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第10話:一秒先の死角

 日本代表一次予選、Aブロック・第1グループ。

 300チームを四つのブロックに分けたその初戦、全二五チームによるサバイバルが幕を開けようとしていた。

 同時接続数、四万人。

 公式配信の画面には、国内屈指のプロチームの二軍や、大手企業勢Vの精鋭たちが居並ぶ。その末尾に刻まれた「Trinity Raid」の名を見つけ、コメント欄には嘲笑わらいの弾幕が流れた。

『#トリニティ・レイド逃亡中』

『結局、しれっとエントリーしてやがるw』

『一週間も黙り込んで、どの面下げて出てきたんだよ』

 実況の声も、どこか困惑を隠せない。

「……注目はやはり、沈黙を破って参戦したトリニティ・レイドでしょう。ですが彼女たち、個人の配信を一切行っていません。ボイスチャットも非公開。手の内を隠しているのか、それとも……」

 試合開始まで、あと五分。

 公式配信のカメラが回る中、専用のボイスチャットに、五人の呼吸音だけが響いていた。

『……みんな、準備はいい?』

 静寂を破ったのは、Minty――姉貴の、努めて明るい声だった。

 運営として、そして彼女たちの保護者代わりとして一週間を見守ってきた彼女が、震える三人の背中をさするように続ける。

『世界中が、今のあんたたちを笑ってる。……でも、私は知ってるわ。この七日間、あんたたちがどんな地獄を笑って乗り越えてきたか。……自信を持って。あんたたちは、最高に可愛くて、最高にエグい「怪物」よ』

『……うん。……ありがとう、ミンス姉ぇ。……ねね、頑張る!』

 ねねの声から、微かに震えが消える。

 ほむらはタブレットを叩く指を止め、レイはマウスを握りしめたまま、静かに画面を凝視していた。

「……緊張しているか」

 俺の問いに、レイが短く、不敵に笑った。

『……当たり前でしょ。あんたのせいで、指先まで「ロジック」で塗り替えられちゃったんだから。……一発でも外したら、承知しないわよ、コーチ』

「……外さん。……お前たちの脳には、すでに俺が『正解』を書き込んだ。……いいか。ここからは、俺の声は届かない。……迷ったら、自分の中にある『俺』を信じろ」

 俺は、埃一つない新品のデバイスに手を置いた。

「あいつらが悔しくて眠れなくなるくらい、最高の『遊び』を見せてやれ」

『……了解。安置(未来)は、私たちが支配するわ』

 ほむらの言葉を合図に、カウントダウンがゼロになる。

 システムによって俺たちのマイクは非情に遮断された。

(……行ってこい。世界を黙らせる、最初の『正解』を出しにな)

 ――輸送機が離陸する。

「ええっ!? 道路に降下……!? 装備を拾いに行かない! 操作ミスか!?」

「……いや、違います。車だ! 降りて一秒、三人は道端に放置されていた一台の車両を確保した!」

 解説の言葉をあざ笑うかのように、車両は最短ルートを突っ走る。

 そして――最初のパルス(安全地帯)が確定した瞬間、世界が静まり返った。

 公式カメラが捉える一軒家。

 そこには、最低限のサブマシンガンと、レベル1のヘルメットを拾い集めた三人のアバターが、窓際で静止していた。

『は? 装備ゴミじゃんw ラッキーハウス引いただけの運ゲー乙』

『安置の中心にいたって、撃ち合いになったら一瞬で溶けるぞ』

 公式配信のチャット欄が嘲笑(わら)いで埋まる中、画面の端から一台のジープが猛スピードで突進してくる。Aブロック優勝候補の一角、プロチームのSateLlite(サテライト)だ。

「さあ、安置の奪い合いだ! 突っ込んでくるのはプロのSateLlite(サテライト)! 装備差は……絶望的! TR、この要塞を守りきれるか――!?」

 実況の声が裏返る。だが、三人のボイスチャットに、一ミリの動揺もなかった。

 マイクの切れた葉月の指示はない。代わりに、レイの低く、鋭い声が響く。

『……来たわね。……二人とも、準備はいい?』

 窓枠に銃口を据える。

 三人の視界には、一週間で脳に焼き付けた「一秒先の軌道」が、幾何学的なラインとなって映っていた。

『……三、二、一。……今!』

 ――ッパァン!

 乾いた銃声が重なり、一つの音に聞こえる。

 次の瞬間、時速100キロで突進していた車両が、意志を失ったように横転した。

「……えっ!? 運転手が……一瞬で消えたぁぁ!!」

 実況が絶叫した。

「……な、何が起きたんですか今!?」

 実況の絶叫が、公式配信の静寂を切り裂いた。

 画面の中、猛スピードで突っ込んできたプロチーム『SateLlite(サテライト)』の車両が、意志を失ったように横滑りを始め、道路脇の岩へと激突した。

「解説の佐藤さん……今の、スローで見返せますか? ……うわっ、ええっ!? 三人の弾丸、全部運転手のヘルメットに集約してる……!? 誤差数センチですよこれ!」

「……ありえません。走行中の車両に対して、三人が同時に、一人の運転手だけを狙い撃った。……結果、車両のコントロールが失われ、敵は強制的に『足を止められた』んです」

 解説者が、震える声で言葉を継ぐ。

 

 ジープから、生き残った二人のプロが転がり出る。彼らは一流の反射速度で遮蔽物を探し、銃口を向けようとした。

 だが、その「一歩目」を、レイたちのロジックが既に先読みしていた。

「……降りてきた。……三、二、一。……今!」

 レイの、冷徹な号令。

 一軒家の三つの窓から、正確無比な一斉掃射(フルオート)が叩き込まれた。

 遮蔽物に隠れるコンマ五秒前。敵が最も無防備になる「着地の瞬間」を、三人の弾丸が寸分の狂いもなく貫く。

 ――ガガガガガッ!

 一瞬の火花。

 二人のプロは、引き金を引く暇すら与えられず、ただの「肉片」へと変わった。

『……全滅。……物資は追わないわ。パルスが動く。……次、行くわよ』

『……了解。最短ルート、計算済みよ』

 画面の外、コメント欄の嘲笑(わら)いは、完全に消失していた。

『……おい、今の見たか? 運転手だけ抜いて足を止めて、降りた瞬間を狙い撃ったぞ』

『チートだろ。オートエイムの団体予約かよ……』

『……いや、公式サーバーだぞ。……アイツら、一週間で何をしたんだ?』

 一週間前まで「男の操り人形」と笑われていた少女たちが、今、国内屈指のプロ集団を「戦術的」に秒殺した。

 

 マイクの切れたコーチ席。

 葉月は、モニター越しに三人の背中を見つめ、静かに息を吐いた。

 

「……正解だ。そのまま、安置(未来)を支配し続けろ」

 この瞬間。

 彼女たちのスコアは、グループAの頂点へと、音を立てて突き抜けていった。

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