第17話:戦士たちの休息、素顔の約束 ③
「……。……コーチが教えてくれた『正解』が、正しいってこと。……本選で、私たちが証明しますから」
レイの力強い宣言。その真っ直ぐな瞳に、葉月はわずかに視線を逸らした。
彼女たちはまだ知らない。本選という舞台が、予選とは比較にならないほど残酷で、どれほど正解を積み上げても「運」と「油断」の一刺しで全てが崩れ去る場所だということを。
「……証明、か。なら、一つだけ約束だ」
葉月はトングを置き、三人の顔を順番に見据えた。
「本選で日本代表の枠――三位以内を勝ち取ったら、お前たちの好きにしろ。一つだけ、俺にできることなら何でも聞いてやる」
「えっ……! ほ、本当ですか!?」
ねねが身を乗り出し、レイとほむらも顔を見合わせる。
「三位以内……。……それなら、私たちにも手が届くかもしれないわね」
ほむらが不敵に笑う。
「何にしますか? レイちゃん、ほむらちゃん! えーっと、高級スイーツ巡り? それとも、回らないお寿司の食べ放題とか……!」
「……ねね、それは代表にならなくてもできるでしょ」
レイが苦笑いしながら、少しだけいたずらっぽく、けれど真剣な表情で葉月を見た。
「……じゃあ、コーチ。……もし私たちが代表になったら。……私たちの、次の『新衣装の配信』に出てください」
「…………は?」
葉月の思考が一瞬停止した。
「……いや、待て。俺は裏方だ。Vの体もない。それに、お前たちのファンがそんなものを喜ぶわけが――」
「喜ぶわよ、絶対」
横からMintyが、腹を抱えて笑い出した。
「伝説の指揮官が、新人Vの保護者面して配信に映り込むなんて、最高に面白いじゃない! 決まりね! 三位以内に入ったら、葉月の顔出し……は無理でも、音声出演は確定!」
「……。勝手に決めるな」
葉月は頭を抱えたが、三人の少女たちの顔には、先ほどまでの悲壮感はない。ただ、「自分たちのコーチを世界へ連れていく」という、新しい、けれど確かな目的の光が灯っていた。
だが、その光を見つめる葉月の心には、冷ややかな予感があった。
(……三位以内。……一〇〇ポイント。……一ポイントの重みを知ったお前たちなら、届くかもしれない。……だがな)
葉月は窓の外、夜の闇に沈むドームを睨みつけた。
そこには、彼女たちがまだ経験したことのない、本当の「敗北」が待っている。
実力があっても勝てない。努力が踏みにじられる。
そんな「不条理」を乗り越えてこそ、彼女たちは本物の『怪物』になれる。
「……。……食い終わったなら帰るぞ。明日から、また地獄の続きだ」
「「「はいっ!!」」」
三人の明るい声が、夜の街へと溶けていく。
それは、嵐の前の、あまりにも穏やかで尊い「休息」の終わりだった。
会計を済ませて店を出ると、夜の空気は予想以上に冷えていた。
「……ふぅ、お腹いっぱい! ほむらちゃん、明日からまた地獄の特訓だし、今日は早めに寝ようね!」
「……そうね。ねねちゃん、食べ過ぎて明日の朝、お腹を壊してないことを祈るわ」
ねねとほむらは、軽口を叩き合いながら駅の改札へと消えていった。
「……さてと。葉月、私はあっちの路地裏で『二回戦』に行ってくるから。あんた、レイちゃんをちゃんと送ってあげなさいよ?」
Mintyが、少し顔を赤くしながら飲み屋街のネオンを指差した。
「……飲み過ぎるなよ、姉さん。明日の朝、配信の準備があるんだろ」
「分かってるって。……じゃあね、レイちゃん! また明日!」
嵐のように去っていく姉の背中を見送り、残されたのは葉月とレイの二人だけになった。
深夜の駅前。人通りも疎らになった歩道を、二人は適度な距離を保って歩き出した。
「……。……家、こっちなのか」
葉月が不器用に切り出すと、レイは少しだけ肩を揺らして、はにかむように頷いた。
「……はい。偶然ですけど、同じ路線だったみたいで。……なんだか、不思議ですね。画面越しには毎日会っているのに、こうして隣を歩いているのが、なんだか……夢みたいで」
レイの横顔を、街灯のオレンジ色が淡く照らす。
画面上のアバターは、自信に満ちた熱血漢の姿をしているが、隣を歩く彼女は、どこか壊れそうな繊細さを纏った普通の少女だった。
「……。……プレッシャー、か」
「えっ……?」
「さっき、運が良かっただけだって言われてるって言っただろ。……お前は、この三人の中で一番、他人の声を気にするタイプだ」
図星だったのか、レイが俯いて、自分のスニーカーの先を見つめた。
「……バレてますね。……私、リーダーなのに、一番弱くて。……本選で、もし私のミスでみんなの努力が消えちゃったらって考えると、夜、マウスを握る手が震えるんです」
葉月は足を止めず、真っ直ぐに前を見据えたまま答えた。
「震えていい。……むしろ、震えない奴は本物じゃない。……恐怖を知らない奴は、戦場で真っ先に死ぬ」
「……コーチ……」
「だがな、レイ。……お前が震えている時、隣にはほむらの計算があり、後ろにはねねの直感がある。……そして、耳元には俺の『正解』がある。……一人で勝とうとするな。お前はただ、俺の駒として、最高に鋭い『矛』であればいい」
冷たい、けれど絶対的な肯定。
レイは立ち止まり、夜の空気を深く吸い込んだ。
「……はい。……私、もっと強くなります。……コーチが、私を信じてくれるなら」
レイの瞳に、迷いのない光が戻る。
二人の影が、街灯の下で長く伸びては消えていく。
その時、葉月の脳裏には、ある一つの懸念が過っていた。
――勝利への渇望が強ければ強いほど、一つの綻びが全てを狂わせる。
今の彼女は、あまりにも「正解」を、そして「自分」を信じようとしすぎていた。
(……。……いいだろう。その熱量が、本選でどう転ぶか……見せてもらうぞ)
静かな夜道。二人の歩幅が、わずかに重なった気がした。




