第14話:一秒先の崖っぷち
二戦目。絶対王者を沈め、ドン勝を奪い取ったあの日、世界は彼女たちを「怪物」と呼んだ。
だが、プロの壁は、そんな奇跡を二度は許さなかった。
三戦目、初動死。四戦目、移動ルートを検問され中盤で壊滅。
一戦ごとに、リーダーボードの順位が削られていく。
そして迎えた予選、最終日。最終マッチ。
本選へ進める上位一二チームを懸けた、非情なスコアボードが画面に映し出される。
11位:ASTRA
12位:Trinity Raid
13位:VEGA
一一位から一三位までの差は、わずか数ポイント。
一ポイント、あるいは一秒長く生き残れるかどうか。その微差で、本選進出か、予選敗退かが決まる。
逆転を懸け、葉月が叩きつけたピンは最激戦区――誰もが避ける死地だった。
「……最後だ。……お前たちの『野生』を、すべて解放してこい」
カウントダウンがゼロになり、マイクが遮断された直後だった。
着地と同時に、戦場は地獄と化した。
「……ああーっと! Trinity Raid、着地した瞬間に別チームと鉢合わせたぁ! 武器がない! 殴り合いだ!!」
実況の悲鳴。
民家に飛び込もうとした三人の背後から、先に銃を拾った敵の銃声が響く。
『……きゃあぁっ!?』
ねねの悲鳴。
背中を撃たれ、膝をついた彼女の元へ、レイが遮蔽物を捨てて駆け寄ろうとした。
だが、敵はプロだ。甘い「救助」など、一秒も許さない。
――ッパァン!
乾いた、無機質な一発。
倒れたねねのヘルメットが弾け、確定キルのログが画面に刻まれる。
[ TR_Nene was FINISHED ]
『……え? ……ね、ねねちゃん……?』
レイの、呆然とした声。
まだ試合開始から一分も経っていない。
チームのムードメーカーであり、最も臆病だった少女のアバターが、光の粒子となって消えていく。
マイクの切れたコーチ席。
葉月は、震える三人の視線を奪うように、モニターを睨みつけた。
(……泣くな。……立ち上がれ。……ここからが、本当の『泥濘』だ)
残されたのは二人。
一ポイントも稼げぬまま、Trinity Raid の順位が、画面上で「13位」へと転落した。
「……終わった。Trinity Raid、初動でねね選手を失いました! ボーダーライン争いの最下位へ転落! 残されたのは二人だけ、装備も満足に揃っていません!!」
実況の叫びが、葬列の鐘のように響く。
公式配信のチャット欄は「解散乙」「結局運ゲーだったな」と、死体蹴りに等しい嘲笑いで埋め尽くされた。
だが、二人だけのボイスチャット。
嗚咽を漏らすレイの横で、ほむらの瞳から、すべての「色」が消えていた。
『……レイちゃん、泣かないで。……ねねちゃんの死を、一ポイントも無駄にしない。……それが、私たちの「正解」よ』
ほむらの声は、氷点下まで冷え切っていた。
彼女は負傷した腕を庇いながら、落ちていた低倍率のスコープを銃に装着する。
『……北西、二〇〇メートル。別チーム同士が市街戦をしてる。……弾がもったいないわ。……「削り」は彼らにやらせましょう』
それは、誇り高いプロが見れば眉をひそめるような、徹底的な漁夫の利だった。
ほむらの演算が、銃声の重なりから敵の「残りHP」を逆算する。
正面から撃ち合う力はない。だから、敵が敵を倒し、安堵して息を吐く――その「一秒先の死角」だけを狙い澄ます。
――ッパァン!
[ TR_Homura killed XXX ]
『……一枚。……次、右の家から出てくるわ』
――ッパァン!
[ TR_Rei killed YYY ]
レイもまた、ほむらの指示に従い、感情を殺して引き金を引く。
自分たちの手柄ではない。他人が必死に削った獲物を、最後の一発だけ掠め取る。
泥を啜り、唾棄されるような戦法。だが、画面右上のリーダーボードが、音を立てて震え始めた。
13位から、12位へ。
「……何だ、今のキル回収は!? Trinity Raid、乱戦の『おこぼれ』だけを正確無比に毟り取っている! 泥沼の中で、彼女たちのポイントだけが、死神の鎌のように伸びていく……!!」
実況が驚愕に声を震わせる。
(……そうだ。……どんなに汚くてもいい。……生き残った奴が「正解」だ)
コーチ席。葉月は、モニターに映る「二人だけのキルログ」を、祈るような眼差しで見つめていた。
安置が、最終局面へと収縮を始める。
逃げ場のない、胸の高さまで麦が生い茂るだけの広大な草原。
そこには、一一位 ASTRA、一三位 VEGA、そして絶対王者 REIGN が、互いの喉笛を狙って伏せていた。
最終安置。
そこは、胸の高さまで黄金色の麦が生い茂るだけの、広大な草原だった。
生き残っているのは四チーム。
絶対王者 REIGN。そして、一枠の椅子を巡って互いの喉笛を狙う ASTRA(一一位)、Trinity Raid(一二位)、VEGA(一三位)。
「……残酷な運命です! 安置は完全な平地! 伏せることすら許されない、地を這う蛇たちの乱戦が始まります!!」
実況の声が、風の音と共に消える。
四チーム全員が「伏せ」の状態で、ミリ単位の移動を繰り返す。
誰かが一発でも撃てば、そのマズルフラッシュ(火花)を合図に、四方から弾丸の雨が降る。死の静寂。
その沈黙を、一三位の VEGA が破った。
彼らは逆転を懸け、隣り合う一一位 ASTRA の位置を特定し、強引に牙を剥く。
『……っ、始まったわ! ほむらちゃん!!』
『……計算通り。……どちらかが「膝」をつく一秒前。……そこが、私たちの「正解」よ』
ほむらの瞳には、もはや麦の揺らぎすら「演算のノイズ」に過ぎなかった。
草原の中で激しく火花が散る。VEGA と ASTRA が、生存を懸けて至近距離で衝突した。
その瞬間、草原の反対側に伏せていた絶対王者 REIGN が、掃除を始めるように銃口を向けた。
それと、同時。
『……今よ!! 毟り取って!!』
レイとほむらが、同時に身を起こした。
REIGN が ASTRA を削り、ASTRA が VEGA を削る。
その「削り取られた最後の一ミリ」を、二人の銃弾が、死神の鎌のように横から刈り取っていく。
――ッパァン! ッパァン!
[ TR_Rei killed VEGA_Ace ]
[ TR_Homura killed ASTRA_Captain ]
「……何だ、今の介入は!? Trinity Raid、王者 REIGN の銃撃に便乗して、ライバル二チームのキルを『横取り』したぁぁ!!」
実況が絶叫する。
直後、草原を王者の無慈悲なフルオートが蹂躙した。
――ガガガガガッ! ッパァン!
[ REIGN_Captain killed TR_Rei ]
[ Trinity Raid WAS ELIMINATED ]
最後の一発がレイを貫き、画面が暗転する。
――REIGN THE CHAMPION ! ――
画面中央に躍る、王者の帰還を告げる金色の文字。
静寂。
直後、システムが弾き出した「最終確定ポイント」が、リーダーボードを非情に更新した。
1位:REIGN(王者。最終戦ドン勝)
:
11位:Trinity Raid(合計 72pt)
12位:ASTRA(合計 71pt)
13位:VEGA(合計 70pt)
「……決まりましたぁぁ!! 滑り込んだのは、Trinity Raid!! 最後の一戦、泥を啜ってキルを回収し続けた結果、一一位へと踊り出ました!! 一ポイント差の、地獄からの生還です!!」
一ポイント。
ねねを失い、二人になっても、ただの一発も「無駄」にしなかった執念が、本選への扉をこじ開けた。
コーチ席。葉月はゆっくりとヘッドセットを外した。
画面の中で、名前の消えたねねと、ボロボロになった二人の名を「11位」に見つけ、静かに微笑む。
静寂。
公式実況の絶叫も、観客のどよめきも、今の三人には遠い世界の出来事のように聞こえていた。
リーダーボード。
一一位の欄に刻まれた『Trinity Raid』の文字。
専用BCには、ただ、極限の緊張から解放された三人の、子供のような嗚咽だけが響いていた。
『……う、うわぁぁぁん! ねね、終わっちゃったと思った!!』
『……ねねちゃん、。……キャラは消えたけど、私たちのポイントは生きてるわ……っ』
『……やった。……やったわよ、みんな……!!』
泣きじゃくるねねを、レイとほむらが(画面越しに)抱きしめるような、震える声。
コーチ席。
葉月はゆっくりとヘッドセットを外し、しばらくの間、無言でモニターを見つめていた。
震える三人の指先。一週間前まで、銃の持ち方すら怪しかった少女たちが、今、国内最高峰の壁を「知略」と「執念」でぶち抜いた。
葉月は、誰にも見えないように、フッと優しく口角を上げた。
「……一秒も、無駄にしなかったな」
それは、マイクには乗らない、けれど最高に温かい独り言。
「……よくやった。……お前たちは、俺の自慢の『怪物』だ」
一週間前まで「女Vに世界は無理」と笑われていた少女たちが、今、本物の怪物として産声を上げた。
伝説の逆襲は、ここから加速する。




