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魔王降臨 奈落都市ネザリアから始まる人類征服戦記  作者: たゆたう
第一章 争いの無い世界を目指して

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第7話 第一次和平会談

父上たちが出立してから、六日目の昼過ぎ。


ネザリア城の執務室で、俺はひとり報告書の山と向き合っていた。

机の端には、マルシエルが赤インクで書き込んだ注釈だらけの条文案が、読み返されるのを待っている。


「ルシアン様!」


扉が乱暴に開き、斥候隊長のひとりが飛び込んできた。

肩で息をしながら、額の汗も拭かずに膝をつく。慌てぶりからして、ただ事ではない……はずなのに、

胸のどこかが、妙に冷静だった。


「……ノックくらいしろ」


口が先に動いた。普段と同じように振る舞おうとする、自分の癖みたいなものだ。


「こ、これは急を要する報せにて……!」


「内容次第だ」


ペンを置き、顔を上げる。視線だけが、先に鋭くなっていくのが自分でも分かった。


「魔王軍本隊より伝令!

セラディア聖王国との“第一次和平会談”、無事終了!

仮条約案の取り交わし、確認済みとのことです!」


執務室の空気が、一瞬だけ固まった。

自分の心臓が、ひと拍だけ打つのを忘れたような感覚になる。


「……戦闘はなし、か?」


喉が少しだけ乾いていた。


「交戦はなかった、とのことです!」


ほんのわずかだけ、胸の奥で張り詰めていた何かが緩む。

それでも、完全にはほどけない。六日間で染みついた不安は、そんなに軽くないらしい。


「続けろ」


「はっ!」


斥候は震える手で、封蝋の押された書簡を差し出してきた。

黒い封蝋。ルクスベルク家の紋章。


封を切り、中身に目を走らせる。


『第一次会談、予定どおり終了。

セラディア側、形式上は和平の意思を示している。


詳細は帰還後に伝えるが――一点だけ、先に知らせておく必要がある。


数十日以内に、セラディアの聖都にて「正式条約の締結」と「公開の和平式典」を行うことが

合意された。

そこに、魔王領の次期継承者として、お前も出席せよと求められている。


準備を整えておけ。』


最後の一行を読み終えた、そのときだった。


――ドガァンッ!


執務室の重い扉が、内側から蹴り抜かれたような音を立てて開いた。

蝶番が悲鳴を上げ、扉の端にひびが走る。


「なんで俺が行けねぇんだよおおお!!」


怒鳴り声と一緒に、筋骨隆々の巨体が乱入してきた。


「……まず扉に謝れ、バルバロス」


思わず眉をひそめると、バルバロス・グリムはギギギと音を立てる扉を片手で押さえつけ、

そのままずかずかと部屋の中へ入ってきた。

獣の耳はぱきんと立ち、牙をむき出しにしているが、その目の奥にあるのは怒りだけではない。


「前線経由で聞いたぞ。“聖都で和平式典やるから、魔王と次の魔王がおいでなさい”だとよ!

なんで、そこにこのバルバロス様の名前がねぇんだ!?」


「……ついさっき、こっちにも父上からの直書きが届いたところだ」


書簡を軽く掲げて見せる。紙を持つ手に、わずかに力がこもる。


「そうかよ」


バルバロスは一度だけ目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。

怒鳴ってはいるが、それが全部本気の不満だけじゃないのは分かる。半分は、心配の裏返しだ。


「ひとまずは、“最悪”じゃなかったってこったな」


「ああ。“まだ”な」


封書を折り畳み、机の上に置く。指先に、ほんの少し爪が食い込む。


「数十日以内に、聖都セラディアで正式条約の調印と和平式典。

……次期魔王として、俺も出席しろとさ」


自分で口にしてみても、その言葉の現実味は薄かった。


「そりゃあ向こうからしたら、“絵面”は豪華なほうがいいだろうなぁ」


バルバロスは盛大に鼻を鳴らし、ミシ、と床板を踏み鳴らす。


「魔王と次の魔王、そんで向こうの勇者か。

並べて見せびらかすには、これ以上ねぇ舞台だ」


「勇者カイン、か」


名前は知っている。

数年前に聖王国領の集落で、”顕現した”魔王と並ぶ超常的存在。

どこの国にも属さず、“人類の勇者”と呼ばれる男。


「で、行くのか?」


「行かないという選択肢は、最初からない」


即答すると、バルバロスはニヤリと口角を上げた。

さっきまで扉を吹き飛ばしていた勢いが、少しだけ和らぐ。


「だよな。坊ちゃんが“怖いからやめます”なんて言うタマじゃねぇ」


「だったらよ、聖都で一発かましてこいよ」


「……何をだ」


バルバロスが、獣じみた口元をぐいっと吊り上げた。


「決まってんだろ。『次期魔王はこのルシアン・ルクスベルク様だ!跪け!愚民ども!』ってな」


獣耳がぴくりと動き、胸をどんと叩く。

本気とも冗談ともつかない声量に、思わず眉をひそめた。


まったく。この男は… 呆れと失笑を入り交えながら俺は答えた。


「……その瞬間に和平が吹き飛ぶだろうが」


「ガッハッハ、だよなぁ。ちょっと見てみてぇけどな、聖職者どもの引きつったツラ」


心底楽しそうに笑ったあとで、バルバロスは少しだけ声を落とした。


「冗談だよ。次期魔王が誰かなんて、今さら言うまでもねぇだろ」

ぶっきらぼうな言い方なのに、その声には不思議と力があった。


「まあ、でも、怖くないとは言ってない」


思わず、本音が混ざった。


「ほぉ?」


からかうような視線に、肩をすくめる。


「怖いさ。魔王と勇者と聖王が揃う場所だ。

まともな場になるほうが、むしろ不自然だろう」


口にした途端、その場の空気が少しだけ軽くなった気がした。

怖いと認めたところで状況は変わらないが、少なくとも自分には嘘をつかずに済む。


「はっ。そう言えるくらいなら、まだ大丈夫だ」


バルバロスは顎をかきながら、ひびの入った扉をちらりと振り返る。


「……で、ほんっとーに、俺は連れてってもらえねぇのか?」

「坊ちゃんや陛下になにかあったらどうするんだ?あぁん?」


「ネザリアも、今は空けられない場所だ。

父上も、俺も、お前をそこに貼り付けておくって決めた」


「チッ。便利屋扱いってやつだな」


言いながらも、その顔にはどこか諦めと、そしてわずかな安堵も混じっていた。

危険な場に同行できない悔しさと、“戦争の終結”が決まったという安堵が、

ぐちゃぐちゃに混ざっている。


「じゃあ、そのあいだのネザリアは、全部まとめて俺が預かる。

“守る”と“ぶん殴る”、両方込みでな」


「頼んだ」


短い言葉に、できる限りの信頼と重荷を一緒に押し込める。

それを受け取れる相手が、この国に何人いるかを考えれば、選択肢はそもそも多くなかった。


「任せとけ。坊ちゃんが帰ってくる場所ぐらいは、ちゃんと残しといてやるよ。

だから――」


獣じみた瞳が少し細くなる。ふざけた笑いの奥に、ほんの一瞬だけ真面目な色が覗いた。


「ちゃんと帰ってこいよ」


その言い方が、妙に具体的で、喉の奥に何かが引っかかる。


「縁起でもないことを言うな」


思わず、少しきつめの声音になった。


「念押しだよ、念押し」


バルバロスはそれ以上踏み込んではこなかった。

ひび割れた扉と、不器用な心配だけが、部屋に残った。


封蝋の匂いと、深淵の霧の冷たさと一緒に。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


もし少しでも続きが気になったら、

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