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魔王降臨 奈落都市ネザリアから始まる人類征服戦記  作者: たゆたう
第一章 争いの無い世界を目指して

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第1話 鉄と血の戦場

鉄と血の匂いにも、いつかは慣れる。

少なくとも、俺は、とっくに慣れていた。


人間の砦が燃えていた。

灰色の石壁が崩れ、木の城門は内側から炎に食われている。

黒煙が夕空を汚し、赤い光が血の色と混ざり合っていた。


「右翼、押し切れ! 足を止めるな、前へ出ろ!」


怒鳴ると、黒い旗が振り上がり、角笛が鳴った。

魔族たちが咆哮とともに前へ躍り出る。オークの重い足音、デーモンの笑い声、ビーストの唸り声――

それらが混ざり合い、戦場の喧噪になる。


魔王領ルクスベルクと、人間どもの連合軍。

セラディア聖王国、ヴァルン帝国、オルドラン商業連合。

三百年も続いてきた戦争の、今日もそのうちの一日でしかない。


俺の名は、ルシアン・ルクスベルク。

魔王アルドラン・ルクスベルクの嫡男にして、この前線の指揮官だ。


「ルシアン様! 左からヴァルンの槍兵、二列で突っ込んできます!」


翼を持つ斥候が、血と土にまみれた鎧のまま駆け上がってきた。

裂けた瞳が、焦りと興奮で揺れている。


「数は」


「百前後! 盾持ちが多いです!」


「……よし」


 舌の裏で短く呟き、俺は戦場全体を見下ろした。

 右翼は押し切りつつある。砦前に残っている人間兵は、ほとんどがセラディアの雑兵だ。

 問題は、今迫っているヴァルンの槍兵。


 掌を開き、地面へと向ける。

 指先から黒い魔力が滲み出し、土の下に埋め込んでおいた魔法陣へと染み込んでいくのが分かる。


「左翼二列目に伝令。“後方へ三歩下がったあと、その場で構えて待て”。

 合図は俺が出す」


「了解!」


斥候が飛び、ほどなくして黒い列がじわりと動いた。

人間たちはそれを“崩れ”だと勘違いしたらしい。怒号とともに槍が突き立てられ、

土煙を上げながらこちらへ雪崩れ込んでくる。


 槍の穂先が、夕陽を反射して一斉に光った。


「……今だ。下がれ」


 小さく呟きながら、右手を地面につけ、叫ぶ。

「――《狂炎陣獄ヴォルカインブロス》」


 左翼の先頭列が一斉に後方へ跳んだと同時に、地面の魔法陣が黒い光を放った。

 刻まれていた紋様が一瞬だけ浮かび上がり、次の瞬間には裂け目とともに黒炎が噴き上がる。


「ぎゃああああっ!」


 人間の悲鳴が重なる。

 焼けた鉄と肉の臭いが、風に乗って丘の上まで届いてきた。


「前進。燃え残りを踏み潰せ」


 俺の言葉に、魔族たちは迷いなく従う。

 オークが、デーモンが、ビーストが、崩れた隊列へ一気に雪崩れ込んでいく。


 腰の剣を抜き、指先に魔力を集中させた。

 黒い光が手の周りに集まり、空気が重く沈む。


「――《黒槍こくそう》」


 低く呟くと同時に、俺の前に三本の黒い槍が浮かび上がった。

 影を凝縮したようなその槍は、先端だけが鈍く赤く光っている。


 逃げ出そうと背を向けたヴァルン兵の背中を、一本目が貫く。

 盾ごと正面から突っ込んできた兵士の胸を、二本目が穿つ。

 三本目は、指で軌道を描いてやると、盾の隙間を縫うように飛び、喉元を正確に射抜いた。


 血が噴き上がり、兵士たちが泥の中に崩れ落ちる。


 別の方向から、槍を構えた兵士が突っ込んできた。

 鉄のきしむ音とともに、真っ直ぐこちらを狙っている。


「遅い」


 その足元に、短い魔法陣を描き落とす。

 黒い鎖が地面から飛び出し、兵士の脚を絡め取った。


「なっ――!」


 驚愕の声が上がる。

 その頭上に、俺はもうひとつ影を落としていた。


「《墜星ついせい》」


 空中に圧縮した魔力を、一点へと凝縮させる。

 黒い塊が、鈍い音を立てて槍兵の頭上に叩きつけられた。


 骨が砕ける感触が、離れた位置にいる俺の掌にまで伝わってきた。

 ぐしゃり、と音を立てて崩れた人間から視線をそらすこともなく、次の標的を探す。


 砦へ逃げ込もうとする影、

 武器を手放せずに後退しようとする影、

 まだ俺に槍先を向けてくる影。


 そのひとつひとつを、順番に潰していく。


 背後から近づいてきた気配を感じ取り、振り返りざまに掌を向けた。

 黒い炎が短く走り、飛びかかってきた兵士の胴体を斜めに焼き裂く。


「……邪魔だ」


 炭のようになった肉片が地面に落ちる。

 鉄と血と焦げた肉の臭いが、もう何が何だか分からないほどに混ざっていた。


 やがて、金属のぶつかる音も、悲鳴も、少しずつ薄くなっていった。

 指先に集めていた魔力を解き、軽く息を吐く。


「……戦闘、終息しました!」


 先ほどの斥候が、息を切らしながら駆け寄ってくる。


「敵の生き残りは砦内にわずか。白旗を上げ始めています!」


「降伏か」


 砦を見上げると、折れた旗竿に白布が括りつけられているのが見えた。

 その足元には、盾と剣を捨てて膝をつく人間兵の列。


「……武器を捨て、降伏した者だけ捕えろ。

 まだ武器を握っている者は、その場で斬れ」


「はっ!」


 短い返事とともに、魔族たちが散っていく。

 泣き叫ぶ声が一瞬だけ強くなり、すぐに途切れた。


 胸のどこかが、少しだけ重くなる。

 だが、ため息は飲み込んだ。


 情けに迷えば、その分だけ、こちらの死体が増える。

 それは、この数年で嫌というほど学んだ。


「ルシアン様、味方の戦死者と負傷者の数、まとめさせますか?」


「ああ。人間の分もすべてだ。あとで記録する」


「了解しました!」


 斥候が飛び去っていく。

 俺は丘の上に戻り、ひとりで燃える砦を見下ろした。


 三百年。

 魔王領と人間の連合軍は、ずっとこうして互いを殺し続けてきた。


 俺が生まれる前から。

 父上が魔王になる前から。


「……本当に、終わる日が来るのか」


 思わず漏れた独り言に、背後から低い声が返ってきた。


「終わらせようとしている御方は、お一人おられる」


 振り返ると、黒鉄の重鎧に身を包んだ巨躯が立っていた。

 角付きの兜。その背中からは、畳まれた黒い翼が覗いている。


 八枚。


 デーモンは、翼の数で格が決まる。

 二枚翼は下級。四枚で中級。六枚は将軍クラス。

 八枚の翼を持つ最上位種は、魔王軍全体を見渡してもこの男しかいない。


 魔王直属の側近にして、深淵のアビスガードのリーダーであり、軍の頂点――深淵将軍アスモド・ガラドだ。


「アスモド将軍!」


 近くにいた兵が、慌てて膝をつきながら叫ぶ。


「……アスモド」


 名を呼ぶと、重鎧の巨躯はゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。


「前にも言ったはずだぞ、ルシアン様」


 兜の奥から、くぐもった声が響く。


「戦場では“将軍”と付けろ。規律のためにな」


「はいはい……分かりましたよ、アスモド将軍」


 そう返すと、アスモドはわずかに肩を揺らした。

 鎧越しでも、それが笑いだと分かる。


 鎧を鳴らしながら、アスモドは俺の隣に並んだ。

 黒いマントの裾が、血のついた土を引きずる。


「また勝ったな」


「勝ちました。……いつも通りです」


「その“いつも通り”を終わらせようとなさっているのが、陛下だ」


 アスモドは燃える砦を見ながら諭すように言った。


「セラディアも、ヴァルンも、オルドランも――三百年、魔族と人は殺し合いを続けてきた。

 陛下は、その戦いに終止符を打とうとしておられる」


「知っています」


 俺は短く答えた。


 父、アルドラン・ルクスベルクは、戦場の地図の前で何度も案を練っていた。

 どこで線を引けば、人間も魔族も、これ以上無駄に死なずに済むのか。

 どうすれば、憎しみの連鎖を断ち切れるのか。


 その背中を、俺はずっと見てきた。


「俺も……終わらせたいと思っていますよ」


 気付けば、口が勝手に動いていた。


「毎日、誰かが死んでいくのを数えるのは、もううんざりです。

 勝っても負けても、死体の数が増えるだけじゃ、意味がない」


「ふむ。その言葉、陛下が聞けば喜ばれよう」


 アスモドが、マントの内側に手を伸ばした。


「――その陛下から、お前宛ての勅命だ」


 差し出されたのは、黒い封蝋で封じられた書簡だった。

 ルクスベルク王家の紋章が、赤い蝋の上で鈍く光っている。


「前線指揮官ルシアン・ルクスベルクへ。

 戦線を一時離脱し、魔王城へ帰還せよ――」


 そこまで読んで、思わず顔を上げた。


「……帰還命令ですか!?」


「そうだ」


 兜の奥で、アスモドの声が低く鳴る。


「この前線の指揮はどうするんです!? まだこの先に敵がッ」


 言い終わる前に、アスモドは鎧の奥でくくっと笑い、言葉を返した。


「だから俺が来たのだろう? なぁに、俺のほうの戦線はあらかた片がついた。つべこべ言わず、さっさと行け」


俺が困惑しながら、言葉を探していると

アスモドは声を落とし周りの兵に聞こえないように注意しながら俺に耳打ちしてきた。


「セラディア聖王国との和平交渉が近い。

 陛下は、その前にお前と直接話をなさりたいそうだ」


「和平……交渉」


 その言葉を、口の中でゆっくりと転がす。


 前線で死体を数えるのが日常になって久しい。

 これまでにも和平の話は何度か持ち上がったが、人間側の条件はいつも一方的で、ろくなものではなかった。


「今度は、本気だと?」


「陛下が、そう判断された」


 アスモドはそれ以上、多くを語らなかった。

 ただ、燃える砦の向こう――西の空を見据えるように、兜の向きをわずかに上げる。


「……分かりました。部隊を整理して、すぐに帰還します」


「よし。それでいい」


 アスモドは頷いた。


「この戦いに幕を引く道を、陛下は選ばれた。

 その決断を見届けるのも、ルクスベルクの血を継ぐ者の、次期魔王の務めだ」


 俺はもう一度、戦場を見下ろした。

 黒煙。血。折れた旗。混ざり合った死体の山。


 これが、本当に終わるのなら――。


 そう思った自分に、少しだけ驚く。


「……終わらせましょう。父上と一緒に」


 小さく呟いて、俺は砦に背を向けた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


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