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遥か彼方のフェアリーステラ  作者: るてーあ


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7/12

7 "現在≠現在"

7話ペタペタ。

夕暮れに染まる星城防衛高校校舎からチャイムが鳴り終わる。

音割れがひどくノイズまみれの大鐘が止み、雨だれで黒ずみ、ひび割れた校舎が静寂に包まれる。


曇りの空模様のせいで夕方でも蛍光灯を灯す教室備え付けのスピーカーががなり立てていた音は廊下に学生たちが姿を見せる合図だった。


星城防衛高校において放課後になって廊下へ溢れる学生たちは、下校する者たちと上の階へ上がっていく者たちの二つに分かれる。


下校する者たちの行き先はわからないが、上の階に上がっていく学生たちの行き先は学校より割り当てられた所属小隊の小隊室である。


この学校がまだ星城高校だったころ、県内の高校生のおおよそ2割から3割が通うマンモス校だった。四階建て校舎の一階ごとにおおよそ20クラスあり、そのすべてが学生で埋まっていたという。


それが今、一学年に二つ、三学年合わせても六つの教室が学生たちで埋まればいいほうで、職員室なども含めてもすべての教室が一階で事足りるありさまとなっている。


ファンタジアが現れ大禍となった”大幻災”からたった30年しかたっていないが、これだけでも今もなお減り続ける県下の学生数の推移がどうなっているかは推して知るべしだ。


ただ、在校生にとっては悪い話しばかりではない。

これはあくまで不幸中の幸いであるのだが、生徒数が足りていない元マンモス校ならではの。


学校が二階と三階の空き教室を各小隊に小隊室として解放しているのだ。


前世の学校生活が念頭にある私にとっては未だに忌避感が抜けない教室の使われ方ではあるのだが、本来は30から40人前後で利用する教室を五、六人で占有できる利点は思ったより大きい。



一部ファンタジアとの遭遇があったことに触れながら試験の終了をねぎらったゴリ先を見送った後、私たちもチャイムを待って三階へとあがっていた。


三階の一番奥が大葉小隊専用の小隊室に割り当てられた教室だったからだ。


三階の突き当たりにある大葉小隊と書かれたプレートをくぐった私以外の皆が教室の真ん中に置いてあった大きめの丸いテーブルに一斉に突っ伏して低い声で呻いた。


「痛いよぅ……」


「自衛隊はボタン一つで立ち上がる防壁開発したほうがいいと思う……」


「二の腕痛い、腹筋痛い、太もも痛い、ふくらはぎ痛い、化粧乗り悪い……」


「久しぶりに筋肉痛になった……お父さんに笑われた……」


「あなたたち、今日一日静かだったわねえ」


「えぇ、それはそうよ。痛いもの……。きくりは大丈夫なの……?」


「私は大丈夫だったわ。普段散歩とかしてるからかしら……?」


カナブンと追いかけっこもしなかったし、仮設基地もそれほど手伝えなかったので筋肉痛にはならなかったが、もし筋肉痛に襲われていたとしても私の場合は体を作り直してしまえばいいのでどうあっても彼女らの仲間には入っていなかったはずである。


大葉小隊の小隊室のうめき声に紛れて廊下から昨日の試験に対する反省会やミーティングの声が微かに聞こえている。


昨日の試験で一日歩きっぱなしの上、最後に力仕事をしたせいで普段使ってない場所が悲鳴を上げているのは仕方ないとはいえ、腐っても自衛官候補生なのにあまりにも体が貧弱すぎるではないかと思わなくもない。


私は萌花の腕をつかんでぐいっと動かす。


そのたびに悲鳴を上げる萌花を見て、ただ一人ファンタジアから逃げ回っていたとはいえ古武術を伝える体育家系の権化のような子がこれでいいのかと何度も思った。



『九州で展開されていた自衛隊の大規模な攻略作戦の続報です。自衛隊は先ごろ熊本県の陣内Cクラスドミニオンの破壊に成功。桜島Aクラスドミニオン破壊への足掛かりを掴みました。今回のオーバーロード作戦を指揮する総司令へのインタビュー……』


テーブルの上のテレビからニュースが流れていた。


皆、テーブルに突っ伏したまま、傷みを紛らわすために垂れ流しになっているニュースに耳を傾けているようだった。


学校でテレビと思うかもしれないが、この時代、小隊室には申請さえすればある程度の持ち込みが許されている。


将来自衛官となる学生に相応しくないと判断されるもの、ゲーム機やスポーツ用具、トレーニング器具、料理器具、寝具、誰が見ても公序良俗に反するようなものなどは許されていない。


だが、そういったもの以外ならば申請すればだいたい許可が下りるようだ。


雑誌や参考書、勉強道具、お菓子や食料、食器、そして小隊室での飲食のための持ち込み。


小隊室にも教室の壁に人数分の横になれるソファーがあり、武装ラック、大きめの本棚、冷蔵庫、教室の真ん中に置かれたテーブルの上には小さなテレビが乗っている。カーペットこそ惹かれていないが、カーテンも暖色に柄が入ったかわいらしいものへと変わっていた。


『ドミニオン発生破壊指数は平年通り』


『全国で学生の死亡事故が増加傾向。防衛省は各防衛学校に指導の徹底を指示』


『日総技研より国産e.l.fシステムの開発順調』


テレビから伝わるニュースは景気のいい話しばかりで、他県に比べて比較的穏やかな県内であっても人も産業も減り続けていることをつい忘れそうになってしまう。


本来ニュースとは悪化する現状を世間に周知することを使命の一つとするはるはずだが、その真逆のことを行なっている状態だ。


まるで大戦時の大本営発表の再現のようだが、考えてみれば本当に危険な状態になったとき、改めてそれを指摘してもどうしようもない。


そんな意味のないことより、少しでも前向きになれる事柄を伝えたほうがいいと考えるのかもしれない。


『続いて県内のニュースです』


全国ニュースではトピックごとに流れる動画に合わせて壮年の男性のニュースキャスターが詳細を読み上げていたが、放送する局が切り替わると同時に地方テレビ局のスタジオがテレビに映し出されていた。


質素な地方局のスタジオには人数分の椅子が置かれ、地方局所属の若い女性ニュースキャスタ―、そして私たちと同年代の男女三人が各椅子の横に立っている。


『今日は能登島基地学生部北陸学生選抜小隊 の皆さんのお越しいただきました』


ニュースキャスタ―に促され、一礼して対面に立っていた三人が椅子に座っていく。


『新潟での任務を終え、先日能登島基地に帰還された北陸学生選抜小隊の皆さんを今日は特別にスタジオにお呼びしております。新潟での任務での出来事や皆さん学生でありながら自衛隊の一部隊として活躍している際に苦労したことや心構えなどをお話していただこうかと考えています』


ニュースキャスターが一人一人紹介していく。


最初は三人のうちで唯一の男子学生。


鍛えられたボディビルダーみたいな筋肉男でスポーツ刈りで印象としては大昔の番長みたいな濃い顔つきをしていた。


『部隊の調整や情報分析を担当されている芹沢蒼君です』


椅子から立ち上がった男子学生が軽く頭を下げる。


芹沢蒼が再び着席すると同時に、逆側に座っていた女子学生が立ち上がった。


中肉中背で、よく鍛えられた均整の取れた体付きをしてる。ショートカットから覗く眼光は鋭く、口元はいびつに笑みを作っていた。


『北陸学生選抜小隊の副長をされている比咩ヒサメさんです』


『よろしくお願いします』


比咩ヒサメが着席すると最後の一人が立ち上がる。


三人の真ん中にいる少女。



腰辺りまで流れ落ちた艶を帯びた長い髪、小柄で痩せぎすだが不健康というわけではなく、不要なものをそぎ落としたかのような洗練さを感じられる体つき。


少し目じりが垂れていて美しいというよりは愛嬌があるといったほうがいい顔立ちをした綺麗な女の子だ。


立ち上がっただけで美しさを感じる所作にニュースキャスターがほんの少し驚いた表情を作った。


『北陸学生選抜小隊隊長、龍仙みかげと申します。本日よろしくお願いします』


それはこの世界で生きる自分。


両親が戦死したことで当主候補から下ろされることなく、若くして龍仙家の当主を継いだ私だった。


「……」


私が画面の中の龍仙こかげを見つめていると急にチャンネルが切り替わる。


テーブルの上に置いてあったリモコンへ目を向ければ、顔だけを上げた綾香がテレビのリモコンを手に取ってテレビに向けていた。


「なんでチャンネル変えたの?」


私は思わず口走る。


「私、今のニュース見てたんだけど?」


無意識に言葉に険が混じってしまっていた。


無言のまま綾香がじっと私を見た。


改めて口を開く直前、彼女は皆と一瞬だけ目を合わせる。


「……だって。テレビであの子出てくるたびにいっつも機嫌悪くなるじゃない、きくり」


「そんなことないわ」


「そんなことあるわ……空気悪くなるからやめてちょうだい」


綾香から冷たく突き放されて、私は思わず言葉に詰まった。


チャンネルがニュースに戻り、ニュースキャスターからの質問に龍仙ミカゲがちょうど答えているところだった。



『北陸の学生の方々の先陣に立ち、導き、率いていくことこそが北陸学生選抜であるわたくしたちに課せられた責務であると認識しております。 北陸の学生の方々におかれましては、わたくしたちの指導の元、それぞれの場において一層奮起し、現状を打破する一助となってくださることを心より期待しております』


「私もこの子嫌いだけどね……気位が高くて、自分が上であることを当たり前に考えてて、下は自分たちに従って当然だと思ってる」


「……そうね、本当にごめんなさい……」


どうしてもこの世界の私を見るたびに心がざわつく。

お互い会うことも関わることもない場所に立っているのに関わらずどうしても無視できない。

割り切ったと思っていても、自分に何度言い聞かせても、勘違いしていた愚かな自分を目の前に突きつけられているような気持ちになって胸を掻きむしりたくなる。


私はふらふらとソファーの方へと歩み寄るとそのまま倒れ込んだ。


疲れない体が鉛でも背負ったみたいに重くなったような錯覚を覚える。


ちらりと見えた皆の困ったような顔にほんの少しだけ救われた気がした。



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