第13話:猛毒の死神
「……狂気の沙汰だ! Trinity Raid、まだパルスの外を回っています! 回復アイテムを使い果たし、車体は火を噴き、HPもミリ! 自滅か!? それとも迷走か!?」
公式実況の絶叫が、5万人の視聴者の困惑を代弁していた。
画面が映し出すのは、パルスダメージで赤く明滅する三人のアバター。青い猛毒の壁に背中を焼かれながらも、彼女たちは安置の中心へは向かわず、あえてマップの北端を大きく迂回していた。
『は? 装備ゴミのまま毒死かよw 結局、一戦目だけの運ゲーだったな』
チャット欄には嘲笑いが溢れかえる。だが、解説の佐藤さんが、ある一点に気づいて息を呑んだ。
「……いや、待て。……そこは、絶対王者 REIGN が『背後は安全だ』と確信して、山を背負って布陣している場所だぞ……!?」
その通りだった。崖の上、安置の最高地点を支配する REIGN。彼らの視界には、安置を求めて平原を走る他チームしか映っていない。
そこから敵が来るはずがない。その「プロの常識」が、今、最大の死角へと変わっていた。
『……捕捉。……チェックメイトよ、王者さん』
レイの冷徹な声。
泥だらけのダチアがパルスの壁を突き破り、REIGN の真後ろから躍り出た。
「あああーっ! 出たぁぁ!! 毒ガスの中から現れたのは、死神 Trinity Raid だぁぁ!!」
――ッパァン!
レイの高感度エイムが火を噴き、不意を突かれた王者のアタッカーが一人、膝をつく。だが、相手は国内三連覇の絶対王者だ。生き残った二人が、コンマ五秒で反転した。
『……っ、クソがぁ! 反転! フォーカス合わせろ!!』
王者のオーダーが響く。彼らは遮蔽物を捨て、相打ち覚悟で強引に銃口を向けた。
狙われたのは、先頭でハンドルを握っていた ねね だった。
――ガガガガガッ!
激しい火花。
[ REIGN_Ace knocked down TR_Nene ]
『……きゃあぁっ!?』
ねねのアバターが崩れ落ちる。画面端に表示される、非情な気絶の文字。
REIGN はそのまま確定キルを入れようと、倒れたねねに銃弾を浴びせ続ける。
『……ねねちゃん!!』
レイが叫び、腰だめのフルオートで王者の射線を無理やりこじ開ける。そのわずか一秒の隙に、ほむらがねねの足元へ全スモークを叩き込んだ。
シュゥゥゥ……ッ!
辺り一面を覆う、真っ白な煙。
「……信じられない! 王者の反撃、ねね選手がダウン! ですが Trinity Raid、パルスダメージを受けながら、この煙の中で蘇生を選択したぁ!?」
一秒、また一秒と毒が体力を削っていく。
マイクの切れたコーチ席。葉月は煙の中に消えた三人のシルエットを見つめ、静かに拳を握り込んだ。
(……一秒だ。……一秒、正解を速めろ。……死なせるな)
シュゥゥゥ……ッ!
真っ白な煙が、山の斜面を飲み込んでいく。
「……前代未聞の状況です! 安置の最高地点で、両チーム共にダウン体を抱えての蘇生合戦! どちらが先に『三人の怪物』に戻るか……一秒の猶予もありません!」
実況の叫び通り、戦場は異様な静寂と爆音に包まれていた。
スモークの向こう側では、REIGNの生き残りが仲間の背中を叩き、強引に蘇生を通そうとしている。もう一人は煙に向けて、牽制の乱射を止めない。
『……っ、パルスが……痛い……! コーチ、ねね、死んじゃう……!』
ねねのHPバーが、猛毒と出血で黒く染まっていく。
蘇生を担当するほむらも、自身の体力が削られ、視界が赤く明滅し始めていた。
『……耐えて。……あと二秒。……一秒。……今!』
カチリ、と音がした。
ねねが息を吹き返し、震える手で包帯を巻く。
だが、そのコンマ一秒後。スモークの向こう側でも、王者のアタッカーが跳ね起きた。
「……両チーム、蘇生完了! ほぼ同時です! まさに鏡合わせの反射速度!」
『……レイ! 相手、蘇生通ったわ! 右から来る!』
ほむらの叫び。
蘇生直後、HPはミリ。一発でも掠めれば即死という、綱渡りの撃ち合いが始まった。
プロの REIGN は、迷いなく「数の一致」を確認し、煙の中に突っ込んでくる。
(……来るか。……だが、そこも俺の『正解』の範疇だ)
コーチ席。葉月は、マイクの切れた画面を見つめ、静かに呟く。
プロの「定石」なら、蘇生直後の敵は回復を優先するはずだ。だから、強引に詰めてトドメを刺しに来る。
だが、葉月が教えたのは、その「一秒先の死角」。
『……ねね、回復はやめて! 腰だめでいい、左の遮蔽物にバラ撒いて!』
『……う、うんっ! ……えいっ!』
ねねが回復をキャンセルし、ミリ残りの体力でサブマシンガンを乱射した。
その「ありえない反撃」に、王者のエイムが一瞬だけ乱れる。
『……そこよ。……チェックメイト』
レイが、煙の隙間から躍り出た。
煙の中から躍り出たのは、HPがミリ残りの、死に体の獣だった。
「……えっ!? Trinity Raid、回復を捨てて突っ込んできたぁぁ!! 暴挙か!? それとも――」
実況の叫びを、レイの銃声が断ち切った。
修行で倍に跳ね上げた感度。かつては指先の震えで制御不能だったその荒馬を、今のレイは、呼吸を止めるだけで完全に「御」していた。
――ッパァン!
[ TR_Rei knocked down REIGN_Ace ]
一人目。蘇生直後の敵の眉間を、一発で撃ち抜く。
王者のオーダーが驚愕に目を見開く。その「一秒先の死角」を、彼女の弾丸が冷酷に突いた。
『……っ、このガキがぁ!!』
二人目が銃口を向ける。だが、それよりコンマ二秒速く、レイの体が「斜め後ろ」へ滑るように倒れ込んだ。
敵のレティクルから一ドットだけ外れる――葉月のロジック。空を切るプロの弾丸。その硬直を、レイのフルオートが食い破る。
[ TR_Rei knocked down REIGN_Sniper ]
「……う、嘘だろ!? 二枚抜き! 残るは王者、キャプテン一人!!」
最後の一人。国内最強と謳われた男が、震える手でレイを捉えようとする。
だが、その背後から、ミリ残りの体力で立ち上がったねねが、あえて音を立てて走り抜けた。
『……こっちだよ、バカ!』
王者の視線が、一瞬だけ「囮」に吸い寄せられる。
そのわずか一秒。レイが地表を蹴り、スライディングから銃口を突き上げた。
――ッパァン!
[ TR_Rei killed REIGN_Captain ]
[ TEAM : REIGN WAS ELIMINATED ]
キャプテンが崩れ落ちたと同時に、膝をついていた二人のログも一気に「死亡」へと書き換わる。
公式配信のチャット欄が、あまりの衝撃にフリーズした。
「……決着ぅぅ!! Trinity Raid、絶対王者 REIGN を完全消滅させたぁぁ!!」
三人はそのまま、奪い取った「最強のポジション」を死守し続けた。
装備も体力も限界。キルを欲張らず、ただ「生き残る」ことだけに全神経を注ぐ。
――Trinity Raid THE CHAMPION ! ――
画面を飾るチャンピオンの文字。
だが、ポイントが表示された瞬間、会場にどよめきが走った。
暫定1位:Trinity Raid(合計ポイント:52pt)
暫定2位:VEGA(合計ポイント:50pt)
その差、わずか2ポイント。
一戦目で独走していたVEGAが、着実にキルを重ねて猛追していたのだ。
『……やった。……ねえ、コーチ。私たち、一番上にいる……!?』
レイの震える声。
コーチ席。葉月は、マウスを握りしめたままのレイの横顔を見つめ、静かに呟いた。
「……及第点だ。だが、2ポイント差は『一キル』でひっくり返る絶望的な差だと思え。……世界を獲るまで、一秒も気を抜くな」




