魔法少女になった公爵様
大きな満月が夜の街並みを照らしている。
「だれか、だれか助けて……!」
女性がひとり、細く暗い道を必死に走って逃げていた。背後には下卑た笑いをあげながら追いかける男たちの姿。細い路地の間を縫うようにして走るも、男たちは執拗に追ってくる。まるで狩りを楽しむ獣のように。
「はあ、はあっ」
もう逃げることもできない。
行き止まりまで追い詰められ、もはやこれまでと諦めかけた、その時。
「そこまでだ、外道ども」
満月を背にした少女がひとり、屋根の上から声をあげた。シルエットからするに、見たこともないようなヒラヒラした衣装を身に纏っている。
口調とは裏腹に声音はどこまでも可愛らしい。底知れぬ冷たさは孕んでいるものの、年頃の少女らしい瑞々しい声。その様子に男のひとりがごくりと喉をならす。
その少女の背後に小さな影があった。
「魔法少女なんだからもうちょっとかわいく言わないとだめプ」
「うるさい」
ぬいぐるみのような生き物がふよふよと浮き、言葉を発している。語尾にプがつく不思議な口調だ。
「さあ魔法少女ラブシルキーの出番だプ。マジカルステッキを高く掲げて、大きな『ラブリルムーン・ジャスティスシャイン』と唱えばれ、やつらに憑いたゲドーズなんてあっという間に祓えるプ!」
「断固として拒否する」
ラブシルキーと呼ばれた少女は静かに拒否し、どこからいかつい機械武器を取りだし、構えた。真鍮と鉄でできた八本の回転する銃身。優雅な意匠がらせん状に刻まれた銃身が月明りに照らされ鈍く光を反射している。魔法少女になってよかった唯一の点はこの非常識な腕力だと少女はしみじみ思う。
軽量化はしているものの、弾を合わせた重量は二十キロほどだろうか。それを軽々と扱えるこの体にはどこまでもファンタジーが詰まっている。弾は超粘着性の樹脂弾。つまりトリモチ。銃身を回転させながら連続装填発射することで毎分五百発という脅威の高速連射が可能にしてある。どんな対象をも行動不能にすることができる。
「もう、そんな武器使ったら風圧でスカートの中が見えちゃうプ。過剰なサービスシーンはいけないプ」
「だったらこのヒラヒラをどうにかしてくれ」
「それはだめプ」
不満げな少女はふんと鼻を鳴らしながら外道どもへ粘着弾をドカドカ打ち込んでいった。
魔法少女は見た目が命らしい。
納得がいかない。
この衣装は女児でもあまりいないくらいスカート丈が短く、無駄にヒラヒラ。本当に意味がわからない。戦えというのならもっと機動性を重視すべきだ。髪飾りだってつけていたら取れるかもしれないだろう。文句を言いたいことは山ほどあるがしかし、唯一いいところは腰元についた無限収納ポーチ。ここに研究の試作品や趣味の品をしこたま詰め込める、この一点のみで少女はヒラヒラを許容している。
容赦なく打ち込むトリモチ弾丸の雨に、男たちは壁に打ち付けられ、粘着物にまみれていた。もう身動きはとれない。
「大丈夫か」
「あ、ありがとう、ございます」
へたり込んでいた平民とおぼしき女性を助け起こし、散らばっていた荷物を拾って渡す。大通りまで一緒に着いて行くと、女性は戸惑いながらもお礼を言ってくれた。
「あなたはいったい……」
その問いに答えることなく背を向けた。
つかつかと歩みを進め、再び路地の中へ入る。まだやらなければいけないことがある。先ほどはきっぱり断ったが、あのはた迷惑な妖精ププーリンの言う方法をとらねば根本が解決しないのだ。
トリモチだらけになった男たちのすぐそばまで行くと、非常に不本意ではあるがポシェットからマジカルスティックを取りだした。無駄に装飾に富み、どんな原理で動いているのか一切不明なスティックだ。
胸のあたりで低く掲げ、それからぼそぼそと小さくつぶやく。
「……ラブリルムーン・ジャスティスシャイン」
本人のテンションとは別に七色に輝く光が幻想的に展開されていく。その神々しい光が男たちを包むと、彼らに憑いていたゲドーズとかいう影が浮かび、ププーリンが持ってスタンバイしていたクリスタルの中へ吸収されていった。
「お疲れさまだプ! でもきみはもうちょっと魔法少女の様式美を大事にしたほうがいいプ」
様式美とか言われても。
自分の立場でのりのりで魔法少女をやっている方が怖いだろう、と内心つぶやく。そもそも魔法少女とはなんなのだ。確立した様式美があるんだったらそれに詳しいやつにやらせればいいじゃないか。
「……じき警察隊が来る。もう行くぞ」
「あ、待つんだプ」
遠くからサイレンの音が聞えてきた。
今日は派手な立ち回りをしていないのに嗅ぎつけるのが早い。もしかしたら助けた子が警察に駆けこんだのかもしれないと思えば、それも仕方ないかと諦める。
「見つかったら面倒だ」
ププーリンを掴み、地面を蹴って屋根まで飛び上がった。
素晴らしい身体能力だけは感謝する。そのまま跳躍してとんとんと屋根を飛び渡っていき、目的の場所まで行くと静かに地面へ着地した。そこには蒸気を動力とした無骨な大型バイクがあった。ポシェットから取り出した黒いマントで自身をすっぽり包む。ヘルメットとゴーグルを身に着けると、バイクへまたがり重低音を響かせエンジンを始動させた。
「うーん、かわいくないプ。魔法少女にあるまじき姿だプ。どうせだったら変身を解けばいいのに」
「万が一にもばれたくないんだ、勘弁してくれ」
ププーリンの不満を無視して少女はアクセルを踏み込んだ。
否。その正体は決して少女ではない。
トゥルスリエ公爵ジークハルト。
二十五歳独身。
訳あって魔法少女なるものをやっているが、本来の姿は立派な成人男性である。
◇
変身を解いたジークハルトは屋敷で待ち構えていた執事を見てようやく落ち着いた気がした。
「……疲れた」
「たいへんお疲れさまでした」
ここは丘の上にある石造りの古城。トゥルスリエ家が代々居を敷いていた場所だ。昔は大勢の使用人に食客、そして血族らで大いに賑わいを見せていたのだが、いまや寂しくひっそりと鳴りを潜めている。
唯一の血筋にして若き公爵ジークハルトと、その執事イアン。そして三名の使用人。あとは機械ロボットや業者に頼り城を維持していた。
執事のイアンはジークハルトより七つも歳上だ。ぴしりと着こなしたお仕着せのスーツが様になっているが、表情はいたってクール。にこりともしない。おおよそ喜怒哀楽を感じさせない顔がジークハルトからマントやヘルメットを預かる。
「さあ、お風呂に入りましょう。ちょうど今お湯が溜まったところです。あがる頃になにか飲みものを持って来ますから」
感情は分かりにくいが執事としてはすこぶる有能だ。なにか頼むとすぐに用意してくれる。時には頼む前から用意してある。とても気が利く。少ない人数で城を管理しジークハルトの世話をする点において、イアンの存在はなくてはならないものだろう。
しかしだ。気が利くということは、細かなことまで気が回るということで、それはつまり本人が「こうされたら嫌だな、嬉しいな」ということが事細かにあるのではなかろうか。執事としては最高だがちょっと怖い。だって知らないうちに気が利かないムーブをして無頓着認定されていそうだ。いつ見切りをつけられるかわからない。だからジークハルトは有能な執事の手を煩わせない聞き分けのいい主人でいるつもりだ。
はた迷惑な妖精ププーリンはメイドの所へいって何やらきゃっきゃと話をしている。気が合うらしい。メイドのフローラは屋敷の清掃担当だ。清掃はわりと体力仕事。ああ見えてかなりの怪力で、ジークハルトくらいだったら抱えて楽々と運ぶだろう。魔法少女をやってもらうなら彼女が良いのではと内心思っている。だが正真正銘の女子を危険な目に合わせるのはジークハルトの正義感が許さず、結局それを口に出すことはない。
白いタイル張りの浴室。湯船に浸かりながらジークハルトはようやく全身から力が抜けた。
古い城ではあるけれど、ちょこちょこ改装しているおかげか城の中でも有数の居心地いい場所だ。白く清潔なタイルに猫足のバスタブ。目に優しい観葉植物がちらほらあって、いい匂いのする石鹸やキャンドルもある。五感全てを癒してくれる場所だ。ちょっと趣味が少女チックな気がしないでもないが、まあいいだろう。
魔法少女になったのはひと月前。ほぼ事故のようなものだった。突然目の前に現れたププーリンに「ぼくと契約して魔法少女に――」と持ちかけられたのだ。是と言わなければ進退きわまる状況で、承諾は仕方なかった。そしてその後が辞めるに辞められない。ゲドーズとかいう存在は確かに厄介で、誰かが対処しなくてはいけないのだ。生まれ育ったこの街を守るというと大げさだが、手が届く範囲でやれることを、という心持ちである。
しかしあの性別転換と衣装はどうにかしてほしい。
もし好きでやっていると思われたら。
女装趣味があると思われたら。
……考えただけでも恐ろしい。
(そうか、あの浄化の魔法を機械で再現できればわざわざ変身しなくてもいいんだ。やってみる価値はある。こうしてはいられない、工房へ行かなくては)
ジークハルトの工房には趣味の機械いじりの為に道具も材料もいろいろ揃っている。
ざばりと湯から上がり、適当に拭き上げて服を着ると、勢いよく浴室から飛び出した。
すると扉を開けた先で話し声が。
「――それで、追い詰めたラブシルキーがゲドーズをやっつけたんだプ!」
「さすがは若様。まさにこの世の宝」
ププーリンと話していたのは執事のイアン。寡黙で真面目で、何を考えているか分かりづらいが、代々トゥルスリエ家に仕えている家系の男である。
「どうしたんだイアン」
思わず声をかけてしまった。この世の宝とかいうフレーズが聞こえた気がしたからだ。
「失礼しました。ププーリン殿に若様のご活躍を聞いていたところでした」
「大そうなことはしていないけどな」
「とんでもございません」
気のせいだったのかもしれない。
イアンの家系は代々忠誠心が厚すぎるから扱いには気をつけろと父から言われたことがあった。思えば引退したイアンの父は確かにトゥルスリエ家至上主義で、少しだけ怖かった記憶がある。しかし息子のイアンは職務に忠実ではあるが沈着冷静で公平、むしろいつ見切りをつけられるかヒヤヒヤしていたくらいだ。
魔法少女活動で多少なりとも株が上がったのならば、不幸中の幸いなのかもしれない。
「ちょっと顔を貸してくれププーリン。魔法少女の件で少し付き合ってほしいことがある」
「必殺技のポーズ練習だプね、わかったプ!」
「ちがう」
何が悲しくてそんなことをしなければならないのだ。
恨み節がこもったジークハルトの睨みもなんのその、ププーリンはこてんと首を傾げる。
「じゃあなんだプー?」
「……ちょっと変身したいんだ。浄化技のラブリルムーン・ジャスティスシャインはその状態じゃないとできないから」
あれを機械で発現することができれば、体を女子に変えられることも、ひらひらの服を着なくてもすむ。男のまま、トゥルスリエ家当主ジークハルトのまま、この街を守ることができるのだ。
「なんと健気な」
声につられて振り返ると、あの真面目な執事が目頭を押さえていた。
「イアン?」
「さすがはトゥルスリエ家当主ジークハルト様でございます。可憐な少女の身に姿を変え、悪と戦う姿はまさに至宝。宵の明星。地獄にもたらされた一片の光。このイアン、命果てるまで若様の魔法少女活動をどこまでも応援いたします」
「…………」
なんとはなしに、ズレている気がする。
ジークハルトの心情を知らないイアン。もしかして魔法少女の自主練と勘違いしているのではないか。夜な夜な少女に変身しては技名を声にだし可愛いステッキを振り回す、ヘンタイ成人男子と思われているのではないか。
そんなわけがないと訂正しようとしたところで、イアンの方が先に口を開いた。
「そういえば街の有志が協力を申し出ております。ええ、もちろんジークハルト様が魔法少女だと霞ほども気付いておりませんが、やはり街での活躍で一定の信者を獲得している模様。探りを入れましたところ、なにかしら応援活動をしたいとのことでした」
「待て待て待て」
今度はジークハルトが眉間を抑える番だった。
「ちょっと待て、なんだそれは。有志? 協力? 必要ないそんなもの」
魔法少女活動を始めてやくひと月。ププーリンに言われるがまま現場へ突っ込んでゲドーズを浄化した回数はすでに片手で収まらない。多少なりとも現場を目撃されたとは思う。そこで協力したいと申し出てくれるのもありがたいと思う。だが魔法少女であることを理由に全てを遠慮したい。
「しかしながら、ここで放っておくといざという時にコントロールがきかない可能性もあります。最初から介入し多少の道筋を提示していた方がよいかと」
「それは、確かにそうだが……」
イアンの言うことももっともだ。発生した集団をコントロールしたいのならば旗本を立てるべき。それは理解できる。指針を明確にしてやり、導いてやればさほど害ある存在にはならないだろう。
でも嫌だ。
認知され肯定され応援される魔法少女。
でも正体は男。しかも公爵。嫌すぎる。
「彼らは見返りを必要としない厚志の持ち主でありますが、報酬を用意した方が集団としてまとまるでしょう。この場合、金銭ではなく魔法少女の定期的な活動記録を提供するほうがよいと思われます」
なんだ魔法少女の定期的な活動記録とは。
「……ふん。見返りもいらないような一般人に何ができる」
できるだけ冷静に。そして高圧的に。
ジークハルトだって側から見えれば男前だと言われる容姿だ。たぶん。あれらがお世辞でなければ。
できるだけ冷たく見えるように目を細め、口元をきゅっと結ぶ。正念場だ。目の前の男に負けてはならない。
「魔法少女出動時に現場封鎖や民間人への退避勧告ができます。あとはそうですね。ゲドーズを発見した場合の早期連絡が可能かと。鐘楼、気笛、もしくは光を使った合図であれば迅速に動くことができるでしょう」
「……すごく、ありがたいな」
「ええ」
どうしよう、言い返せない。
確かにそういうサポートはほしいと思っていた。ひとりではできることが限られている。しかし甘言に乗っていいのか。そもそも甘言なのか。うまいこと騙されているだけなのでは。ジークハルトの頭の中が混乱を極めようかとしていると、イアンがにこりと笑みを浮かべた。
「では魔法少女活動は正式にトゥルスリエ家の事業ということでよろしいですね」
脳が言葉を理解するのに時間がかかった。
「……待て。なぜ事業にまで話が拡大する」
「当然のことです。今でこそ統治者を選挙で選ぶようになりましたが、かつてこの街はトゥルスリエ家が守り導いておりました。街の守護神たる魔法少女をサポートする者がいるとすれば、それはトゥルスリエ家をおいて他にありません」
確かに歴史を紐解けばそうなるのもわかるが、だとしても魔法少女を軸にするのはおかしいだろう。いやおかしいのは自分なのか? 先ほどから理解しがたい話が次から次に襲ってくる。すでにジークハルトは自身の判断をどうつけていいのか分からなくなっていた。
それでも根幹にある魔法少女への抵抗だけはなくならず、魔王かのようなイアンに食い下がる。
「し、しかしだな――」
「事業であれば、魔法少女関連の蒸気機械がすべて治安維持事業の経費として計上が可能です」
ぴたり。
ジークハルトの動きが止まる。
「経費」
「ええ、経費です」
「トリモチ弾の補填も、油もネジも真鍮も金鋸も、経費……?」
「もちろんですとも。それに、若様が夜な夜な楽しみにしておられる機械いじりも、経費とは別に研究費が降りるでしょうね。浮いたお金で新たな蒸気機械を作ることも可能ですよ。ああ、さぞや立派なのでしょうね、新しく開発された武器は」
悪魔のささやきだった。
歴史ある公爵家と言えど、入るお金と出ていくお金があるのは他所と変わりない。そして受け継がれた資産はあるものの、ジークハルトの代で食い潰すわけにもいかず、趣味の機械いじりは微々たる私費からやりくりしていた。
乗ったら最後。地獄への片道行脚。理解しているはずなのに、強烈なテンプテーションに抗うことができない。
燕尾服を着た悪魔が妖しくほほ笑む。
「全てわたくしにお任せください。不肖ながらこのイアン、魔法少女ラブシルキーの一番の応援者であります。若様の不利益になるようなことは決していたしません」
ひどく優しい声音だった。
こうして悪魔は人々を陥れるに違いない。
気付けばジークハルトはこくんと頷いていた。のみならず何やらサインを書かされていた。折り畳んだ紙を大事そうに懐へしまうイアンを呆然と見つめる。
「ではまず手始めに事業の発足記念パーティーを。ラブシルキーみずからお声をかけてもらえれば彼らもいっそう職務に励むことでしょう。では早速ながら準備がありますので、御前失礼いたします」
すたすたすたと。
目の前から颯爽と去っていく執事。
巻き上がった風が頬をかすめ、そこでようやく我に返った。
「――はっ。ちょっと待てイアン! おいっ、走っていくな、イアーーーンッ!!」
慌てて追いかけようとするジークハルトに今度はププーリンが付きまとう。
「変身するプ?」
「しない!!」
「でも追いつけるプよ? 魔法少女の体はマジカル仕様だプ。跳んで走るなんてわけないプ」
「ぐああああ……っ」
焦り。苛立ち。悲しみ。諸々の感情を飲み込み、半泣きの顔で高らかに声を張り上げた。
「変身、トゥインクルラブ!!」
「そうこなくっちゃプ」
途端、幻想的な光がジークハルトを包む。どこからか聞こえてくる音楽に合わせて、体が、衣装が、変わっていく。作り変えられる。
光がおさまった時にはもうそこにジークハルトはいなかった。華奢で可憐な魔法少女ラブシルキー。ひらりとしたミニスカートがひるがえるのも構わず、少女は一目散に走り出す。
「待てイアン! パーティーなんか開いても俺は誰とも話さないぞ!」
「もう、魔法少女は俺とかいっちゃダメだプー!」
暗い空に月が輝き、夜がこんこんと更けていく。
魔法少女ラブシルキー。否、トゥルスリエ公爵ジークハルトの受難は、まだまだ続くのであった。




