12 "来客" 下
12話ペタペタ
呼び出された理由も、この場所で二人が待っていた理由もわからないまま、私たちは北陸で一番優秀な学生二人と向き合っていた。
成績最下位の一年生である私たちに、北陸で最優秀学生と認められた二人が何の用があるのか、まったく見当がつかないのだけれど、誰も説明する気はないようだった。
しばらく沈黙が続く校長室でらちが明かないと思ったのか、緊張に耐えられなかったのか、口を開いたのは綾香だ。
普段使わない非常に下手に出た言葉遣いで恐る恐る綾香が説明を求めた。
「それで……私たちはどうして呼び出されたんでしょうか……?」
すぐに答えはなかった。
ヒサメから肘で合図を送られたミカゲが一度短く息を吐くと口を開いた。
「ええ、そうですね。こうして顔を見合わせているだけではなにも進みません。……本日、私たちが貴校へお伺いしたのは、現在編成中の私の中隊にあなた方の小隊へご参加いただくお願いのためです」
よくよく話を聞いてみれば、龍仙ミカゲ小隊はこれまで自衛隊の一部隊として活動していたが、今度計五つの学生小隊で中隊を指揮することになったのだという。
それで北陸の防衛高校の中から学生小隊を五つ選出することになり、その一小隊に大葉綾香小隊を選んだらしい。
「……はい? え、えーと、私たちの小隊が、ですか……? その、もう一度確認させてください。あなたたちは北陸学生選抜中心の中隊を作ろうとしているんですよね。その中隊に参加する小隊の一つに入学したばかりの、しかも一学年で一番成績の悪い私たちが、ですか?」
「ええ、そのご理解で間違いございません」
皆の背景に広大な宇宙が広がったのを私は幻視した。
そうなるのも仕方がないことだ。
普通選抜部隊として選ばれるのは各学校の三年生の中で最高成績を収めている小隊の中のさらにそこから優秀さで選別されたトップ小隊になるのは当然である。
県内で上位の成績グループに位置する学校とはいえ、間違っても入学してまだ数か月しかたっていない一年、しかも最下位部隊が選ばれることなんてありえないことだ。
私以外の四人の目は、ますます混乱一色に染まっていた。
そんな私たちの反応を見た校長先生は、どこか焦っているようだった。
目の前の二人の機嫌を損なうことを恐れているのだろう。
今の混迷した時代にあって県下有数の防衛高校の校長ながら温和で物事を荒立てることを嫌う性格だという話は本当らしい。
もっとも、防高の校長になるからには元は自衛隊出身のはずだ。
それなのに、その気概はまるで感じられなかった。
手振り身振りしながら校長が口を開いた。
「い、今、自衛隊学生部では龍仙小隊を中心にして中隊規模で部隊を運用し、将来的には学生部隊のみで小規模のドミニオンを破壊できるようにしようという計画が立ち上がってるらしくてね。今まで龍仙小隊は自衛隊の支援や補佐をする一小隊として活動していたんだけど、司令部でそろそろ学生が学生を指揮する中隊を設立しても良いころだろうという話になった、んでしたよね?」
校長の言葉を聞いて龍仙ミカゲは小さく頷く。
「わたくしに代わってご説明くださりわざわざ申し訳ございません、校長先生」
つい、という感じで綾香が口を開く。
「……最初の話しも戻ってしまいますが、それならなおさらです。その中隊にどうして私たちを選んだんですか……?」
ミカゲが淀みなく返答する。
「将来、指揮官が練度の異なる部隊を率いる場面も考えられます。その際に備えたデータ収集の一環とお考えください」
「ちょっといいですか?」
私の隣に立っていた凜が小さく手を上げていた。
「なんでしょうか?」
「もし参加することになるなら、私たちはあなたの指揮下で北陸各地の小規模なドミニオンを破壊するために転戦することになるということですか?」
「そうなりますね」
「私は家業を手伝わなければなりませんから長く地元を離れることは難しいという事情があります。試験中隊の期間はどれほどの予定ですか?」
「今回はおよそ半年を想定しております。学生が中隊として活動することは全国でも初めてのことになりますのでできる限り実現可能なことだけを選別して行なっていく予定です。ですので皆さまに過剰な負担をかけることはないと考えております 」
次に手を挙げたのは心愛だった。
「私、バイトがあるので、半年でもちょっと難しいかもです」
ミカゲの眉がぴくっと動いたのに私は気づいた。
ミカゲの代わりにヒサメが答えた。
「心愛ちゃんの事情は承知してるよ。こっちの都合に巻き込むんだから特別報酬でるからそのあたりは安心して。バイト先の調整、支度金としてバイト一年分。終わったらバイトに入れなかった分の支給金……心愛ちゃんから見たら特別に有給みたいな扱いにしてもらう予定だよ」
「ありがとうございます、半年よろしくお願いします中隊長」
凜から小さくため息が聞こえた。
「学校の授業とかどうするの?」
許可を取らず勝手に萌花が発言する。
またミカゲの眉がぴくっと動いたのに私は気づいた。
答えたのは今度も比咩ヒサメだ。
「そっちもだーいじょぶ。近くに学校があれば一時的な転校生扱いでその学校の授業に参加することになるよ。近くに通える学校がなければ教師が派遣されることになってる。それにまあ当たり前だけど選抜に選ばれるとちゃんと内申書に記載されるからね。真っ当に自衛官に進むにしろ就職するにしろ有利になるよ」
「へぇ。それいいね! な、なんでもないです……」
嬉しそうな声を上げた萌花が私の顔を見て俯いた。
なにも言わず参加を辞退して終わるつもりだったが、小隊の皆が私の方を見ていた。
なにも言わないつもりだったが、仕方なく私は口を開いた。
「どうしてあなたのために私たちが協力しなきゃならないの?」
「し、白峰くん?」
成績の悪い学生ならこれぐらいのこと言っても当たり前だろうに、この程度は呼ぶ前から覚悟しておいてほしい。
青くなった校長をほっておいて私は続ける。
「お金や皆の都合、安全に気を付けてくれると明言しているのだから、その部分でちゃんとしてくれることには疑ってないわ。でもあなた、必要となれば平気で部隊切り捨てるでしょ? たとえば私たちの小隊を犠牲にすれば他の小隊に被害を出さずに撤退できるとかね? 死守命令なんて出されても私たちは逃げるわよ。許してくれる? それともふざけるなってあなたのお尻に銃のさきっぽ突っ込んで奥歯をガタガタいわせたほうがいいのかしら?」
「あわわわわわ」と漫画みたいなことを言う萌花の声が耳に届いた。
「……品のない言葉も、無礼な態度も目をつむりましょう。礼儀を知らない方にそれを求めるのは酷というものです。たしかに今おっしゃるとおり、少数の犠牲で大勢を救わなければならない状況では、そのような判断を下すこともあります。そして、もし仮にわたくしからそのような厳しい命令されたとすれば、その意を汲み、そちらも命がけで遂行してもらわねば困ります」
龍仙ミカゲの発言に反応する者、私の言葉に反応する者さまざまだ。
「きくり、落ち着いて……?」
「えぇ、下手したら皆のために死んでくれって言われるってこと?」
「そう言ってるね。私は指揮官なら言えないと駄目だと思うけどね」
「い、いやいや、落ち着いて、皆さん。あくまでありうるというだけですからね。ですよね、龍仙様……」
「そうね。凛のいう通りそういう決断ができるのは指揮官としては必要なことだと思うけど、あなただけは誰からも言われることはないものね。ほんとさすが名家出身のお姫様は良い御身分よね。下々から死ねってさ」
最後に私はそう揶揄した。
校長室が静まり返る。
龍仙ミカゲの硬い声が飛んでくる。
「……要請という形はとっていますけれど、実際のところはすでに決定事項となっています。決まったことに反発してもご自身の立場を悪くするだけですよ。最悪の場合、退学ということにもなりかねません」
その言葉に私は苦笑しそうになる。
とても私らしい言葉だ。
家や両親のためにすべてを捧げて当然。
社会や所属する集団、国のために礎になって当然。
馬鹿馬鹿しい。
もう二度と誰かのために、組織のために、国のために私は生きるつもりはない。
私はにこやかに答えた。
「やめておいた方が身のためよ……こ・ろ・す・ぞ♪」
私の言葉で校長室の空気が完全に死んだ。
「わたくし、とても不愉快です……!」
龍仙ミカゲが勢いよく立ち上がった。
それが合図であったかのように皆が一斉に動く。
「あわわわわあああ!!!!」
ソファーに座ったまま、漫画みたいにまた萌花が叫んだ。
ソファーの背を乗り越えた綾香が私の隣に立って身構える。
心愛を抱え上げて凜がソファーからも私からも離れていく。
混乱こそしているが凛に抱え上げられたままおとなしく従う心愛。
今にも殴り合いが――そんな生易しいものではないが――始まるかに見えた私たち二人の間にとっさに体を割り込ませたのは、比咩ヒサメだった。
「まーあまあまあまあまあ!!!!」
両手を上げて比咩ヒサメは龍仙ミカゲを制止する。
「比咩、そこを退きなさい。これまで抑えてまいりましたが、わたくしをここまで侮る言動、もはや見逃すわけにはいきません!」
「隊長、抑えて、抑えて。隊長が怒る気持ちもわかるけど、日頃から言ってるじゃないですか、誰もが隊長じゃないんですって。私が上手く纏めますからここは私に任せてください」
言葉を重ねて猛る龍仙みかげを説得する比咩ヒサメの様子を白けて眺めていた私に綾香が声をかけてきた。
「そんなに嫌いだったの?」
「嫌いとは少し違うのだけどね。とても嫌い」
「酷くなってるじゃないの」
そうねえと同意するぐらいしか今の私はできない。
どうやったのか、しばらくの説得のあと、私を睨んではいるものの龍仙みかげはソファーに座り直した。
比咩ヒサメに続きをすべて任せることにして黙った龍仙ミカゲの対面のソファーに座り直した大葉小隊の三人と心愛の後ろに立つ凛はなんとも気まずそうだった。
私はそんな彼女たちから離れ、校長室の隅で小声で話せば二人だけに聞こえる距離で比咩ヒサメと顔を突き合わせていた。
「じゃあ、改めまして。比咩ヒサメです」
「……ええ、さっき教えてもらったわね。白峰きくりよ」
再度名乗ってきた比咩ヒサメにその意図が読めず首をかしげた私に、
「いやあ、名乗る前にあなたはどこかに消えてしまいましたから。あのとき助けていただいてありがとうございました。ふふ、やっと言えた……。あれ……まだわかりませんか。その体の幼馴染ですよ、その体の。きーちゃんが成長したらそんな容姿になるんですね。思ってた通り綺麗で安心しました。……覚えていませんか? あのとき、臨時避難所まで守ってくれたじゃないですか、倒れてきたビルから、沢山のファンタジアから、なにもかもから私を」
そういって比咩ヒサメが私に浮かべる笑みは、前世を合わせても見たことがないほど様々な感情が色濃く渦巻いていた。
愛情、喜び、憧憬、怒り、怨み、憎しみ、哀しみ……。
ふと脳裏に、私が社会に潜り込めるようになったきっかけの出来事が蘇った。
あれは白山市で大きなドミニオンが誕生するのを知り、見物に行った時のことだ。
私が本来の化け物としての私の姿で。
燃え盛る白山市の中を、同じぐらいの年恰好の子供を背負って逃げるぼろぼろになった小さな子供がいた。
その背負われている子供は血まみれで目を見開き、全く動かない。
明らかに死んでいるのにも関わらずその子は自分の怪我なんて一切気にせず、その子供だけを守って走っていた。
私はその子に背負われた死体を見て、ちょうどいいと思ったのだ。
「うそでしょう……?」
私は比咩ヒサメからたしかにそのときに出会った女の子の面影を感じ取り、思わず天井を仰いだ。
いいやんと思ってもらえたらうれしい。
うし、これで一区切り。
ここまでを読み返してみたけど、文章ひどかったり小説として体を成してない部分がめっちゃ多いからこっからは修正予定。(ここで話の流れが変わるから、そういうのもわかってもらえるように書き直したい。2025/12/11追記 一から全部勉強し直してるので(小手先で弄ってもね)もうちょいかかるけどゆっくり直していきます)
あとこの話は拙くても書きたくて書いてるので最後まで終えたいところ。




