9 "波及" 中
9話ペタペタ
この世界の石川県は、南北で分断されていた。
金沢ドミニオンを境目にし、日々大小様々なドミニオンが発生、破壊される一級の危険地帯が南部である。
かつての小松基地も、あの日なすすべもなく更地にされた。
重機製造世界一を誇る大企業は早々に本社を移転し、日本有数の温泉街は今やゆめまぼろしの温泉郷である。
一方、北部ではドミニオンの発生件数も規模も抑えられており、“大幻災”の爪痕こそ残るものの復興は着実に進んでいる。
金沢ドミニオンに対する防波堤として日本海に面する内灘町、そこから立地的な――平野部に沿って直線上に繋がる、かほく市、宝達志水町、中能登町、七尾市、そして能登島の自衛隊北陸方面総合本部基地までのラインが新たに石川県の中心を担うようになっている。
この平野地帯では避難地区の再編や新設も活発に行なわれ、他県からの移住者の流入も未だに多い。
中でも最前線の町の隣に位置するかほく市は”外”との交流が盛んで県内外の業者が入り混じる。
その一つに石上凛の実家もあった。
大通りに面した石上凜の実家は、機能性を重視した四角い大部屋をいくつも組み合わせたかのような無骨な作りをしていた。
四角い住宅の前は駐車場になっていて、すでに日が落ちていたが沢山の人が訪れては書類の受け渡しを行なったり、二、三打ち合わせをして帰っていく。
自宅の隣に建てられているのは円筒形をした巨大な倉庫兼ガレージだ。
戦闘機でも発進しそうなアーチ状の巨大な倉庫兼ガレージは二十四時間明かりが消えることはなく、人の気配も絶えない。
つい先ほども大きなコンテナが一つ運び込まれた。
コンテナに描かれた文字は「イシガミ・サルベージ」。
石上凜の両親が営む、ドミニオンへ入り、まだ使えるものを回収する民間のサルベージ会社の名前である。
自宅が作業所、倉庫、事務所を兼ねているとはいえ、石上家の家庭だけが過ごす場所はしっかりと確保されており、仕事の合間に戻ってきた両親と共に凜は夕食を取っていた。
大きめのテーブルには大皿がいくつか置かれている。
大皿には唐揚げやカツなど揚げ物、パスタ、サラダが別々に乗っている。
せっかくそろったのだからと母親が少しだけ手をかけて作った夕食だ。
ちょっと脂っぽすぎない? と思いながらも取り皿に集めているとなにげない調子で父親に話しかけられた。
「おう、凛。お前んところ部隊、試験でファンタジアをやったって?」
野性味あふれる精悍な顔つきをした世が世なら盗賊団の頭でも通用しそうな凛の父親だ。
凜は静かに肯定する。
「おお、さすが俺の娘だな。お前がファンタジアとやりあったって聞いたときはひやっとしたぜ。なんたって今日、新桜防衛高校のガキが小隊訓練中に”外”で群れとかちあって何人か死んだってよ……。ああ、お前んところにまで話し回ってるか? 俺らまわりじゃ結構でかい話しになりつつあるけどよ」
父親の言葉に凛の箸を動かす手が止まった。
学校が違うとはいえ携帯電話がある程度普及している今、大きな事件なら他校のうわさ話ぐらいは一瞬で学校内に出回る。
なのに、今日一日、学校で過ごしていて誰からもそんな話を凜は聞いていない。
「父さん、ほんと? 学校じゃ誰もそんな話してなかった」
「あー、ガキどもには緘口令敷かれてんのかもな。軽く裏はとってみたがどうも死傷者が出たのは本当っぽいぞ」
「そうなんだ。人数とかわかってるの?」
「いんや、教師が身代わりになって実は無事ってのから部隊全滅までいろんな話がでてたから正確なところまではわからん……詳細はニュース、にはならんか、さすがに」
「そう……。外であいつらと出会うなんて運が悪かった。どうか安らかに……」
箸をおいて軽く手を合わせ、石上凛は戦死した学生の冥福を祈る。
「今の世の中、んなことしたらきりがねえぞ」
仕方ねえなあなんて顔をして娘の所作を見ていた父親だったが、能登島基地からの電話の呼び出しに舌打ちして席を外した。
「御馳走様」
「お粗末様でした。凛。お風呂のお湯抜いた?」
「抜いて軽く洗っておいた」
「あら、ありがとうね」
食器を流し台に置いてあとは母親に任せると、自分の部屋へ戻った凜は携帯電話を取り出す。
先ほど父親から聞いた戦死者が出た話を心愛にしようと考えながら。
かほく市の端、宝達志水町の入口近くに居を構えた練武館は、剣打、投、合気を組み合わせた独自の組打ち術を教える道場だ。
気性穏やかで誠実な人柄の秋津寺幻舟が館長を務め、年齢性別関係なく門下生を受け入れている。
今の時代、日本であっても治安の維持は難しく、護身術として学ぼうとする人々で盛況を博していた。
県議に立候補してはどうかといわれることも多い秋津寺幻舟だったが、自分にはふさわしくないと断り続けているところもまだ多くの人々に好感を持たれていた。
娘である秋津寺萌花からすれば、秋津寺幻舟は気性穏やかで誠実、自らの分をわきまえた優れた人物ではなく、ただの天然だ。
辿れば柳生新陰流に行き着くなんて言い伝えを本気で信じ、御年60を超えてもなお自らの家が伝えてきた無名流派の鍛錬に余念なく、最近では正面からファンタジアと手合わせを考えている。
そんな天然の父親から夕食後に板張りの道場で正座させられて話を聞かされた萌花は、体中バチバチ痛む筋肉痛を忘れるぐらいの衝撃を受け、震えていた。
今日、試験で私がカナブンに追いかけられていたころ、ドミニオンではない外でも他校の学生小隊がファンタジアと遭遇し、そこでは死者が出た。
「そ、それは本当のことなのですか? 父様」
「うむ。先ほど自衛隊から連絡があった。自衛隊はセイレーンと名付けたようだが、三又槍や剣で武装し、空を泳ぐ半人半魚のファンタジアの群れであったようだ。で、自衛官に現代式のCQCだけでなく、昔の武器を使った戦闘経験を積ませたいがそちらでは可能かという連絡だった」
「じゅ、銃さえあれば近接格闘戦なんて必要ないのでは……」
「学生小隊は5人だったがファンタジアは20体いたらしい。サイズこそ人と同じだったが、銃で数体撃破する間に近づかれてそこからはもう戦闘といえる代物ではなかった、と。今の放射型の銃は着弾即破壊は難しいからな。結果、近くの自衛隊部隊の救援が到着するまでに小隊からは3名のKIA。その状況ならよく二人生き残ったと褒めてよかろう。相手も若輩だったのだろう。運もよかった」
「ひぇ……」
「お前たちがそちらに遭遇していたら萌花死んでたなあ、はっはっは!」
萌花はあまりのいいように声を荒げた。
父親が娘に死んでたなといって笑うとかなにを考えているのかわかない。
「はっはっは! じゃありません、父様!! 娘が!! 死んでいたかもしれないと笑わないでください!!!」
「なにをいう。武道家として戦死は本望だろうが。そんなだから全身が筋肉痛になるのだ。鷲などもう数十年筋肉痛など経験したことないわ」
「私は! まだ死にたくないです!!」
「はっはっは!!」
こちらの言葉にまるで耳を貸さない父親に萌花は頭を抱えた。
絶対に自衛官になったら家を出る。
そして後方支援の役職について汗臭い世界から離れて安全に暮らす。
私は英雄やら有能なんて言葉に興味はない。
私は危険なことには近づきたくないし、死にたくないんだって父様!!
いいやんと思ってもらえたらうれしい。




