第19話:死神の学習
画面中央に躍る『REIGN THE CHAMPION』の金文字。
Trinity Raid を一瞬で塵に変えた 『鬼神』 すらも、王者の完璧な陣形の前には膝をつくしかなかった。スクリム第1マッチ。リザルト画面に並ぶ11位の文字を、レイは唇を噛みしめて凝視していた。
「……そこまでだ。視線を外すな。今の王者のラストシーン、ほむら、何が見えた」
カチリ、とマイクが入る音。葉月の声は、慰めも叱咤もなく、ただ凍てつくような「正解」だけを求めていた。
『……。……REIGN の狙撃手、一人も外さなかった。……『鬼神』がスモ-クを焚いた0.1秒後には、もうその煙の端を抜いて、逃げ道を塞いでいたわ……』
ほむらの声が、悔しさと戦慄で微かに震える。
「そうだ。……『鬼神』のエイムは、お前たちの小細工を力業でねじ伏せた。だが、王者の計算は、その暴力の『一歩先』を常に潰していた。……レイ、お前なら今の煙をどう抜ける」
『……。……私なら、抜けない。……あんなの、どこを狙っても死ぬもん』
レイの、絞り出すような本音。だが、葉月はそれを待っていたかのように言葉を継いだ。
「……抜ける必要はない。……相手が『そこに弾を置く』と分かっているなら、その『置き場所』自体をノイズに変えてやればいい。……いいか。第2マッチ、同じことは二度させん」
インターバルの5分間。
葉月は、彼女たちが全滅したシーンのログを脳内で再現させるかのように、三人に新たな「正解」を叩き込んだ。
スモ-クの展開角。スタングレネ-ドを投げる放物線の、あと5度の修正。
そして、一度も引き金を引かなかった彼女たちに、初めて「攻撃」のタイミングを伝えた。
「……次は、ただの幽霊で終わるな。……王者の計算に、一滴の『毒』を混ぜてこい」
第 2マッチのカウントダウンが始まる。
ボイスチャットから葉月の気配が消え、再び三人の、静かな地獄が幕を開けた。
『……ランドマ-ク固定。……また、あの孤島ね。……ふふ、望むところよ。……世界中が「逃亡中」って笑ってる間に、最高の地獄を見せてあげるわ』
ほむらの瞳から、迷いが消えていた。
降下開始。
三人のアバターが、北西の孤島へと一直線に突き刺さる。
物資は相変わらず貧弱だ。だが、今の彼女たちには、第 1マッチで「死」をもって刻んだ全チームの動線が、鮮明な地図として脳内に展開されていた。
『……安地、確定。……また中央寄りね。……レイちゃん、ねねちゃん。……コーチの言った通り、 13分後、あの「麦畑」で彼らを待ち伏せましょう』
一発も撃たずに抜けるのではない。
一発だけを、最も残酷なタイミングで叩き込む。
死神の学習は、すでに終わっていた。 第2マッチ、中盤。安地は再び、遮蔽物の乏しい広大な麦畑へと収縮を始めていた。
遠くで響く銃声。キルログには、相変わらず 『鬼神』 の三人が他チ-ムを蹂躙し続ける非情なログが並んでいる。
『……来たわ。……北西、二三〇メ-トル。……一台の車両。……間違いなく、さっきの彼らよ』
ほむらの演算が、地平線の僅かな砂埃から敵を特定する。
第1マッチと同じシチュエ-ション。
だが、今の三人に焦りはない。葉月が授けた「毒」――それは、相手のフィジカルを、そのまま自分たちの盾に変える禁断のロジック。
『……ねねちゃん、一発目。……タイミングは任せるわ』
『……うん。……三、二、一。……今っ!!』
車両を走らせるレイの背後から、ねねがスモ-クを射出した。
前回と同じ、視界を遮る煙の壁。
「……また同じ手か。学習能力がないな。…… 0.5秒で抜くぞ」
追走する 『鬼神』 の狙撃手が、嘲笑いながら煙の「中心」にレティクルを重ねる。
彼らの理論では、0.5秒後に車両が煙から露出する「点」を撃てば、確実にレイの頭を撃ち抜ける。
だが。
――ッパァァン!!
煙を抜けたのは、車両ではなかった。
車両の屋根から垂直に放り投げられた、一缶のガソリンタンク。
「……なっ!? 燃料缶……!?」
鬼神の動体視力が、その小さな異物を捉えた刹那。
後部座席で身を起こしたレイが、空中のタンクに向けて、この試合初めての「一発」を放った。
――ドォォォォン!!
空中で爆発したガソリンが、 『鬼神』 のバギ-のフロントガラスを火炎の膜で覆い尽くす。
「……前が見えん! 回避しろ!!」
炎と爆風。
プロの精密なエイムは、視界を物理的に遮断されるという最悪のノイズによって、完全に無力化された。
その 0.5秒の硬直。
レイは、燃え盛るバギ-に向けて、さらに一発。
――ッパァン!
[ TR_Rei knocked down KISHIN_Aka ]
『……一枚、落としたっ!!』
レイの叫びが、ボイスチャットを震わせる。
Bグル-プ 1位通過の怪物の頭を、 11位の少女が、文字通り毟り取った。
配信のチャット欄は、一瞬の静寂の後、爆発的な熱狂に包まれた。
『……は!? 今の、ガソリン缶を撃って爆発させたのか!?』
『ハイエナじゃない……これ、狙ってやってるぞ!』
『鬼神のエイムを、火炎で無効化した……っ』
深追いはしない。
レイはすぐさま車両を加速させ、炎上し、仲間を蘇生させるために足を止めた 『鬼神』 たちを置き去りにして、安地へと消えていった。
その後、 Trinity Raid は深追いすることなく、安地の中心へと静かに消えていった。
結果として、第2マッチも彼女たちはチャンピオンを獲ることはなかった。物資の乏しさと、無理な検問突破を避けた立ち回りの限界だ。
だが、スコアの順位こそ11位のままであったが、サーバー内の空気は第1マッチとは明らかに異なっていた。
『鬼神』の車両をガソリン缶の爆発で足止めし、あえて確殺を入れずに去っていった不可解なムーブ。
「……。……全滅こそ免れたが、 REIGN が最後に 『鬼神』 を漁夫ったな。お前たちの撒いた『毒』が、盤面を書き換えた結果だ」
最終的に第2マッチを制したのは、またしても絶対王者 REIGN だった。
しかし、彼らの勝利インタビューやロビーのチャットには、先ほどまでの余裕はない。
『11位、何者だ』
『あいつら、わざとキルを捨てて盤面を荒らしてるのか?』
プロたちの困惑が、無機質なテキストとなって流れていく。
戦場を支配する空気は、確実に変わり始めていた。
「逃亡中のV」という嘲笑いは消え、代わりに正体不明の「異物」への戦慄が、ドームの闇に溶けていく。
スクリム全行程、終了。
「……。……今日はここまでだ。……明日からは、この『毒』を本物の『牙』に変える仕上げだ。……解散。……ゆっくり休め」
葉月の指示で、ボイスチャットに退出の電子音が重なる。
本選の幕が開くまで、あと僅か。伝説の逆襲は、ここから加速する。




