第15話:戦士たちの休息、素顔の約束 ➀
予選突破から三日。
都内の路地裏にある、知る人ぞ知る隠れ家的な焼き肉店。その一室に、かつてない緊張感が漂っていた。
「……あ、あの……。もしかして、コーチ……ですか?」
おずおずと、消え入りそうな声で問いかけてきたのは、一人の少女だった。
画面越しの凛としたリーダー像とは裏腹に、現れたレイは、どこか自信なさげに肩をすぼめている。ゆるく巻かれた茶髪に、意志の強そうな大きな瞳。だが今は、憧れの人物を前にして、捨てられた子犬のように視線を泳がせていた。
その隣には、現実でも知的なスクエアの眼鏡をかけたほむらが立っている。
彼女はレイとは対照的に、腕を組んで葉月を上から下まで値踏みするように眺めていた。
「……意外ね。もっと、こう、血も涙もないサイボーグみたいな鉄面皮が来ると思ってたわ。案外、普通なのね」
「ほ、ほむらちゃん! 失礼だよぉ……っ」
焦るレイを余目に、三体目のアバターの主――ねねは、すでに店内に漂う香ばしい肉の匂いに魂を奪われていた。
「……お肉。……お肉の神様が、ねねを呼んでる気がします……!」
葉月は無言で、そんな三人の少女たちを見据えた。
一週間、デバイス越しに罵声を浴びせ、限界まで追い込んできた相手。
「……桜庭葉月だ。……なんだ、その面食らったような顔は。さっさと座れ、肉が届くぞ」
葉月が短く促すと、三人は弾かれたように着席した。
その場をセッティングした葉月の姉・Mintyが、ガハハと豪快に笑いながら葉月の隣にドカリと座る。
「でしょ? ほむらちゃん、いい勘してるわ! こいつ、ゲームを離れればただの冴えない会社員なんだから。……あんたたちが想像してた『伝説の指揮官』のオーラなんて、一ミリも残ってないでしょ?」
姉の言葉に、葉月は苦い顔で冷えた麦茶を煽った。
「……余計なことを言うな、姉さん」
「何が余計よ。事実じゃない。でもね……」
Mintyはそこで一度言葉を切り、三人の少女たちを真っ直ぐに見つめた。
「その冴えない男がお前たちを、あの地獄のような予選から『一一位』に導いた。……そこだけは信じていいわよ。こいつの性格は最悪だけど、勝たせる腕だけは本物だから」
運ばれてきた特上カルビが、網の上でジ音を立てて踊り始める。
葉月は手際よくトングを操り、焼き上がった肉を三人の皿へ放り込んだ。
「……。……食え。予選の泥を啜った分、本選では戦い抜くための血肉が必要だ」
「い、いただきます……っ」
レイが震える手で肉を口に運ぶ。
「……っ! おいしい……。こんなお肉、食べたことないです……!」
「……本当に。……私たちの努力が、ちゃんと『形』になった味がするわ」
ほむらが静かに、噛みしめるように言った。
一週間前まで、彼女たちは「Vの皮を被ったプロごっこ」と嘲笑われる、崖っぷちのユニットだった。
努力が空回りし、敗北を重ね、解散の二文字が背中に張り付いていた少女たち。
「……コーチ。……私たち、本当に、あの舞台に立っていいんですよね?」
レイが、タレのついた箸を止めて、真剣な眼差しを葉月に向けた。
「一ポイント差の滑り込み。……運が良かっただけだって、掲示板には書かれてました。……本選の化け物たち相手に、私たちが通用するのか、まだ怖くて……」
葉月は肉をひっくり返す手を止め、レイの瞳を真っ直ぐに見返した。
「運も実力のうちだ。……だがな、レイ。……あの土壇場で、ねねが落ちた後に一ポイントをもぎ取ったのは、運じゃない。お前たちが、俺の教えた『正解』を信じて、指を動かした結果だ」
葉月の冷徹な、けれど確信に満ちた声が、個室の空気を震わせる。
「掲示板の書き込みなどノイズだ。……お前たちは、俺が選んだ『怪物』だ。……自分を疑う暇があるなら、次の一発を当てることだけを考えろ」
その言葉に、三人の顔に赤みが戻る。
「……。……はいっ!」
ねねが元気よく返事をして、再び山盛りの白米に食らいついた。
「ねね、本選でもいっぱい毟り取ります! コーチが美味しいお肉をいっぱい食べさせてくれるなら、どこまでもついていきます!」
「……現金な奴ね。……でも、悪くないわ。……『正解』の先に、こんなご褒美があるのなら」
ほむらも、微かに口角を上げた。
だが、宴はまだ始まったばかり。
姉のMintyが、悪戯っぽく目を細めて葉月の脇腹を突いた。
「さて、葉月。……あんた、この子たちの『プライベートの顔』、もっと詳しく知っておかなくていいの? 本選じゃメンタル管理もコーチの仕事でしょ?」
「……余計な世話だ」
葉月の制止も聞かず、Mintyは三人にニヤリと笑いかけた。
「ねぇ、みんな。……この堅物コーチに、何か聞きたいこととか、不満とかない? 今なら私が全部聞き出してあげるわよ!」




