第11話:綻びの0.01%
公式配信の同時接続数は、5万人を突破していた。
画面の中、安置(中心)の一軒家を死守する『Trinity Raid』のキルログが、非情なまでに連鎖する。
「……止まらない! トリニティ・レイド、これで10キル目! 安地に吸い寄せられる他チームを、文字通り『点』で射抜いています!」
「……ええ。ですが、ここからが本当の地獄ですよ。……見なさい。王者が動いた」
解説者の言葉と同時に、マップ上の巨大な「青い矢印」が動く。
グループAの絶対王者、プロチーム『REIGN』。
彼らは無名の新人の快進撃を「異常」と断じ、遊びを捨てた。完璧な車列を組み、一軒家を全方位から包囲する。
(……来たか。……だが、慌てるな。そこも俺の『正解』の範疇だ)
コーチ席。マイクの切れた葉月は、モニター越しに三人の背中を見つめる。
だが、その背中が――微かに、震えていた。
『……ねえ、嘘でしょ。……あの詰め方、何なの? 射線が、どこにも通らない……っ!』
レイの、悲鳴に近い声。
相手は格下だと油断などしていない。
プロの放つ、本物の「殺気」。
修行で手に入れた高感度のエイムが、極限の緊張により、制御不能な「拒絶反応」を起こし始める。
『……っ、当たらない! なんで!? 練習通りなのに、レティクルが跳ねる……っ!』
『……落ち着いて! データの計算……う、嘘。相手の数、合わない……!? 二枚抜いたはずなのに、なんでまだ四人いるの!?』
ほむらの論理が、王者の「囮」戦術の前に崩壊する。
一軒家の外壁に、次々とグレネードが叩き込まれ、爆音と衝撃波が三人の思考を白く塗り潰していく。
『コーチ、コーチ! 車、タイヤ撃たれた! 脱出できない! どうしよう……!』
ねねの悲鳴が、ボイスチャットに響き渡る。
だが、葉月のマイクは沈黙したままだ。
助けを求める視線がカメラ越しに交差するが、葉月はただ、岩のように動かず、冷徹な瞳で彼女たちを突き放していた。
(……思い出せ。お前たちが、あの地獄の一週間で手に入れたのは……ただの数字じゃないはずだ)
一階のドアが吹き飛ぶ。
公式配信のチャット欄は、王者の猛攻に沸き立っていた。
『終わったな。さすがREIGN、Vのメッキを剥がすのが速いw』
『安置だけ良くても、対面でのフィジカルが違いすぎるだろ』
その嘲笑い通り、階段の下からはプロの精緻な足音が三つ、同時に迫り上がってくる。
部屋の隅に追い詰められた三人のボイスチャットは、パニックに沈んでいた。
『……っ、来ないで! 弾が……当たらないの……っ!』
レイの指先が、極限の緊張でマウスを弾いてしまう。
修行で手に入れた「高感度」が、皮肉にも彼女の震えを増幅させ、レティクルが敵を捉えきれない。
(……見ろ。マイク越しじゃない。俺がお前たちに教えた、本当の『正解』を)
コーチ席の葉月は、マイクを切ったまま、静かに三人の画面を見つめる。
絶望に染まる三人の視界。その隅で、一瞬だけ「ある変化」が起きた。
『……ねね、泣かないで。……車、タイヤは一本残ってる。……まだ、走れるわ』
震える声で、ほむらが呟いた。
計算ではない。ロジックでもない。
一週間、泥を啜って、三人が共有し続けた「生き残る」という執念。
『……そう、だよね。……ねね、まだ死んでない! コーチ、見てて!』
ねねが、半狂乱で一階の窓から飛び降りた。
敵の裏をかく、自殺行為に近いダイブ。
だが、その不規則な動きに、王者の完璧なフォーカスが一瞬だけ「淀」んだ。
「……ッパァン!」
乾いた銃声。
一階の窓から敵を誘い出したねねをカバーするように、二階の窓からほむらが火を吹いた。
修行で落とした「低感度」が、この極限状態でも、彼女のエイムを岩のように安定させていた。
「ええっ!? 窓から飛び降りた! 囮か!? ……王者の足が止まった!」
実況が絶叫する。
その一瞬の隙を、レイの獣のような本能が見逃さなかった。
震えていた指が、マウスを「握る」のではなく、葉月に教わった通り「添える」感覚を取り戻す。
『……一秒、作るわ。……そこで、全部ひっくり返す!』
レイが、階段へ向けて最後の一つのグレネードを放り投げた。
――ッゴォォン!
階段を駆け上がろうとしたプロチーム『REIGN』の足元で、レイの放ったグレネードが炸裂した。
爆音と煙。プロの完璧な連携が、コンマ五秒だけ「空白」を生む。
(……今だ。……行け!)
マイクの切れたコーチ席。葉月が拳を握りしめる。
その声は届かない。だが、三人の動きは、まるで見えない糸で引かれたように「同期」した。
『……ねね、車! ……フルスロットルで突っ込んで!』
『……り、了解! ……いっけぇぇぇ!!』
一階の窓から飛び降りたねねが、タイヤを一本撃ち抜かれたダチアに飛び乗り、バックで玄関に突っ込む。
プロが階段の煙を抜けて二階へ突入しようとした瞬間、背後から猛スピードの鉄塊が壁をぶち抜いた。
「ええっ!? 自分の守っていた家を車で破壊したぁぁ!? Trinity Raid、前代未聞の脱出劇だ!」
実況が絶叫する。
崩落する瓦礫。パニックに陥るプロチーム。
その「一秒先の死角」を、二階から飛び降りたレイの銃口が正確に捉えた。
――ッパァン! ッパァン!
空中。着地するまでのわずかな滞空時間。
修行で倍に跳ね上げた「高感度」が、レイの視界を敵のヘルメットへと吸い付かせる。
震えは消えていた。
マウスを握るな、添えろ。……葉月の冷徹な声が、脳内で「正解」を告げていた。
『……一枚、排除。……二枚目、ほむら!』
『……捕捉。……終わりよ』
低感度の安定感で、ほむらが冷静に残党を撃ち抜く。
王者の包囲網。
ロジックを超えた「泥臭い執念」が、ついに絶対王者の喉元を食い破った。
公式配信のチャット欄が、一瞬、完全に静止した。
直後、さっきまでの嘲笑いを飲み込むような、怒涛の戦慄がタイムラインを埋め尽くす。
『……は? 今の、何だよ……』
『一軒家を囮にして車で脱出……? そんなの、教科書のどこにも載ってねえぞ……』
『……Trinity Raid。……アイツら、マジで「怪物」じゃねえか』
黒煙を上げる一軒家を背に、タイヤを引きずりながら平原へ逃げ延びる一台の車両。
三人のボイスチャットには、勝利の歓喜はない。ただ、必死に生き残ろうとする荒い呼吸音だけが響いていた。
コーチ席。葉月は、ゆっくりと椅子の背もたれに体を預けた。
マイクはまだ繋がらない。だが、三人のアバターが、ふと空を見上げる。
そこには、俺たちの「正解」を証明した、青い空が広がっていた。
「……上出来だ。……世界を、面白くしてくれたな」




