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遥か彼方のフェアリーステラ  作者: るてーあ


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8 "波及" 上

8話ぺたぺた

周囲を水が満たしていた。


冷たく澄んだ水だ。


水の中に浮かぶのは地面から引っこ抜かれたかのような家屋や商店である。


見渡す限り水の中を漂う無残な姿の建物たち。


電柱、信号機、歩道橋などが建物の周囲に付き従う。


商店の看板、標識、自動車、バスも水の流れに身を任せている。


この大都市がかつて加賀百万石と言われたのも遥か昔のこと。


ドミニオンに取り込まれ魔の海に沈んだ今、もはや絢爛豪華の代名詞とまで言われた面影は残っていない。


腐り落ちるそのときまで大都市は水の中を彷徨い続けるのだ。


九十度縦に回転したコンビニエンスストアの横を私は通り過ぎていった。


水の重みを感じていても水からの抵抗は一切ない。


水の流れに乗って私の髪だけが後ろへ旗みたいになびている。


私が向かっているのは一本の樹だ。


遥か遠くにあってそれでも私の視界に入りきらないほどの、巨木である。


青々をした葉を茂らせ、水耕栽培の球根みたいに根を広げ、上を見ても幹の頂点が定かではなく、下を見ても根の終点が見通せない巨大な一本の木。


私が世界樹と呼んでいる大樹である。


巨大な魚の群れが私に付き従い、屈強な魚人や美しい人魚たちが一列に並んで頭を下げる。


それに軽く手を上げて応えを返していく。


彼らが私に傅くのは私が彼らを統べる存在だとわかっているから。


一体の巨大なオネンアスが近づき話しかけてくる。


「王よ、珍しいですな。いかがなされましたか?」


「特に用事はないわ。あえていうなら気が向いたから、かしらね」


「ほっほっほっ。気が向きましたか」


「……少し気が滅入ることがあってね」


「ほう」


年を取るほど体躯が発達する魚人がわざとらしく驚いた。


「だからたまにはゆっくりするのもいいかなと思ったのよ。といっても朝までだけどね」


「奥宮へ?」


「ええ」


「そのお姿の子供の死体を手に入れてから王が玉座に御着席されることは久方ぶりのことでございますな。喜ばしいことです」


「そうだったかしら」


「ええ。他樹の王が御来訪さされたとき以外は滅多に」


「それなりにきているつもりだけど、言われてみればそうだったかもしれないわね。奥まで行かず適当な根っこに座っていた気するわ。ちょっと相応しい振舞いではなかったかしら」


「いえいえ。そのようなことはございませんよ。ほっほっほ」


しばらくして樹の元へたどり着いた。


電車ほどの太さがある根が捻じれて複雑に絡まり、私たちの行き先を塞いでいる。


だが、私が近づくとまるで生き物のようにほどけて道が作られていった。


根が導く道をさらに進めば、なにもない広場が現れる。


老が奥宮といった、本来は私が座しておくべきドミニオンの最奥。


「樹の近くは本当にマナが澄んでるわね」


「まことに」


私はためらうことなく広場の中心に腰を下ろした。


私から少し離れた背後に老オネンアスが控えて立つ。


眷属たちから喜びが湧き上がってくるのは私は感じ取った。


久しぶりにあるべき場所に帰った喜び、そして、ただただ楽しい、そんな感覚。


「……そうね。お前たちはいつも私の中にいるものね」


私は自身の周囲にマナを呼び寄せる。


膨大なマナが許容量を超え、細かな結晶と化して水の中に霧が生まれる。


「これは……」


「老。それ以上私から離れないでね」


私は老の返事を待つことなく、私の中にいる眷属たちを一気に解き放った。


霧からあらゆる生き物たちが現れる。


まるで生き物たちで作る濁流が私の中から溢れ出す。


蟻、蜘蛛、蜂、トンボ、甲虫などの昆虫たち。


犬、猫、蛇、ワニ、猪、熊、ライオン、カラス、鷹、鷲、フクロウなどの獣たち。


巨大なイカ、タコ、サメ、クジラ、牙顎を持つ不気味な魚、地球には実在しなかった魔魚などの水棲魔獣たち。


角ある兎、空飛ぶ魚、目が四つある猿、翼生えた馬などの幻想の獣たち。


ゴブリン、コボルト、ケットシー、スライム、オーク、バイコーンなどの妖獣たち。


小さなものも大きなものもまぜこぜになって現れ続け、止まらない。


時折姿を見せる巨大な竜たちが私と老オネンアスの上で一度旋回すると群れごとに方々へと散っていく。


「遊びたい子がいたら好きにしていいわよ。皆に伝えてくれるかしら」


「……これが我らが王の権能の一端……」


わななく老の言葉に私は答えない。


傍にいたせいで私から現れた眷属たちの力を肌で感じとってしまったのかもしれない。


言っても仕方がない。


私から溢れ出た魔物たちは見た目に関係なくすべてが私の眷属だ。


私であって私ではないとはいったが、言い方を変えるなら、私ではない私なのだ。


その姿や有り様によっては差異はあるが、小さな子リスであっても私に繋がっている。


私から流れる力を使えばそのあたりに自然発生したドミニオンルーラー程度なら容易くくびり殺す力を振るうことが可能だ。


もしかすると自分の一族がなんの変哲もない魔魚に皆殺しにされる想像でもしてしまったのかもしれない。


私は私の体から現れても離れず、私の周りに留まっている活動的ではない魔物たちを一匹一匹撫でていた。


もこもこで真っ白な巨犬、沢山の猫、黙って寄り添ってくる大フクロウ、誰かに似た眠たげな顔をした六本足のトカゲのようなものを撫でながら、私は悶々とする気持ちを癒していく。


(どうせ学生のトップにいるあの子と入学したばかりの最下位小隊が関わることなんてないわ。絶対に会うことなんてないのに意識しすぎなのよ私は。自分の汚点をずっと見せつけられてるみたいでいたたまれないだけで我慢すればいいだけ……それがほんとに嫌なのだけど、我慢よ我慢……)


そうやって自分に言い聞かせている間も輝く霧の中から眷属たちは現れ続けた。




ちょうどそのころ、能登島中央基地は怒号が飛び交っていた。


「金沢ドミニオンにさらに変化あり! 各アウトポストのセンサーが悲鳴を上げています! ファンタジア増加中!」


特に情報分析室に集まった上官たちは分析官たちから飛び出す悲鳴のような報告に耳を疑うことしかできていなかった。


「ドミニオン全域が水に満たされていきます! 水の成分分析が示す数値は海水です! 詳細不明!」


「海水……たしか大昔に行なわれた深部偵察作戦じゃドミニオンの中央に最も近づいた隊から海の存在をほのめかす報告があったらしいが、もしかしてこれがそれか……? くそ、当時の司令ども、その部隊に即座に撤退指示さえ出しておけば……」


「基地司令はッ!? 司令から連絡はまだか!?」


「新桜で学生小隊から犠牲者が出た件で七尾に出張中です。こちらへ急いで戻ろうとしたところ記者の一人に強引に引き留められたため、神罰教徒の嫌疑で隊員をよこせと……」


「嫌がらせにいやがらせしてどうする、あの司令は。あの糞狸が」


「増加中のファンタジアの推定保有アニマすべてAマイナス以上、ルーラー個体も多数探知……!」


「数は」


「……測定機の故障で不明……」


「故障した数値はいくつになっている?」


「千万から現在も上昇中……」


「千万体のAマイナスだと……この間松任のCクラス一体殺すのにどれだけ犠牲が出たと……」


「石川の終わり、か……いや、俺たちはやれることはやるべきだな……。フル装備で金沢ドミニオン周辺に緊急配備。金沢ドミニオンの全アウトポストを監視モードから戦闘支援モードへ再起動。ドミニオンの拡大、もしくは氾濫の予兆が見られれば各自の隊の判断で交戦許可。爆装でドローンも全部出せ。死守命令はしないが、出来る限り抑えさせろ!」


「了解っ」


この日、能登島基地の灯りは夜遅くまでついていた。


それは翌朝になって金沢ドミニオンから海水が引き、まるで霞のようにファンタジア数が普段と変わらない数値に落ちるまで続いた。


いいやんと思ってもらえたらうれしい。

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