第18話:沈滅のスクリム
予選グループ A と B の全日程が終了した翌日。公式発表の喧騒が冷めやらぬ中、葉月の元に 1 通のダイレクトメッセージが届いた。
送り主は、国内最大手のプロチームマネージャー。内容は、グループ C と D の予選を待たずに行われる、勝ち抜け確定組による『先行合同スクリム』への招待状だった。
「……。……餌場に呼ばれたか」
葉月は自室のモニターを見つめ、低く呟いた。
本選出場を決めた上位勢からすれば、11位というギリギリの順位で滑り込んできた『Trinity Raid』など、本番で最初に食い潰すべき「ボーナスポイント」に過ぎない。
『……えっ、スクリム? それって、あの王者 REIGN とか、ASTRA も参加してる……プロだけの練習試合ですよね?』
ボイスチャットに招集されたレイの声が、あからさまに上擦っていた。
『私たち、11 位ですよ? VEGA さんたちをたった 1 ポイント差で追い落として、その枠を奪って進む場所なんです。もしここで無様な姿を見せて、「やっぱり VEGA の方がマシだった」なんて他のプロの人たちに思われたら……』
『……合理的じゃないわね』
ほむらも、眼鏡を押し上げる音が聞こえるほど冷徹に分析を口にする。
『あちらの狙いは、私たちの「底」を見極めること。……今ここで手の内を見せれば、本選で徹底的に対策されるわ。コーチ、これは罠よ』
『……ねね、お腹痛くなってきました……。ロビーに入った瞬間、他のチームの人たちがみんな、私たちのこと「誰だこいつら」って顔で見てる気がしますぅ……。マウスが重いです……』
ねねは今にも泣き出しそうな声で、デバイスの向こうで震えている。
葉月は、プロ限定のカスタムロビーへと入場した。
そこには、国内屈指の強豪たちの名前が並んでいる。
11 位:Trinity Raid。
その直上には、予選を圧倒的火力で粉砕した絶対王者『REIGN』。そして、狡猾な立ち回りで VEGA に引導を渡した『ASTRA』。
ロビーのチャット欄には、ファンこそいないが、選手同士の簡潔で無機質なやり取りが躍る。
『TR 入ったね。噂のハイエナ。よろしく』
『VEGA の枠、大事にしてねw』
歓迎とも皮肉とも取れる、プロ特有の身内ノリ。だが、そこに新たなログが流れた。
『運だけで A と B の予選は抜けられないでしょ。お手並み拝見』
『11 位の漁夫ムーブ、結構エグかったよ。楽しみにしてる』
それは、中堅チームのリーダーや、かつて葉月と縁があったかもしれない古参プレイヤーからの、静かな「洗礼」と「期待」だった。
『……っ、今、私たちのこと「エグかった」って……』
ねねが驚きに目を見開く。だが、葉月はそれを遮るように、マップのある一点を鋭くピンで叩いた。
「……吠えさせておけ。……今日、お前たちに課すオーダーはただ一つだ」
葉月の瞳に、かつて世界を絶望させた『OUKA』の冷徹な光が宿る。
「――キルも、チャンピオンもいらない。……ただ、全チームの『視線』と『射線』を、その身に刻んでこい。……一秒でも長く、彼らの『計算』を狂わせる動きを続けろ。……死ぬ気で、逃げ回れ」
輸送機のエンジン音が響き、仮想世界の空へと三人が投げ出される。
それは、本物の『怪物』たちが集う、地獄の予行演習の始まりだった。
輸送機が島の上空に差し掛かる直前、運営からの最終通知が画面を流れた。
『本日のスクリム、各チームの個人配信を許可します。本戦のプロモーションとして活用してください』
「……コーチ、配信OKだって。どうする?」
レイの問いに、葉月は短く答えた。
「……付けろ。ただし、コメントに反応する余裕はないとだけ伝えておけ。……いいか。ここからは、俺の声は届かない。……お前たちの脳内に残した俺の『言葉』だけを信じて走れ」
三人は無言のまま配信を開始した。
瞬く間に数千人の視聴者が集まり、チャット欄には期待と嘲笑が入り混じった言葉が激しく流れる。だが、三人はそれに一瞥もくれない。
カウントダウンがゼロになり、ボイスチャットから葉月の気配が消えた。
ここからは、彼女たち三人の地獄だ。
本戦を見据えた非情なルール――ランドマーク固定。
王者 REIGN は中央の軍事基地。狡猾な ASTRA は東の市街地。
そして、11位の Trinity Raid に与えられたのは、北西の果てにある孤島。
『……最悪の立地ね。アンチは南東。……レイちゃん、ねねちゃん。行くわよ。……コーチの「正解」を、なぞるだけよ』
ほむらの冷徹な号令。
三人は孤島に降り立ち、最低限の防具と、指示されていた大量のスモ-ク、そしてスタングレネ-ドだけを回収した。銃弾は、牽制用の数発のみ。
第一パルスが動き出す。最短ルート上には…… ASTRA が検問を敷いている。
『……来るわ。……ほむらちゃん、ラインは!?』
『……計算済みよ。……敵の狙撃手、二階に一枚。……レイちゃん、アクセルを緩めないで! ……ねねちゃん、三秒後に右前方へスタンの投下、用意!』
一台の車両が、草原を猛スピードで駆け抜ける。
壁裏で待ち構える ASTRA の二人が、スコープの先に獲物を捉えた。
「……おい、11位が突っ込んでくるぞ。バカか? 遮蔽もない平原を……」
その刹那。
シュパァァァッ!!
ジープから、絨毯を敷くように正確な間隔でスモ-クが展開され、草原に「白い壁」が出現した。
「なっ……!? 全く見えない!」
混乱する ASTRA。彼らが闇雲に煙の中へ弾を撃ち込んだ瞬間、今度は網膜を灼くような閃光が弾けた。
ねねが放り投げたスタングレネ-ドが、追撃の手を完璧に止めたのだ。
煙が晴れたとき、そこにはもう、ジープの影も形もなかった。
『……抜けた! 抜けたよ!!』
『……喜ぶのは早いわ。……次、13秒後。……次の領域に入るわよ』
三人の瞳に、一瞬の油断もない。
コーチ席。マイクを切った葉月は、モニター越しに静かにその背中を見つめていた。
ジ-プが ASTRA の検問を鮮やかに突破した瞬間、配信のチャット欄は驚愕の渦に包まれた。だが、三人に安堵の暇など一秒も与えられない。
『……次、来るわよ! Bグル-プ 1位通過、『鬼神』……!』
ほむらの声が、これまでにない鋭さで響く。
Bグル-プを全試合キル数トップで蹂躙した、国内屈指の武闘派チ-ム。彼らには、王者のような「完璧な計算」など存在しない。ただ、視界に入った敵を、反射速度とエイムだけで粉砕する純粋な暴力。
『……捕捉された! 右前方、一五〇メ-トル!』
レイが叫び、ハンドルを左に切る。
時速 一〇〇キロを超える車両。だが、相手はプロだ。
――ッパァァン!!
無機質な乾いた一発。弾丸がレイのヘルメットを掠める。
『……うそ!? この速度で、頭を狙ってくるの!?』
『……ねねちゃん、スモ-ク!!』
ねねが震える手でスモークを投下する。
だが、『鬼神』の連中にとって、煙はただの「そこに敵がいる」という標識に過ぎなかった。
――ガガガガガッ!!
煙の中に、狂ったような精度のフルオ-トが叩き込まれる。
『……っ、タイヤが!!』
タイヤを撃ち抜かれたジ-プが激しく横転し、草原に投げ出される三人。
そこへ、一切の躊躇なく、三つの影が肉薄してきた。
『……レイちゃん、立てる!? 私が抑えるから……っ』
ほむらが拳銃で応戦しようとした刹那、彼女の胸に弾丸が突き刺さった。
[ KISHIN_Aka knocked down TR_Homura ]
ほむらが膝をつく。だが、まだレイとねねが生きている。二人が生きている限り、ほむらはまだ死なない。
『……ほむらちゃん! いま助け――』
『……来ちゃダメ、ねねちゃん!!』
ほむらの制止も虚しく、ねねの眉間を弾丸が貫いた。
[ KISHIN_Ao knocked down TR_Nene ]
残されたのは、最後の一人、レイ。
彼女さえ生きていれば、ダウンした二人はまだ救える。だが、プロの『鬼神』は、そんな奇跡を 1秒も許さない。
――ッパァン。
至近距離、無慈悲なヘッドショット。
[ Trinity Raid WAS ELIMINATED ]
最後の一人が倒れた瞬間、ダウンしていた二人もろとも、 Trinity Raid の名前が画面から消滅した。
沈黙。
配信のコメント欄は、先ほどまでの熱狂が嘘のように冷え切っていた。
『……瞬殺かよ。ダウンとっても 1秒で全滅させたな』
『やっぱり 11位だな。運が良かっただけ』
『……プロのフィジカルの前には、小細工なんて通用しないってことか』
無機質なコメントが流れる中、 Trinity Raid の三人の画面は、自分たちを蹂躙した 『鬼神』 の視点へと強制的に切り替わった。
彼女たちを 1秒で全滅させた男たちは、死体すら見向きもせず、次の獲物を求めて野獣のように平原を駆けていく。
カチリ、とマイクが入る音がした。
「……そこまでだ。……マウスから手を離せ。だが、画面からは目を逸らすな」
葉月の声は、驚くほど冷静だった。
レイは、震える指先を膝の上で握りしめていた。
自分たちが積み上げてきた「正解」が、たった 10秒の暴力で粉々に粉砕された屈辱。視界の端では、ダウンしていたほむらとねねのアイコンが、虚しく灰色に染まっている。
「……今、お前たちを殺したム-ブをよく見ておけ。……なぜ、お前たちのスモ-クが機能しなかったのか。……ほむら、答えろ」
『……っ。……相手の予測射線が、私たちの移動速度を上回っていたから。……煙の中に「中心」があることを、彼らは本能で理解していたわ……』
ほむらの声が、悔しさに震えている。
「……そうだ。……お前たちのスモ-ク展開は、0.5秒遅い。……『鬼神』のようなフィジカル特化型にとって、0.5秒の隙は『どうぞ撃ってください』と言っているのと同じだ」
画面の中では、王者の REIGN と 『鬼神』 がついに衝突しようとしていた。
最高峰の「計算」と、最高峰の「暴力」。
その次元の違う撃ち合いを、三人は言葉を失って見つめるしかない。
「……悔しいなら、今の『死』を脳に焼き付けておけ。……お前たちが今やるべきことは、泣くことじゃない。……今の王者のム-ブから、自分たちの『正解』の、さらに先を盗むことだ」
試合は、王者の REIGN が圧倒的な連携で 『鬼神』 をねじ伏せ、チャンピオンの文字が画面に躍って幕を閉じた。
「……。……全滅から、チャンピオンが決まるまでの 5分間。……お前たちは、何を感じた?」
葉月の問いに、レイが奥歯を噛みしめ、顔を上げた。
『……。……一発も撃たずに抜けるなんて、まだ、甘かったです。……次は、あいつらの指先を、こっちが狂わせてやる……っ』
絶望の中、レイの瞳に灯ったのは、かつての「臆病な少女」のものではない。
「……いいだろう。…… 2戦目、降下開始まであと5分。……次も、死ぬ気で逃げ回りながら、今度は『牙』を剥く準備をしろ」




