまに落ちていった。
高度300。パラシュートを切り離し、3人の影が REIGN の頭上へと突き刺さる。
王者の指揮官は、背後から迫る異様な風切り音に、一瞬だけ指先を止めた。
「……何だ? 敵か? いや、あり得ない。このエリアに降るのは俺たちだけのはず――」
その困惑こそが、葉月の計算した「0.5秒の空白」だった。
武器はおろか、アーマーすら着ていないレイが、王者の指揮官が拾おうとしていたM416の本体ではなく、その横に転がっていた「5.56mm弾」の束を、掠め取るように回収した。
『……回収! 次、隣の棟へ!』
レイの叫びと共に、ほむらが回復アイテムを、ねねが手榴弾を、吸い込むように奪い去る。
銃はある。だが、弾がない。
王者の「完璧な初動ルーティン」が、たった1秒の略奪によって、音を立てて崩れ去る。
「……ふざけるな! 11位か!? 武器も持たずに何をしに――っ!?」
王者の狙撃手が、丸腰の ねね を殴り飛ばそうと拳を振り上げた、その刹那。
ねねは拾ったばかりのスタングレネードを、ピンも抜かずにその足元へ叩きつけた。
『……えいっ!!』
爆発はしない。だが、金属の塊が足の甲を直撃した痛みと、予想外の「不発」に、プロの動きが0.2秒だけ硬直する。
その隙に、ほむらが隣の部屋に転がっていたショットガンに飛びついた。
『……拾ったわ! レイちゃん、これを使って!!』
ほむらが放り投げた銃を、空中でレイがキャッチする。
着地と同時に、先ほど奪った弾丸を装填。
カチャリ、という死の宣告が、軍事基地の静寂を切り裂いた。
「……バカな。……最初から銃を無視して……弾を拾うことに全神経を……!?」
王者の指揮官が絶叫する。
そう、これが葉月の授けた「劇薬」の正体。
「武器を拾う時間を、移動と強奪に充てる」。
至近距離。
レイが引き金を引き、火を噴いたショットガンが、丸腰の王者の胸を撃ち抜いた。
[ TR_Rei knocked down REIGN_Captain ]
公式配信のチャット欄は、阿鼻叫喚の渦に包まれていた。
『……は!? 11位、武器無視して弾だけ奪って、その後に銃を奪い返したのかよ!』
『王者が初動8分でダウンさせられたぞ……』
『嫌がらせじゃない。……こいつら、王者のプライドを殺しに来てる……っ』
コーチ席。マイクを切った葉月は、モニター越しに、初めて満足げな笑みを浮かべた。
(……そうだ。プロは「あるべき物」がない状況に、誰よりも弱い。……さあ、奪った弾丸を、今度は「死」として返してこい)
返り血を浴びた3人のアバターが、王者の残党を追って、地下道へと消えていく。
11位、Trinity Raid。
世界最弱と蔑まれた少女たちの、本当の「戦争」が幕を開けた。




